48 夏草
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1996年9月号掲載
48 夏草
ああ、シー・ブリーズだ。
梅雨明けの暑さはこたえるが、昨年の強烈なむし暑さー空が白っぽくかすみ、やけつく陽射しがないかわりに肌全体を包み込む湿気と無風状態が延々と続いた昨夏のつらさにくらべると、なんという爽快さだろう。海が近い行徳では、これぞまさに海からの涼風だ、シー・ブリーズだ、という風を感じる日がある。こんな日に芝生のベンチか、堤防の上でごろっと横になっていたら気持がいいだろうなあ。トカゲをきめこむ、と鳥の先輩がたは言っていたっけ。
トカゲにも、風通しのよい床にべったりのびている猫にも化けられないので、気分転換にちょっと外をのぞいてみる。白々と乾いた砂利道は夏草にふちどられ、丸浜川の水はけっこうきれいだ。暑い時期はプランクトンが活発に増殖するので、雑排水といえども2日もたまっていれば藻類で濃い茶色になる。ところが更にもう1日ほど滞留が続くと、水がかなり澄んでくるのだ。水を濁らせている藻類が動物プランクトンに食べられるためらしい。もっとも、今日の澄みぐあいはそのためではなく、徹底排水された後の水に藻類が増殖する前だからだろう。
水路の対岸の泥地では、コチドリが一羽、ちょこちょこと歩いて餌を探している。ツバメが何羽も水面をかすめるように飛ぶ。導流提に敷いた砂の上にはまばらにアカザやイヌビエがのびて、ヒエの実を食べにきているのか、カワラヒワがしきりに鳴く。
堤防の足元はヘクソカズラやヤブジラミの花盛りだ。わが家のまわりはヤブカラシの花盛り。どれもこれもろくでもない名がつけられて、きちんとした庭園では目の仇にされる連中だけれど、よく見ると実にきれいな花だ。ちいさな釣鐘の形で芯がココア色をしたヘクソカズラの花を見るたびに、子供のころに好きだったタバコの形のお菓子を思い出す。煙草の「ピース」そっくりの紺色の紙箱に入っていて、ココアシガレットといったかしらん。たしか今でもあるはずだ。あわいオレンジ色と黄緑のヤブカラシの花も、何となくおいしそうに見える。
玄関のノウゼンカズラの花がそろそろ咲くはず、と思って眺めたら、一房だけ開いていた。アメリカのカードには、この花に吸蜜にきているハチドリの図柄がよく見受けられる。蜜源が深すぎるのか、日本の鳥が吸蜜するという話は聞かない。
ツユクサの済んだ青、白いレースのようなカラスウリ。朝顔や夕顔は今年も植えそこねたが、夏草の花はいい。アゲハ、クロアゲハ、アオスジアゲハ。保護区の中で続々と羽化したアカネ類は、これから山に向かうはず。これでセミやコオロギ、バッタ類の声が加われば夏景色は完ぺきなのだが、7月なかばでは少々季節が早いのだろう。
毎年この時期はヒナ鳥の入院ラッシュ。勤務日はひがな一日治療室と名付けた傷病鳥舎の一室にこもり、ただひたすら餌をやっている。5月中にはラッシュがはじまらなかったので、今年は楽かな、と期待したのがとんでもない間違いだった。6月の入院鳥は105羽で新記録樹立。7月は15日までに60羽に達した。4,5月の低温の影響か、例年は6月中旬までにぴたっと一段落するムクドリ幼鳥の来所がまだ続いている。餌をほしがるムクドリのヒナのキャキャキャという大声を聞いていると、催眠効果か、だんだん頭がぼやーっとしてくる。治療室を一歩出た禽舎の他の鳥の世話をはじめ、草刈り、棚田の手入れ等の保護区内のふだんの外仕事は、戦力の石川君や佐藤君が頼りだ。
「暑い時は最低限、生きるだけにしようね。仕事はゆっくり、息を入れながらね」
そう、彼らが若さにまかせて無理をしないように手綱をひかえるのが、私の大切なお仕事。
渡りの時期をすぎた6月というのに、保護区では新しく記録された鳥が2種類もあった。6月21日にアオバト2羽、25日にはなんとオオグンカンドリ若鳥1羽。初記録のお客さまが堂々と保護区上空を飛びめぐり、目のさめるような思いをした。
そうそう、休みの日は徹底的に気分をかえて、のどかに原稿書きをするのが私のお仕事。




