83 見果てぬ夢
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1999年8月号掲載
83 見果てぬ夢
グリュー・・・・・・とオケラの声がする。何歩か離れると聞こえなくなってしまうような低い声だが、少なくとも4個体はいるようだ。チチチチチチチイ・・・・・・というキンヒバリの声は、数が多くて互いに重なって聞こえるが、小さいので気をつけていないと聞きのがしてしまう。暗くなってカラスがいなくなるのを待って餌場に下りると、あちこちから静かに虫の音が聞こえてくる。梅雨時の今は種類も数も限られているが、生きているものがいっぱいいると思うと、なんとなくうれしい。
中央区にお住まいの町田さんご夫妻は、カエルやタニシを保護区に放すのを楽しみにされている。ご主人はカエルとり名人で、どうやったらこんなにとれるのか、と思うほど、毎週のようにトウキョウダルマガエルやアマガエルの子供を何十匹も持ってきてくださる。先週は丸浜川に30匹ほどのアマガエルを放された。来年はカエルの声も夜の楽しみに加わるかもしれない。ウシガエルだけは、今年から丸浜川で何頭も鳴くようになった。
さて、3月末から4月いっぱい、時間をとれる限りはみなでがんばった下北岬の営巣場所づくり。草刈りから始めて、刈った草をどけ、ゴミを片付け、トラクターを入れて裸地をつくり、生えていた樹木をよそに移植し、草の根をできるだけ拾い、ポンプで汲み上げた海水をかけ、行徳漁港から何トンもの貝殻を運んで仕上げにまいた。思惑どおり、コアジサシが頭上を飛びまわり、10羽以上が舞いおりてくれた時のうれしさといったらなかった。
この場所で、コアジサシ2組、セイタカシギ3組、シロチドリとコチドリが1組ずつ卵を抱いた。カラスの一群とコアジサシやセイタカシギの派手な攻防戦も何度か見られ、無事に育つかどうかと気をもんでいるうちに、みるみる草がのび、セイタカシギ以外の鳥は姿が見えなくなってしまった。
人が何かをやっている場所は、必ずカラスの関心をひく。裸地維持の草とりどころか、卵が無事かどうか見に行くことすらはばかられた。一方、浄化池の中に作られたセイタカシギ2巣とコチドリ1巣は、抱卵後かなりたってから卵が消えた。青大将が犯人かも知れない。竹内が原では5月22日にオオバンのヒナが4羽も見られ、喜んだのも束の間、3日でヒナがぜんぶいなくなった。
6月8日、うれしいことに竹内が原でセイタカシギのヒナが2羽見られた。下北岬のどれかがふ化して移動してきたに違いない。しかし、このヒナはその後一度も見られていない。あまり大きくならないうちに外敵にとられてしまったようだ。
コアジサシのふ化など到底無理とあきらめていた矢先、6月13日に水位のチェックのために付近を通ったスタッフが、親鳥にしつこく攻撃されたというニュースを聞かせてくれた。翌14日から16日まで、下北岬付近を通りかかると、2羽の親鳥が人の頭上に舞い降りるようにして、激しい警戒声を上げるようになった。抱卵が見られてから3週間少し、日取りもぴったり合っている。ヒナがいるに違いない。1976年に野犬のためにコロニーが全滅したのを最後に、保護区内でのコアジサシの繁殖は、1996年、造成直後の岬の1巣までまったく見られなかった。このつがいも間もなく卵をとられたので、ヒナのふ化は1975年以来、なんと24年ぶりの快挙ということになる。
しかし、16日を最後にコアジサシは姿を消した。オオバンやセイタカシギと同様に、何者かにヒナをとられてしまったようだ。無念だ。
「来年はねえ、ほら、こっちまで営巣場所を拡大したい。もともとやりたかったところだもの。一方は5月はじめ、もう一方は5月下旬に裸地が仕上がるように、手入れの時期をずらしてね」
「貝殻を厚くまいたところは、草がのびてないんですよ。夏か秋ごろから余裕をみて貝殻を運んでおいたら、来年はもっとうまく行くかも知れない」
「池の中に島みたいに残った茂みのところがバンは好きだし、田植えをやったところにはセイタカシギの親子がいつもいるんです。他の場所もそんな感じに手を入れてみたらどうかと思って」
くじけず、めげず、あきらめず、見果てぬ夢。ようし。




