04:『 5 』トール、話をしよう。
「ねえ」
今まで大人しくしていたマキが、琥珀の結晶を指差して尋ねた。
「なんでこれ、柄しかないの? 柄しか無い剣なんてガラクタじゃない。ヘタしか無いナスビじゃない」
「……」
まあ、確かに。
なぜこんな姿になってしまったんだ、俺の神器。
「おそらく、紅魔女が西の大陸を大爆発に巻き込んだ際、分離したものと思われます。黒魔王様はご存じ無いかもしれませんが、黒魔王様亡き後、“時空王の権威”をかの紅魔女が盗んでしまったのです」
「……」
「……」
アリスリーンの告げる事に驚きはあまり無く、俺は、ちらりとマキを見た。
マキはさも興味無さげな表情を繕い、あさっての方向を向いて口笛を吹いている。
「実を言えば……この西の大陸には、大規模空間がもう一つあります」
「……?」
「その大規模空間にも、私ではない魔族の王が立ち、魔族の国を作っています。名を、魔族の強国“カルディア”。その空間を作り出しているのが、おそらく“時空王の権威”の、刃の部分だと思われます。カルディアの王は……オウガ族の鬼神ライズです」
「な、なにっ!?」
また、懐かしい名前が出て来た。
ライズも、かつてアイズモアで仲間だったオウガ族の族長だ。
アイズモアでは鬼神と呼ばれた、屈強な体を持つ男だ。
アリスリーンは、どこか視線を強めた。
「カルディアの王ライズは、我がユートピアの領土を欲し、たびたび争いを仕掛けてきます。この場所で、静かに暮らしたい我々と違い、あの男は勢力を拡大し、北に捕われた魔族を助けるつもりのようです……あの男の気持ちも分からなくはないのですが、無謀な事と言えるでしょう」
「……あの、ライズが」
確かに、ライズは感情的で気性が荒く、脳みそ筋肉なところがあったが、そんな。
かつての仲間だったライズとアリスリーンが、この西の大陸で戦いを繰り広げていたなんて……
「とりあえず、少しライズとも話がしたい。俺が、そのカルディアへ赴こう。行き方は?」
「……黒平原の向こうにある山の、渓谷の底です」
「は?」
「カルディアとユートピアは、黒平原という黒い平原で繋がり、カルディアは平原の向こう側にある山の、渓谷の底に存在しています」
「……“表”に出る必要は無いのか?」
「ええ。二つの空間は“かろうじて”繋がっております。まるで、柄と刃が再び一つになる事を望むかのように……」
「……」
柄と、刃。
本来それは、一つだったはずのものだ。
いったい何があって、二つに分かれ、それぞれが異空間を作り出したのか……黒魔王の力無くして。
「ですが、黒平原には悪魔が出るのです」
「……は?」
「おそらく、この空間を操作する者の居ない状態での、不安定な空間ですから、黒平原には人間でも魔族でもない、黒くて、恐ろしい……悪魔が出るのです。その正体がなんなのかは、分かりませんが」
困ったように首を振って、だけど、ちらりと俺たちを見て様子を探るアリスリーン。
俺は何が何だか分からなかったが。
「だったらさっさと行きましょうよ。行かなきゃ、何も分かんないじゃないのよ」
適当な口調でそう言うマキの言葉は、確かに適当だが的確でもあった。
そう。行かねば何も分からないのだ。
ここユートピアは、城と城下町、その周囲に広がる田畑で成り立っている小さな小さな国家だ。
現実世界である、あの巨木の森から水を引いて農耕を行い、生活を維持している。
時にこの空間から大人を出し、海岸で魚や貝を持って帰るらしい。
だからか、ここの食べ物は野菜やキノコ類、魚や貝の干物が多くあった。
肉はあまり無い。
「はん。しけたご飯ね」
「そう言いつつも、がつがつ食ってるじゃないか」
「食べれるときに食べとかないと」
マキは遠慮を知らず、ユートピアの王宮で出された料理を次から次に平らげていた。
明日にはここを出て、黒平原へ向かう。
夜、俺は与えられた一室のベッドに寝転がり、ややこしい状況を整理していた。
そう。
かつての仲間、アリスリーンが、西の大陸に存在する大規模異空間にて、魔族の王国ユートピアを建国していた。
また隣り合わせにしてあるもう一つの空間では、かつての仲間ライズが、魔族の強国カルディアを建国。
隣り合う魔族の国同士は、争いを続けているという。
また、二つの国は、黒魔王の神器である“時空王の権威”の柄と刃を所有して、空間を維持している……
「しかし……紅魔女が持っていったという俺の剣、いったいどうして二つに割れてしまったのか。それだけ、この大陸での爆発が凄まじかったという事か……」
紅魔女。
なぜ、俺の剣を持っていったんだろう……
俺は自分の死に様を思い出せるのに、最後の最後が曖昧だ。
死に際、誰かが側に居てくれた気がするのに。
それが、紅魔女だったんだろうか。
「……マキア」
紅魔女が転生した、少女の名前だ。
柔らかいベッドに身を委ね、目をつむる。
今日も彼女を捜しにいく。俺が失った記憶を、彼女から奪い返すため。
紅魔女……マキア………そして、マキ……
一つの長い長い、赤い糸で繋がっているはずの彼女を、見つけにいく。
「あら、今日も来たのね」
暗い記憶の箱の底。
見つけた扉の前には、やはり“マキア”が居た。
鮮やかなまっ赤な髪をしていて、派手なリボンを頭につけている。
「今日も戦うの?」
「いや……今日は少し話をしよう、マキア」
「話?」
やる気満々だったマキアが、俺の答えにきょとんとした。
そして、急に面白く無さそうな表情をして「やってらんないわ」と言う。
俺はポケットから、棒付きキャンディーを取り出した。
「!?」
「これをやるから、こっちにこい。そ、そうだ……こっちだ」
勝ち気で生意気な表情をしていた、最悪の魔女は、ただの棒キャンディーに心を奪われ、よろよろとこちらにやってくる。
計算通り!
