90 待機
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 2000年3月号掲載
90 待機
東向きの窓いっぱいに朝日がさしこんでくる。しんしんと冷え込む日の出前の時間をすぎて、室内もだいぶ暖まってきた。まもなく立春。日照はとうにのびて、暗くなるのは夕方6時をまわるころ。日の出も少しずつ早くなるのがわかる。柳の枝に猫の指先のようなかわいい芽が出ているのを先週見つけた。愛くるしいのは今のうちだけで、黄色くて先端が黒い糸状の花をつけるころには、芽そのものが細長くのびるせいもあって、まるで毛虫のような姿になってしまう。
冬枯れの中、一面に春への待機の気配が満ちている。芝生のオオイヌノフグリやホトケノザの花は、と探してみたが、ここ半月ほどの寒波がきいているらしく、まだ咲いていなかった。
窓の外で鳥影が動いた。しげみにきているのはヒヨドリ。朝日に照らされたガラスにさえぎられて、室内の私たちにはまったく気づかないようだ。餌を探している。草の実もないのに、お目当ては何か、と見ていると、暖冬のおかげで青々としているクコの若葉をついばみはじめた。もう一羽はまだ枝先を探していたが、あまり気が進まない様子で、やはり若葉を食べた。先の一羽は、3㎝ほどの葉をもう6,7枚もきれいに食べている。家庭菜園や畑でヒヨドリが目の仇にされるわけだ。
顔なじみになった雌のジョウビタキは、このごろ地面にもよく下りるようになった。餌さがしも楽ではないらしい。野鳥病院の三角コーナーのわらくずやかすが入ったバケツを出しておいたら、ふちに止まって中をのぞきこみ、ぱっと飛び込んで何かをつまみとった。餌の残りかすをねらっているようだ。わが家の3匹を含めて何匹もの猫がいるこのあたりで、こんな態度でいては、今に食べられてしまう、と気が気ではない。もっと安全な所に餌を出しておこうかしら。
1月下旬になってから、午前3時か4時ごろに、きまってトラツグミの声が聞かれるようになった。昨年10月、2年間保護飼育してから放したものが、近所で元気にしているらしい。鳴いている位置はよくわからないのだが、どうも丸浜川の草藪あたりのようだ。声を聞くたびに、無事にやってるな、とほっとする。野鳥病院のフクロウもそろそろ鳴き始めるかな、と心待ちにしているところ。
保護区の管理作業は、「農閑期」ならではのこまめな手入れの時期だ。手が少ない日は傷病鳥の世話など最低限の日課をこなすにとどめるので、むしろゆとりがあるが、手がある日はそれっとばかりに目標に突き進む、というパターンが定着している。「のんびりやってください」「ゆっくりやりましょう」合い言葉はちゃんとあるのだが、「え、もう終わったの?土がえらく重くなかった?」「まあまあです。〇○さん(その日の相棒さん)ががんばってくれたもので」
野鳥病院に釘付けの時間がほとんどの私は、口実や暇をつくっては保護区内の現場をまわり、ふーん、こんな工夫をしたんだ、ここまで進んでいるんだ、と感心するばかり。
この冬は堆肥づくりに挑戦。挑戦といっても、オバサンの仕事は、こうしたらどうかという提案と、決断と、「お城を守る(鳥の世話を一手に引き受けて留守番をする)」ことだけ。「ほんとにやるんですか?堆肥って聞いてはいたけど、ことばのあやかと思ってました」
「いちおう本気です。うまく行くかどうかはよくわからないけれど」
セグロカモメの餌付けがない夏の時期、毎週いただくアナゴのアラの余りをオガクズと交互に穴にためていた。水を干した棚田の一角に草を敷き、分解しかけのおがくずアナゴと刈った草をサンドイッチ状に積み、水をたっぷりかけた。2日もたつとアナゴ堆肥はぽっぽっと湯気を上げるようになり、強烈な臭気は1週間ほどで牛小屋のような臭いに変わった。半月後には、切り返し直後でもほとんどにおわなくなった。うまく堆肥が仕上がったら、棚田にすきこんでみたい。
一昨日、トラクターがけの準備のために1系列分の水栓を止めた。天候が許せば半月後から春のトラクターがけが始まるので、待機の時期はもうすぐ終わる。心細いけれど、武者ぶるいの気分。




