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良いとこの子

 「ガチャリ」大袈裟な音が鳴って鍵が開いたのかドアに少し隙間が出来た。

その隙間から野太いフレームの黒縁眼鏡を装着した五十嵐さんの顔が僅かに覗いた。付属物の様な眼鏡が顔に張り付いていて肉付きの良い顎が首にズッシリと埋まった作り物の人形の様に見える。髪はふんわりショートで明るいブラウンに染めてある。襟足ともみあげはキッチリと刈り上げられており、それが五十嵐さんのパーソナルを作り上げている。

きっと五十嵐さんの髪は固定されている、決して伸びない。いつも同じ形で変化がない。あ、カツラかも‥‥。

五十嵐さんの眼鏡越しの瞳は監視カメラのように上から下まで視線が何度も動いて、僕たちの頭から足までを見て何か納得したのかひとつ頷いて、次に僕たちの後ろに視線を移した「ああ」とまた頷き今日の訪問者に思い至ったのか、一度ドアを閉めるとドアチェーンを外す音と共に勢いよくドアを開き人間モードの五十嵐さんが「いらっしゃい」とふくよかな体を揺すって笑った。五十嵐さんの顎はますます首にめり込んで顔と首が一体化してますます人工物みたいで怖い。五十嵐さんは逞しく太っていた。太っているから逞しいんじゃない、なんと言えば良いのか‥‥屈強でサイボーグのようだ。

「五十嵐さん、こんにちは。徳川の家の土田です」と呂室は軽く頭を下げ挨拶して「こちらの方が道に迷われたようなので、案内してきました」そう言って木内に視線を向けた。

木内は五十嵐さんに丁寧に頭を下げると響生の後頭部に手を添えて言った。

「こんにちは。五十嵐さん初めてお目にかかります。電話では幾度かお話をさせて頂いていますが、お会いすることはありませんでした。渡部の、いや、弟さんの純一郎さんとは大学からの友人です。私は木内春夫といいます。そしてこの子が妹さんのお子さんの響生です。よろしくお願いします。事情はご承知頂けてると思いますが、渡部の療養中に私の転勤が決まりまして‥‥どうにか先延ばしにして貰っていたんですが‥‥」

「はいよ、はいはい」

木内の説明を五十嵐さんは面倒くさそうに手をどすこいの形に差し出して遮ると、わかってる、わかってると何度も頷いた。頷くたびに顔がめり込んで呼吸は出来るのかと珠生は思った。動いているんだから出来てるんだろう。差し出された五十嵐さんの手は分厚く大きく耐久性がありそうだった。

「弟に散々聞いて承知しているよ。まあ、立ち話もなんだから、あがってよ。あ、徳川の兄さんとボンも入ってよ」

いや、私たちは失礼しますからと呂室が珠生とマリリンを促すと、五十嵐さんは、いいからいいから、ほら、ワンおいでとマリリンを呼んだ。

「ワンや、こんな、ボロ家に来てくれてありがとね、喉渇いただろ、まだ暑いからねえ、水持ってくるよ、飲んでってよ」いやいやと呂室が辞退するも五十嵐さんはさっさと奥に引っ込むと、すかさずプラスチック製の透明なボールになみなみ注がれた水をこぼさないように分厚い両手で押さえ、そろりそろりとすり足で運んでくる。その足の動きがからくり人形みたいだと思いながら見ると五十嵐さんの足はとても幅広く大きかった。クマみたいにデカい足だ。全体的に大柄なのは‥‥瑛介さんと似ている。いくらマリリンが大型犬でもそんなにたくさんは飲めないよ、五十嵐さんは飲めるのかも知れないけど、受け入れ容量が大きそうだと珠生は考えながら、呂室を見上げると、まいったなと頭を掻いてめずらしく困っていた。珠生は五十嵐さんの想定外の姿に目を丸くしながら五十嵐さんの来た奥の方をこっそり伺った‥‥瑛介さんが出て来るかもしれない

「ワン、飲むだろ、暑い中きてくれてありがとね」とマリリンの前に透明のボールを置いた。マリリンは呂室の顔を見上げアイコンタクトを取る。

「オーケイ」呂室の了承を得るとマリリンはガブガブと水飛沫をあげて美味しそうに水を飲む。水が辺りに飛び散って玄関のタイルが濡れた。呂室が肩に掛けたタオルで拭こうとすると「ああ、いいよ兄さん、気にしなくていいから。無問題、無問題」と履いていたサンダルで雑に蹴散らした。マリリンは飲む合間に五十嵐さんを見上げ笑顔で尻尾をフルフル振っていた、お前水とサンダルで五十嵐さんに懐柔されたのか、チョロすぎだろと少し腹が立った。


五十嵐さんは珠生たちをリビングに案内する前に、マリリンのために玄関にラグを敷いてくれる、それを見て呂室はありがとうございます、すみませんとお礼を言って、マリリン、ダウン、ステイと合図を伝えラグのに寝そべらせた。マリリンは素直にふせて両手をクロスしてその上に顔を乗せすっかりリラックスモードに入った。他人の家でも寛げるものかと思いながら、かなり乱雑なリビングに入ると、そこには大きな背中を丸めてテレビに見入っている瑛介さんがいた。珠生は瑛介さんの巨大な背中を見てビクンと身震いした。怖くて呂室の脚にしがみついた。なんだと呂室が聞いてくるけれど答えられずううんと首を振った。顔を強張らせて木内と響生に視線を向けると、木内さんは驚いた顔をしていたけれど、響生は唇を食いしばって踏ん張っているように見えた。怖いのに我慢してるのかもしれない。それを見て珠生は急に恥ずかしくなって呂室の脚に巻き付けていた手をそうっと緩めた。

