38 ミンズミアの保護区で
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1995年11月号掲載
38 ミンズミアの保護区で
「さあ、タツ、ここへ来て、この春から君がやってきたことをみんなに説明してあげなさい」
イギリスの東海岸、サフォーク州ダニッチ・ヒースのゆるやかな崖の上からは、ミンズミア鳥類保護区が一望される。左手は黄茶色に濁る荒々しい北海、砂丘をへだてて広大なアシ原がひろがり、十一年の年月をかけて営々と開削されてきた水鳥の繁殖や採餌のための浅い開水面「スクレイプ」が見える。右手はダニッチの森から続く森林地帯である。ハイイロガンやオオバンが群れる静かな沼、アイランズ・ミアはここからは見えない。
「春に来たときは、まずあの林の中で、切った木の片づけや鹿よけの柵づくりをやってました。それからヨーロッパチュウヒの営巣調査で一日すわってなわばりや下りる場所を記録するのをやれと言われて、四つがいくらい繁殖しています。向こうの方では若木の引き抜きをやったり、ああ、この前スクレイプの中にも入りましたよ。アシを片付けて焼いたりするんで。夏ごろはこのアシ原の中でずっとサンカノゴイのレーダー追跡で、アンテナを持ってとぼとぼ歩いていました」
この四月から単身渡英し、イギリス鳥類保護協会(RSPB)のミンズミア鳥類保護区でボランティア・ワーデンとして研修している佐藤達夫君。こう書くといかにもカッコよいが、実際はそんななまやさしいものではない。英語はわからない、生活や習慣は違う、朝は六時半か七時に起きるとまずまっすぐにスクレイプを一回りして鳥の記録をつけ、州に何回かは鍵あけとトイレ掃除の当番、あとは夕方までひたすら仕事の毎日だ。現地時間で夜の一〇時ごろを見計らって宿泊所に電話をかけると誰も出ない。一一時前になってようやくつかまえた達ちゃんは「仕事中なんです。あと三〇分くらいで終わると思うんですが」 四〇分後かけると「まだ終わらないので」
ミンズミア鳥類保護区に「スクレイプ」を築き、RSPBの代表的な保護区として育て上げたハーバート・アクセルさんは今年八〇歳。この六月に平凡社から黒沢令子さんの訳で「よみがえった野鳥の楽園」として出版された「ミンズミアーある鳥類保護区の肖像」の著者でもある。もう十五年以上も前にこの本に出会ってからというもの、いつか私たちの保護区にもこうした環境改善事業を、と考え続けていた。十三年前にご夫妻で来日された時に観察舎でお会いして以来、私たちのことをひいきにしてくださっている。昨年はじめに自叙伝をいただいて、アクセルさんとの連絡が再びはじまった。達ちゃんの渡英を真剣に考えはじめた時から、RSPBとの間に立ってくださり、四月にいよいよ初めての土地に降り立った心細い達ちゃんを駅から保護区へと送ってくださったのもアクセルさんである。
今、ミンズミアの保護区が眼下にひろがっている。そしてかたわらにはこの旅行に誘った山階鳥類研究所の吉安京子さん、鳥類保護連盟の箕輪義隆さん、達ちゃん、そしてアクセルさんがいる。
「ミンズミアは僕が案内する。タツじゃだめ」
アクセルさんが心血を注いだ保護区。「ほら、あの島にはビニール袋を三千枚敷いてある。このハイドは建て替えたものだけれど、目かくしに藪を植えた。この道を毎朝往復して砂利を運んだんだ。もう三〇年も前になるなあ」 私の心の目には、その一つ一つの作業がはっきり見えている。
「いいかい、スミ、自然環境が変化して行くままにしてはいけないんだ。アシを増やしたいところには増やす、除きたいところは除く。ハイドの前は泥地を開けておかないと。管理がすべてだよ」
「でも、管理はたいへんな作業でしょう?」
「違う、時間とか労働量の問題じゃないんだ。問題となるのはたいせつにする気持ちだ、愛情だよ」
火の玉のような行動力のアクセルさんと何日かご一緒させていただいた初めてのイギリスは、あおられ、まいあがり、心の奥にしみる旅だった。
豆だらけになった手、真っ黒に日焼けした笑顔。達ちゃん、あと何か月か、がんばれ!




