05:『 5 』トール、黒平原を越える。
「確かに、真っ黒だな」
どうしてこうも禍々しくなってしまったのか。
と思う程、その平たい大地は真っ黒だった。
草木が黒い。また、空も淀んでいて、禍々しい。黒平原と呼ばれるのもムリはない。
「わあああ……た、たっかーい……」
「おい、なんか顔が青いぞ」
マキの声が震えていた。
「私、ドラゴンに乗るのって初めてだから」
「……しっかり捕まっていろよ。何があるか分からないんだから」
「落ちちゃったら嫌よ。安全運転でね?」
マキが俺の腰に手を回して、ぎゅっとしがみつく。案外臆病だな。
俺たちは今、黒平原の上空に居た。
目を凝らすと、アリスリーンの言っていた通り、向こう側に黒い山が一つだけ、ぽっかりと見える。
カルディア・マウンテンと、そのままのネーミングらしい。
山頂にはドーナツ型の黒い雲が浮かんでいて、いかにも“悪の巣窟”と言った感じだ。
「なんか悪魔が出るとか言っていたけれど、このまま空を進んでいたら、何事も無くあの山にたどり着きそうね」
「……そう言う事言ってると、何かあったりするんだよな」
「フラグ立てちゃうって奴ね」
「そうそう」
わはは。
なんて会話をしながら笑う余裕はあったが、気がつくと前方から、黒い粒のようなものが空を飛んで来ているのが分かった。
「あれ……何かしら」
「……魔獣だな……グリフォーン族か」
「あ、背中になんか乗ってる」
「敵兵か」
わらわらとこちらにやって来たのは、やはりカルディアの兵だった。
きっと俺たちを見つけて、出撃して来たのだ。
「……あれ、なんか点々がこっちに向かって……って、あれ、矢よ、矢!! あああ、射殺されちゃう!!」
本気で恐れているようでも無いのに、騒ぎ立てるマキ。
だけど何もする気がないな、こいつ
「仕方ないな」
俺は人差し指を突き出し、それを真横に流す。
すると、俺たちの前方に“天鏡”が張られ、全ての矢を一斉に跳ね返した。
返り討ちにされた兵士達は、ぼろぼろと地面に落ちて行く。
「あらら、案外容赦ないのね」
「……俺は身内には厳しいタイプだ」
「へえ」
ただ、異変に気がつかずにはいられない。
大地から生えるようにして現れた黒い“何か”が、俺たちの騒ぎを聞きつけたかのように現れた。
大きな大きな、人型の濃い霧のような。
それが、落ちて行く兵士を捕まえては、食らっていたのだ。
「う、うわあ」
マキも、声を漏らした。
流石に、この光景を前に驚かないわけにはいかない。
「あれが、黒平原の“悪魔”か……?」
その人型の濃い霧は、地面に落ちて、逃げる兵士を数人食らったら、また大地に戻って行った。
なんともまあ、おぞましいものを見た。
「トール!! 前、前!!」
マキが俺を揺さぶって声を上げた。
というのも、これを機に敵兵が数体、すでにこちらに近づき、大柄のオウガ族の男が大剣を振り上げていたのだ。
「おっと」
俺はグリメルに指示を出し、それを避けた。敵兵の隊に突っ込んで行く形となったが、グリメルの速度と反応に対応できる者は居ない。
それもそのはず。
グリメルは俺の作った魔道要塞のようなもの。言葉にせずとも、脳内で指示するだけで、自在に敵を避けてくれるのだ。
「きゃあああああっ!! あああああああ!!」
右へ左へ、行ったり来たり、回転した降下したり上昇したり、めまぐるしいジェットコースターみたいな体験に、マキは悲鳴を上げていた。
こいつ案外、絶叫系は苦手なタイプか……?
