80 コアジサシを待つ
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1999年5月号掲載
80 コアジサシを待つ
すいっとツバメが飛んだ。雨もよいの曇り空から視線を移すと、冬枯れのアシの根元にはとがった芽がずいぶん伸びてきている。柳の木立はやわらかな黄緑色に衣がえし、山桜のつぼみもほころびはじめた。3月26日、あたりは一挙に春たけなわの様子に変わりつつある。
この日、いよいよ営巣場所整備にとりかかった。計画立案からおよそ3週間後のことだ。
冬から春先のトラクターがけを2月26日に終えてから、まず手をつけたのは、棚田などの水路の整備と、水位調整のための畔づくりだった。水をまんべんなく湿地全体にまわす水量・水位調整と並行して、野鳥病院への給湯設備工事(油汚染事故発生時の拠点とするために千葉県が実施)の準備(回復鳥の放鳥や周辺片付け)もはじめた。
私と大黒柱1・2号氏の3名の常勤スタッフが時間を見つけて保護区の様子を見に出かけたのは、たしか3月2日。時期でもあり、話はおのずとコアジサシのことになった。裸地で繁殖する鳥のために営巣場所を整備する試みは、毎年いちおう続けている。もっともここ何年かは、もくろみどおりセイタカシギやコチドリが巣を作ってくれても、カラスなどのために失敗している例が多い。
妙典の区画整理工事現場には、今年はもう高層住宅や大型店舗が立ち並び、コアジサシが入る余地はない。浦安はまだしも、行徳地区でこうした繁殖種を受け入れる場所がまったくないというのは困る。幸い今年は、砂利を中心に造成された岬の近くに裸の砂地が少しある。ちょっとたいへんだけれど、思いきって周囲の草原の一部を裸地にしてみようかという相談がこの日にまとまった。
繁殖の時期までにはまだ1カ月以上も間があるし、野鳥病院のラッシュがはじまるのも2ヵ月以上先なので、作業を進める時間の余裕は何とか作れるはず。アシやセイタカアワダチソウを刈り、刈った草をどけてからトラクターをかけて裸地を作り、植物のコントロールと土砂の締めかためを兼ねて、仕上げには携帯用のポンプで海水をかけてみようということになった。
保護区のほんの一角に、人力でできる範囲でやる試みが、どこまでうまく運ぶものかはわからない。草やぶを裸地に変えようというのだから、どうとりつくろってみても植物ばかりかそこに住む生きものたちに大迷惑であることはまちがいない。せめて、オオジュリンをはじめキジやカワラヒワなど、草むらを生活の場とし、芽生えまでの飢餓の季節を乗り切ろうとしている鳥たちに迷惑がかかる作業は避けたい。スタートは26日、というのは計画時からほぼ決めていた。いかにも春らしく、緑がどんどんひろがってゆく時期にぴったり当たってよかった。
「やっぱり刈るとなると広いね。それに海ぞいの斜面だから、トラクターを使う時はよっぽど気をつけないと」「でこぼこがけっこうあるし、もとの埋立地のへりに当たるんで、丸太の柵とか針金なんかがあるんですよ。でも、気がついたら終わってた、なんてことになったりして」「今度の火曜日が男衆が動くチャンスでしょ。初めてのチャレンジなんだから、広い範囲で作業を進めることより、トラクターがけや海水かけまで、全体の手順や様子をつかまなくっちゃね」
共通の夢をめざして仕事をするのがうれしくてたまらない。でも、おばさんにできることは留守を守って鳥の世話をし、みなが無理なく動けるように気を配ることだけ。やっかいできつい肉体労働部分はいつものように若手に任せて、結局ほとんど手伝わないことになるんだ。気働き、ということばもある、と気をとりなおしてはいるけれど。
昨年、葛西の森田さんからいただいた二ホンアカガエルが無事に生き延びたらしく、つぶつぶの卵塊が20近くも見つかった。みなと池の棚田は、半年ぶりに水を入れたとたんにザリガニがぞろぞろ出てきたようで、食べられたハサミがあちこちにある。
春だ。生きもののみなさん、今年もどうぞよろしくね。




