79 ぬける
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1999年4月号掲載
79 ぬける
ブルル ブルルル
やった!エンジンがかかった。泥だらけの一樹君が思わずガッツポーズをとった。泥の中で斜めにかしいだ真っ赤なトラクターは、ブルブルと頼もしげに身震いしている。
2月9日火曜、水が入った③系列13枚目の棚田のまんなかでトラクターが深みにはまった。30度近くも傾いて、難破船のような哀れな影を水面に落とし、冷たい雨に打たれていた。
田の水を抜かなくては作業ができない。仕切板を上げて水を落とし、土のうで水口をふさいだ。救出は週明けと思っていたが、ふつうの長靴で近づけるまで水位が下がったと聞いて、急遽金曜の午後から作業をはじめ、熟年男衆の主人や富田さんまで救助に向かった。ところが、エンジンがかからない。金曜はバッテリーの充電でおしまい。
土曜になって充電ずみのバッテリーをとりつけたが、動かない。さあ大変、いよいよだめか。がっちりぬかるみにはまったトラクターは、自重だけでも1トン近くある。舗装道路ならともかく、エンジンがかからないことには、押してもひいても動くものではない。エンジンを調べるにも、泥を掘り上げて水をかいださなくてはならない。
結局のところ、錆びた配線が1ヵ所切れていたことを富田さんがつきとめた。線をつないだところ、エンジン始動!感激の一瞬だ。こんなうれしい瞬間はめったにあるものではない。
あとはいつも通りの救出作業。後輪外側の補助輪の羽に足場板をかませる。前輪にも足場板をかませ、前にひかえる別の深みをよけて大きくカーブを切り、両側から押したり支えたり励ましたりしながら、板を敷いてゆっくり前進。最後の畔は頑丈なアルミブリッジを頼りに上がりきった。
エンジンがかかるまでの時間の長さにくらべると、かかってからの1時間弱の救出作業はあっという間に終わった。それでも、ぬかるみに足をとられながら泥だらけで重い足場板を運ぶのは、「あっという間」しか手伝っていない私にとってさえ、汗と泥まみれの重労働である。
お天気と人員配備を見ながら、可能な日はすべてトラクターがけに費やした2週間後の2月26日、夕方戻ってきた一樹君が「終わりました」と笑顔を見せた。「何回はまった?」「えーっと、川上さん、何回でしたっけ」「午後の部で掘ったのは3回です。あと、あぶなかったのが2回。さすがに疲れました。トラクターの足を掘っているのに、自分の足が自力では泥から抜けなくなっちゃって」
ご苦労さまでした。だめでもともと、うまく行ったらめっけもの、という③系列の14枚目が午後にまわした最後のチャレンジだった。これで冬から春先のトラクターがけはすべて終わった。あとは4月末、水を入れたまま竹内が原を耕して、夏の開水面を確保することと、岬の除草をやればよい。それが終われば夏までトラクターは休業だ。
27日土曜、これまでの結果を見るために保護区を一巡した。柳の若枝が黄緑に色づいて、猫の指先のような芽が出ている。「雨のあと、ずいぶん緑があざやかになりましたね」
難所の14枚目も、せまくて動きにくい湊池の棚田も、みごとにきっちりと耕されている。13枚目の遭難現場は、トラクターよりひとまわり大きな池になって、満々と水をたたえていた。
間に合った。ひと山抜けた。とてもできないと思っていた。もうどこもいつでも水が入れられる。前夜の雨でヒキガエルが起き出してきたが、産卵を始めてももう大丈夫。
七転び八起きどころか、トラクターは17回はまって17回ぬけたのかな、もっと多かったのかな。一樹君、達ちゃん、川上さんの男衆三人組はとうとう一言も弱音を吐かなかった。
土くれの上で、ジョウビタキの雌が尾をふるわせていた。ユスリカの蚊柱があちこちに立っている。さっき見かけた小さいウシガエルは、片足をなくしていた。トラクターや畔づくりの作業にまきこまれて事故にあったのかも知れない。水の中の君たちみんな、しばらくは安心していていいよ。私たちは陸で手作業の仕上げにかかる。