魔族の敵兵を抜けると、それは目の前に迫っていた。
カルディア・マウンテン……
連なる黒い峰の集合で、一つの大きな山に見えるようだった。中心の、一番大きな山の頂上は、黒い雲に覆われていて見えない。
さて、ここからどう降りて行ったら良いものか。
きっと、あちこちから敵が俺たちを見ているはず……
「仕方が無いか」
山のどの部分に降り立つか目星を付ける。
そして俺は、マキを抱えて、グリメルの上に立った。
「へ?」
「おい、今から凄くひやっとするだろうから、覚悟しろ」
「え、え、え」
ニヤリと口角を上げると、マキがさらに真っ青になった。
そのまま、グリメルという空間を解除。
俺たちは落下。
「い、いやあああああああああ!!!!」
マキの悲鳴は痛い程耳を貫いた。
彼女は俺にしがみついたまま。
やはり落下の途中、山のどこからか矢が放たれ俺たちを狙ったが、それが俺に到達する直前、転移魔法を展開し、先ほど目星を付けた場所に移動したのだった。
敵は、俺たちを見失った形になる。
「ああ、ああ……死んだかと思ったわ」
「お前がああいう、スリリングなものを苦手としているとは思わなかった」
「ちょっとなら好きなのよ。だけど、あんまり酷いとムリよムリ。子供用のジェットコースターとかなら好きなんだけど、さっきのはそれの比じゃなかったじゃない!!」
「あはは」
「なに笑ってんのよ。自分が得意だからって……」
山の途中の岩場に降り立つも、少しの間ふらふらとしていたマキ。
俺は脇に収納空間を出して、水の入った小瓶を取り出し、彼女に手渡した。
「あ、ありがとう……」
「まあ少し様子を見るから、休んどけ」
彼女が回復するまで、俺は岩場に身を隠しつつ、そこから見渡せる黒平原を見つめていた。
さっきの黒い霧の固まりのようなのは、はいったい何だったんだろう……
ここは、“時空王の権威”が作り出した大規模空間。
確かに、あれには単体で空間を生み出す程の力があった。
だって、2000年前も、黒魔王の作ったアイズモアを本当の意味で維持していたのは“時空王の権威”だからだ。
あれを見つけた山には、空間を維持しやすい土台ができていた。
ここもそうなんだろうか。
爆発でどことも知れぬ場所に眠った“時空王の権威”が、じわりじわりと時間をかけて、空間を生み出したのだろうか。
「ふう、トール。もう平気よ……まあ、まだ少し心臓がばくばくしているけど」
「それは良かった。そろそろ、“中”へ入ってみようか」
「なんだか、冒険みたいねえ」
「……」
岩場の隙間から移動し、どこか、中へ入れる入り口や、奴らの営みの跡は無いだろうかと探った。
ただやはり、そう簡単に中に入れるようにはなっておらず、俺たちはしばらく足場の安定しない岩場を歩いていただけだった。
「あ、トール。見て……」
突然、マキが目ざとく見つけたのは、“亀裂”だ。
「……」
その亀裂は、とても小さな隙間であったが、辿って歩いて行くと、やがて大きな大きな亀裂になっていった。
「こ、ここから中に入れると思う?」
「無茶苦茶な……いや、でも可能か? ……いや、何も見えない」
覗いて見ても、真っ暗な亀裂。轟々と、下から吹き上げる風の唸る音。
降りて行く手段はいくらでもあるが、慎重になってしまう。
「ここにユリシスが居たらな。あいつの光の精霊の力で、奥の方まで照らしてもらえたかもしれないのに……」
言っても仕方が無い。
マキは「ふーん」とだけ。
ただ、その時だ。
あまりに、表の見える部分に居すぎたせいか、空を飛ぶグリフォーン兵数人に見つかった。
しかも奴ら、今度は古典的な弓矢じゃなくて、呪文を唱えてやがる。
しかも、複数人による融合大規模魔法。
「おいマキ! ぼさっとしてるな、逃げるぞ!!」
俺が彼女に声をかけた時、マキは「地上ならこっちのものよ」と、いつの間にやら手に槍を持っていた。
真っ赤な、彼女の背丈より長い槍。
マキの周囲には赤い魔力が漲っている……
「大規模魔法には、大規模“破壊”魔法で、お返しするだけの事!!」
「大雑把だな!!」
言った先から、彼女はその槍を構え、敵の魔法より早く一振り。
ただそれだけで、その槍の先からは言葉にできない程巨大なエネルギーが放たれ、敵の魔法ごとぶっ飛ばした。
「力こそ正義!!」
「うるせえ、早く逃げるぞ」
俺はマキを引っ張って、岩場に逃げようとした。
あまりに大騒ぎになると、隠れ辛いからだ。
だがその時。
黙々と、先ほどのマキの攻撃によって立ち上った煙の中から、俺とマキの間に、降って来た黒い何か。
そう、黒い人型の霧。……悪魔だ!!
「き、きゃあああっ」
その衝撃で、俺とマキは分たれた。
すぐ脇にあった岩場の亀裂から、ふらついたマキはコロンと落ちてしまったのだ。
なんてこった!!
「マ、マキ!!」
「トーーールーーーーー……」
彼女の、俺を呼ぶ声が小さくなって行くのが分かった。
だが、俺はすぐに側に行く事ができない。
なぜならば行く手を阻むように、その“悪魔”が俺を見下ろしていたからだ。