「散らかってるけど、座ってよ、エイくん、お客様よ。こっち向いて、挨拶できる」五十嵐さんは瑛介さんをエイくんと呼んだ。瑛介さんはリモコンをテレビにむけてゆっくり考えてから、親指で停止ボタンを押した。画面が止まった。それを確認するよう画面をじっと見てからスローモーションのように振り返った顔がのっぺりとして能面のようだった。ただ顔がそこに存在しているだけ、表情が無い。リモコンを持ったままの瑛介さんは配信サイトの黒猫が主人公のアニメを見ていたようだ。珠生も好きなアニメの劇場版だった。何回も繰り返し見た。‥‥急に嫌悪感が湧いた、黒猫のアニメはもう二度と見ない‥‥瑛介さんが今見てた同じアニメを好きなことが‥‥どうにもいやだった。

「‥‥こ、こ ん に ち ヮ‥‥ィヵラシ‥‥エ、ェイスヶ‥で‥す」声が途切れたり大きくなったり、瑛介さんのしゃべり方は一定じゃなかったし、ちょっと変だった。

挨拶を終えるとまたスローモーションで顔がテレビ画面に戻り、手を伸ばしてリモコンの再生ボタンを親指で押す瑛介さん。やっぱり普通に見えなくて体も大きくて食べられそうで怖い。普通‥‥普通ってなんだ‥‥考えてると、五十嵐さんがヨシヨシ、エイくんえらいよ、よく出来ましたと瑛介さんを褒めた。あ、いままで瑛介さん独り語りしてないと考える強張った顔の珠生を見て「ハハハ、ボン、怖いかい、巨人に見えるだろ。アニメ見てるときは喋んないんだよ。アニメはいいんだけどねえ、嫌いじゃないから、ただねえ、いっつも同じのばかり見せられてね、参ってしまう、セリフ全部覚えてしまったよ。ハハハ。まあ、色々が難しい。ボン、怖いだろう」と二度怖いだろと聞いた。珠生は見透かされたようで嫌だったから、ブンブンブンと頭を振って必死に否定した。それが、なんだろ偽善的に思えて、ああ、いやだと恥ずかしくなり、顔がカッと熱くなって、きっと今赤面してると思いながらそれがすごく悔しくて、ジッと五十嵐さんから視線を外さなかった。

「おや、おや、意外と負けん気が強いんだね徳川のボンは、いいんだよ、うちのエイくんは図体が大きいうえに、独り言が多くてね、みんな怖がるんだよ。こだわりが強くてね、ひとつ何かにひっかかって、拘り始めると私も手を焼くんだ、ハハハ、基本おとなしい子だから悪さはしないと思ってるんだけど‥‥どうだろうねえ。あ、あんた、響生か、これから一緒に暮らすんだから瑛介の生態に馴れてくれると有難いけどなあ」

五十嵐さんが少しだけ思案顔で響生にそう語りかけると

「はい、わかりました。僕は金森響生です。6歳です。よろしくお願いします。僕もこのアニメ好きです。何回見ても面白いので大丈夫です」としっかり挨拶して瑛介さんを慮った。珠生は瑛介さんを蔑んだ自分を恥じて俯いた。

「おお、そうかい、それは良かった。私は由美子だよ、よろしく、由美ちゃんでいいよ」五十嵐さんが響生に向かって言った。由美ちゃん‥‥って感じじゃないけど‥‥オバさんなのに由美ちゃんはちょっとなと俯いたままこっそり呟き、こっそり反省して僕は失礼すぎるとこっそり思った。

「響生くんは珠生と同い年かな」呂室が言って珠生の頭を撫でる、それにハッとして‥‥視線を上げると響生が珠生を見ていてバチッと目が合った。更に顔の熱が上げる‥‥うわぁもしかして見られてた、あ、もしかしてオバさんて言ったの聞かれた、慌てて響生から視線を逸らした。

「そうなのかい、それは有難いね。徳川のボンは若草保育園に通ってんだろ、この子もそこに行くんだよ。ボンよろしく頼むよ」と五十嵐さんがまたボンと呼んだ、やめて欲しい。

「ボンじゃない」珠生はぎこちなく五十嵐さんを見て小さな声で訴えた。ボンと呼ばれるのは嫌いだった。徳川の家の平凡な普通の子、徳川の家に相応しくない子、出来損ないと言われているようで嫌だった。

「珠生です。僕は珠生」珠生は視線を逸らして言った。

「ああ、ああ、そうだね、ごめん、ごめん、良いとこの子と言われるのは心外かい。わかったよ。じゃあ珠生くん、うちの響生と仲良くしてくれるかい」五十嵐さんは笑わなかった。珠生の主張を聞いてくれた。だから珠生は呂室の後ろに隠れるようにして小さく頷きながら‥‥それはムリ‥‥と‥‥密かに思った。







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