84 土用干し
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1999年9月号掲載
84 土用干し
梅雨が明けた。ぎらぎらと照りつける陽光、からりと晴れた青空。ものが乾く陽気だ。さあ、干し草づくりと土用干しのスタートである。
保護区本土部の大半が湿地になるような造成工事が行われたのは1995・96年度。全体に水がまわり、植物や水のコントロールといった本格的な管理作業がはじまったのは昨年で、今年は2年目にあたる。まだまだ手探りや試行錯誤の段階だ。去年はこうやったーこれはよかったーあれはまずかったーでは今年はどうやろう、の連続で、記録を見ながら毎日頭を悩ませている。
基本としては、水生生物、それもできるだけ日本在来の種類が住みやすいような状態を作ること。当面は水田のような環境が目標である。今年は浄化池の一角に試験的に稲を植えた。ありがたいことには、田植えというだけで、みんながわくわくしてしまう。「苗代奉行」こと担当の瑞香さんをはじめ、観察舎スタッフは全員がド素人なのだが、「いやあ、楽しみだ。30年ぶりですよ」という友の会の森田さんの指導のもと、籾から育てた苗を植えて1カ月あまり。万事遅めではあるものの、いかにも田んぼらしい雰囲気になってきた。
田んぼの管理は森田さんと瑞香さんにおまかせなので、とりあえずはこれといった心配はいらない。瑞香さんはどこに行っても水田があると寄って行ってしまうし、本を見たり、人に聞いたりして、今年が終わるころにはきっと「米奉行」に昇格しているに違いない。昨年5月からのパート勤務、本業の「お掃除隊長」も新人隊員が何人も育ち、今春からは掲示物の保護区ニュースの書きかえを楽々と担当する「広報部長」と、ニックネームの肩書が一番多い。観察舎スタッフ全員の共通項だけれど、3Kであろうが何であろうが、いかにも生き生きと仕事をこなしてくれる。この調子で○○は誰が担当、と割り振って行けば、私が悩む内容はどんどん少なくなるわけだ。
さて、それにしても、生活排水をじかにひいている保護区の湿地では、底泥の状態が悪くなりすぎないように気を使わなくてはならない。水質浄化の高率を上げるためだ。排水の流入口に近いところは、泥がまっ黒になっている。できれば時々水を干し上げて泥を空気にさらし、黒い色―硫化物の存在―が示す嫌気的な状態を改善したい。浄化池の干上げ、天日干し、天地返し、といった作業のタイミングをはかるのはいやでも私の担当。
「決めた。今から⑤番の水を止めてくるね。今1時間でも早く水を止めれば、作業を終えて水を戻してやれるのが1週間早くなるかも知れないと思うの。生きものが育つ時期に干上げるのはほんとうにいやだけれど、今止めれば、生きものが活発に動くうちに水が戻せる。回復もきっと早いでしょう」「⑤番の水量は今1日に300トン弱ですね。じゃあ、ポンプ3台のうちの1台を止めると、1台が300トンくらいだから、ちょうど水量が合いますね。分電盤の鍵、いつものところです。左のポンプを止めるのがやりやすいと思います。去年もそうだったから、生きのびてくれるものがきっといますよ」
⑤番の水栓を止めてから10日。梅雨の最後の大雨で満水になっていた⑤系列の2面の池は、このところ日に2~3センチ近く水位が下がり、浅いところの泥底が出はじめた。水栓まわりの黒い泥がからからになるのはいつだろうか。これから毎日、いつ草を刈ろうか、いつ耕運機を入れようか、と、はらはらしながら池を見守ることになる。強い雷雨などがなければ、来週にも必要な作業を終えて、早ければお盆前にも水を戻すことができそうだ。
水位が下がった池にサギが集まりはじめた。淡水湿地のシギも入るかな、と期待している。干上がって死んで行く魚やウシガエルのオタマを目のあたりにするのはつらいけれど、がまん、がまん。底泥の状態をよくするために干し上げるのだから、からからになるまではひたすら待機。
干し草の第一陣の取り込みを終えた。草刈り、草運び、草集め、トラクターがけ。炎天下の作業の時期、ともかく無事に乗り切れますように。