やっぱり中身はマキと変わらないなマキアァ!
「俺と話をしてくれたら、これをやろう。そこに座れ」
「……うん」
いきなり素直になるあたり、やはりマキと似ている。
そうだ。
マキから得た印象、情報が、一番の手掛かりになる。
俺はマキアの座った場所から、ある範囲まで花畑を作った。
真っ暗な世界で会話しても味気無いからな。
「まあっ」
「こういうの、好きか?」
「そうねえ。嫌いじゃないわよ」
「だろうな。お前は“暗い所は苦手”って言ってたもんな」
「そうねえ。魔法で作った暗闇は、昔から苦手で……」
「……」
「……」
マキアはハッとして、口を押さえた。
俺は、魔王らしく余裕の笑みを浮かべ、瞳を細める。
やはり。この情報は正しい。
「あ、あんたなんでそんなこと……っ」
「おっと、キャンディーをあげよう」
「……」
俺は棒付きキャンディーを一つ、マキアに渡した。
その際、手と手が僅かに触れ合う。彼女の手は、俺の手よりよほど温かく感じた。
マキアは大人しくそれを舐めていた。
「本当に、食ってる時だけは大人しいな」
「飴じゃ物足りないわ」
「そりゃそうだろう。お前は“レモンケーキ”が好きだもんな」
「お茶をするならレモンケーキだって、デリアフィールドでは常識だったもの」
「……ほお。やっぱり……お前レモンケーキが好きだったのか」
「あ」
マキアは目を見開いた。
「あ、あんた……」
「はは」
誘導尋問は楽しい。
おそらくマキアは、さほど駆け引きの上手いタイプじゃない。
ひねくれ者だが、割と一直線。
強がって、お高く止まっている風を装っているが、少しつつけば、ボロが出る。
「流石にレモンケーキは持ち合わせていないが、ビスケットをやろう」
「わあ、ありがとう」
フレジールから持って来た、保存用のビスケット缶。
マキアはその缶詰を開けて、ビスケットを食べ始めた。
まるで子供のようだな。
俺は以前、マキアの事を、誰からも好かれる聖女のように勘違いしていた節がある。
だからこそ、うさん臭くいけ好かないなと思っていた。
自分を犠牲にしてルスキア王国を救った、英雄なんて……と。
だが、こうやって目の前で会話してみると、それはただの妄想であり、本当のマキアは、もっと身近で愛嬌のある奴なのだと思い始める。
それはおそらく、“思い出す”事に等しい……
そう。マキと、本当にそっくりな態度だ。
見た目だけが少し違うのだが、中身は……会話している感じは、ほとんど変わらない。
「美味いか?」
「うん! 記憶空間って、美味しいものなんか皆無だから嬉しいわ」
「……」
俺の中の、記憶。そこに居座るマキア。
思わず俺は、彼女の頬に触れた。
マキアは俺を見上げて、ビスケットを食べるのをやめる。
「……お前は、温かいな」
「トールは相変わらず、冷たい手をしているのね」
「生まれつきだ」
「私だって、生まれつきよ」
彼女を探るように見つめると、俺の視線に耐えられなくなったのか、彼女は顔を真っ赤にし口をぎゅっとつぐんで、慌ててビスケット缶の蓋を閉めた。
「もう逃げる!!」
「宣言して逃げるのかよ……」
「追いかけちゃダメよ。まだまだ、“お菓子”が足りないんだから」
マキアは俺に指を突きつけ、ふんとそっぽむくと、一目散で逃げて行った。
揺れる赤い髪は、やはりとても懐かしい。
俺は彼女を追いかけなかった。
また、話のネタとお土産を持って、彼女を見つければ良いだけの話だから。
ただ不安な事と言えば、俺の貯蔵空間にあるお菓子のストックが、どこまで持つかという事である。