57 ヨシアシについて
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1997年6月号掲載
57 ヨシアシについて
「あれ、これはヨシだよね」
草たけはほんの10㎝ほどだが、細い地下茎もきっちりついている。ふーん、種子から生えて1年目のヨシとはこういうものなんだ。
観察舎前の導流堤に昨年敷いた砂地で草とりをしていた時のこと。秋から芽生えて一株が50センチ四方にも堂々と広がっている越年生草本のコマツヨイグサとか、こまかい実生苗の大群がびっしりと5ミリたらずの双葉をひろげている1年生草本のアカザなどとはまったく異なる姿だ。昨年、小さな種子が定着した時には、きっと地上の草葉はごく小さくて、その分地下茎をのばしていたのだろう。他のイネ科の草といえば、小柄なスズメノカタビラでさえ、こまかいひげ根にひと山もの砂をがっちりかかえこんでいる。さらさらした浅い砂地でも、こうしたイネ科の草は草かきやスコップの助けがないと抜きにくい。実生1年目の小さなヨシはわけなく抜けるが、水の条件がよえれば2年ほどで地下茎がはりめぐらされ、スコップでは切ることすらむずかしくなる。多年生草本の強みである。
水辺に欠かせないヨシは、オオヨシキリやオオジュリンにとっては生活環境のすべてだ。しかし、わが保護区ではヨシのコントロールが大きなテーマである。なお、ヨシとアシは同じもので、標準和名はアシ、国語辞典ではヨシ。要は「悪し」を嫌って「良し」に呼びかえたということ。
水深50センチ以下の水辺環境では、ヨシは絶大な勢力を誇る。みるみるうちに水面を埋めつくし、その上毎年地上部が枯れて、分解が遅いために乾燥を招く。湿地の鳥はびっしりとしげった葦原より、開水面や泥地、すき間のある湿性植物等を好む。水位の変化、耕作、洪水等でこうした状態ができるわけだが、ヨシ原がとぎれるような環境変化がないと、湿地の鳥は住みにくくなる。典型的なヨシ原の鳥とされるヨシゴイでさえ、実際にはガマの茂みを好んで巣をつくるのだ。
いったん地下茎をのばしさえすれば、ヨシほどたくましい植物はない。乾燥した草原ではヨシはススキやセイタカアワダチソウにトップの座を譲るが、たとえば1000本に1本でもヨシが残るところでは、冠水したとたんにヨシがはびこりはじめる。条件が整うまで、かろうじて生命を保つだけの地上部があればよい。栄養も、酸素もぜんぶ地下茎に運び、ためこむことができるからだ。
こんなに強いヨシだが、新たに定着させたり、再生させようというのは、なかなかどうしてたいへんなのだそうだ。護岸や水質浄化のためのヨシ原の働きが見直され、建設省などではヨシ原の再生が重要なテーマになっているとのこと。特有の生物相の保護のためにヨシ原づくりをしようとしても、うまく行かないという。
江戸川河口では、老朽化した行徳橋と、同じ位置のローリングダムの架けかえが近々に迫っている。このあたりのヨシ原は貴重なヒヌマイトトンボの生息地であり、橋梁工事で傷む分を行徳橋上手に再生する実験が建設省によって行われている。ここではわが保護区のヨシ原の一部が使われている。泥ごと地下茎をざっと掘り取って敷きつめるフィードバック法、くずさずに、張り芝のように切り取って敷くマット法、田植えのように地下茎を一本ずつ植えてゆく株球根法などがあり、種子をまいて育てる方法もあるという話をうかがった。
それにしても、草とりで引き抜いた小さなヨシの姿は美しかった。「考える葦」か……たくましさといい、美しさといいい、どの植物も尊敬に値するけれど、やはりヨシのみごとさは群を抜いている。戦い甲斐のある相手だ。
ちなみに、導流堤の草とりは裸地を好む鳥の繁殖環境を保つための作業。今年はコチドリの卵が見つかった。カラスにやられなければよいけれど。
さて、電気工事の終了と新しい広大な池への揚水開始を待つうちに、ゴールデンウィークが始まってしまった。早くポンプ揚水を始めたいのだが。もっとも、この稿が掲載されるころには、水量や水質の調整と野鳥病院のラッシュが重なって、きっときりきりまいをしているにちがいない。




