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新浜だより 1992年~2000年  作者: 蓮尾純子(はすおすみこ)
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72 コロニーが守られた

新浜しんはまだより

日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1998年9月号掲載


72 コロニーが守られた


「石川さんに言われた場所に行ってみたんです。工事現場の中でコアジサシが産卵をはじめていました。柵で囲われていて、連絡先が書いてあったんで、電話してみたんですよ。そうしたら事務所に来てくれと言われて、行ったんです」

 観察舎の大黒柱2号、佐藤達夫くんからの電話である。5月23日、浦安の高洲地区の埋立地に行った帰りのことだ。達ちゃんは休みといえば時間のあるかぎりコアジサシの調査に出ており、千葉県下の繁殖地のほとんど全部をまわっている。

「すぐにでも工事にかかる場所なんだそうです。所長さんといっしょに現場をまわったんですが、コアジサシとシロチドリの巣があるんです。どうしようかとは思ったんですけど、食い下がってみたんですよ。そうしたら、結局のところ、工事を延期してくれることになってしまったんです」

 よかった、よくやったじゃない、と大喜びの私に比べて、達ちゃんはまだ悩みぬいている。

「でも、7月中旬までと念を押されているんです。そのころだと、もしかしてまだ飛べないヒナがいるうちに工事を始めることになるかもしれないじゃないですか。今ならまだ卵だし、数も少ないし。それに現場の人だって、生活がかかっているわけでしょう。それを無理に止めてもらったりして、ほんとうにいいんですかねえ」

 翌日の午後、時間をつくって達ちゃんが浦安の現場に出かけたのと入れ代わりに、工事事務所長の牧野さんが観察舎に来られた。「工事延期のためにこんなものを出そうと思っているんですが、佐藤さんに見てもらおうと思って」

 見せていただいた書面には、実にていねいにコアジサシのことが書いてあった。日本だけでなく、世界でも希少な種類になりつつあること、なんとか繁殖を成功させてやりたいこと、そのためにヒナの飛去まで工事を延期する・・・・・・7月中旬ではなくて、「ヒナの飛去」と書いてある。すごいことではないか。

 清水建設の「特別養護老人ホーム等建設現場事務所」のコアジサシ保護対策はそれだけではなかった。工事延期だけでもたいへんなことなのに、所長さんは日曜にわざわざ出てこられて、上空を侵犯するラジコン飛行機愛好家たちに注意してくださったり、なんと足場用の鉄パイプと鉄板で観察台まで作られた。2階建てくらいの高さで、広さは畳4枚分くらい。前面はブルーシートでおおって、人かげが直接鳥からは見えないようになっている。達ちゃんはボランティアの麻生さんと毎週コロニーに通い、人出が多い日曜には終日の監視を続けた。6月なかばには、工事現場内のコロニーは190つがいと東京湾で最大のものとなった。卵が雨で流されたり、カラスにとられたりといった災難で、巣は半分ほどに減ってしまったが、工事現場のみなさんも、育って行くヒナたちを楽しみに見守ってくださったようだ。 

 ほとんどのヒナが無事に飛去して行った7月下旬になって、再び達ちゃんの悩みがはじまった。「コアジサシのヒナはあと1組だけになりました。まだ小さいんだけど、できればお盆休みの前に工事を始めたいということなんです。50mほど離れたところは手をつけないので、そこに親子を移そうとしたんですが、うまく行かないんですよ。シロチドリのヒナを移してみたら、すぐに自分で元のところに戻ってしまって。コアジサシも、つかまえてよく親に見せながら運んでみたけれど、親がぜんぜん来ないんです。もとのところにしか下りないんですよ。結局また戻しました。所長さんは来週までしか待てないと言っておられて」

 29日、調整がうまく行かず、繁殖中のコロニー内の工事が実施されてしまった別の現場の視察に立ち会いに行った達ちゃんが「朗報があります」と帰ってきた。「帰りに清水建設の事務所に寄ったら、お盆明けまで工事をのばしたと言われました。コアジサシもシロチドリももう大丈夫です」

 よかった、よかった、ほんとうによかった。昨年の妙典土地区画整理組合といい、今年の清水建設といい、きつい工事日程をやりくりしてコアジサシの繁殖を守ってくださった現場のみなさんの心意気に心から感謝したい。いつか、きっと、日本でもこうした風潮が当たり前になる日がくることを祈っている。


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