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9 ウェイウーの惨状

 あれから数日。俺に対して怒っていたジーナだが、彼女はやってきた女たちに対しては驚くほどに優しかった。突然人が増えたので住む場所もないとくれば、俺の神殿に寝起きできる場所を用意して、せっせと世話をしてやる。

 彼女はテキパキと指示を出して神殿の周りを整え始める。いつのまにか日干しレンガの壁の隙間がなくなっていたり、塀ができていたり、花が飾ってあったりと、ここも随分とらしくなってきた。

 

 今はゴザを編んだり土器を作るのに忙しそうで、何となく居心地が悪くて俺は村まで出かけていく。まあ、神殿にいたらいたで鱗を一枚一枚丁寧に磨いてくれたり、たてがみやヒゲに櫛を通してくれたりとそれはそれで実にありがたいのだが、邪魔はしたくないからな。それに、村人たちの様子も気になっている。


「あ、ルオール様だー!」

「ルオールさまー、あそんでー!」


 俺が村に降りると子供たちが駆け寄ってくる。大きな竜の身体を恐れもせずに、背中によじ登ったり、ヒゲを引っ張ったり、尻尾を捕まえようとしたりと群がってくる。中には鱗を引き剥がそうとする剛の者もいるが、まあ、子供の力でなんとかなるわけもないので好きに遊ばせてやる。


「うむ。元気そうでなによりだな。たてがみを掴んでも良いから落っこちたりなどするでないぞ」

「「「はーい!」」」


 言われるまでもなくたてがみを小さな手でむんずと掴んでぶら下がっている子供たち。おっと、頭の上まで登頂に成功して角を操縦桿のように握り締める子供もいるな。勇者を讃えて長いヒゲの先で頬をくすぐってやると、彼は嬉しそうに声を上げて笑った。

 こうしていると、なんとも心が安らかになる。先日俺は思わずルオールの一族を「我の愛し子」と呼んだが、彼らはまさに我が愛し子である。自分がこんなにも子供好きだとは思っていなかった。これも神の本能によるものなのだろうか。


 子供たちをまとわり付かせたまま、俺は長老の息子であるグンターのもとへと向かう。彼は長老の息子なだけあって村のことをよく理解しているし、彼には一つ仕事を任せているのだ。


「これはこれはルオール様!」


 俺の姿を見て遠くから駆け寄ってくるグンター。手に刃先まで木製のクワを持ち、額に汗を浮かべているところ見ると、畑作業の途中だったようだ。俺は彼に語りかける。


「うむ。よく働いておるようだな。あやつらの様子はどうだ?」

「ええ、今のところは大人しくしていますよ。遊ばせておくのもなんですので、レンガや土器を作らせたり、畑を耕したりさせていますよ」


 そう。俺はウェイウーの一族の捕虜の世話を彼に頼んでいたのである。ウェイウー川の神が不可侵条約を飲んでくれるつもりがあるなら、彼らは大事な交渉材料となる。丁重にもてなすような真似はしないが、最低限健康に過ごさせねばなるまい。


「そうか。作業中申し訳ないが、少しだけ話をさせてもらっても良いだろうか」

「もちろんです。そう急ぐ作業でもありませんし、ご自由にどうぞ」


 許可を得て、畑を耕している捕虜の元へ行く。おお、あの顔は見覚えがある。他でもないウェイウーの一族の大将を務めていた男だな。俺が相変わらず周りで子供たちをウロチョロさせながらうねって行くと、その男はギョッとした顔でこちらを見上げてきた。


「こ、これはこれは、ルオール川の神様にあらせられませぬか……。ご、ご機嫌麗しゅう……!」


 彼と一緒に作業していた何人かの捕虜が一斉に畑に膝をついて頭を下げる。あまりに必死なその様子に、俺も見張をしながら一緒に作業をしていた者たちも、逆にギョッと驚かされてしまう。

 捕虜としては正しい姿かも知れないが、少々怯え過ぎではないだろうか。いや、あの川下での戦いで脅かしまくった俺が言えるものでもないかも知れないが、大の大人の男がガタガタと震える様子は見ていられなかった。


「よいよい、そう畏るな。我は貴様だけに責任があるとは思ってはおらんし、今すぐどうこうしようとも思ってはおらんぞ」

「は、ははー……! 噂に違わぬ、慈悲深さ……! ファンファ河の河幅より広きお心、真に感謝致します……!」


 ますます畏まって畑に額を埋めるウェイウーの一族の捕虜たち。なんだかやりにくいな……。思わず周りの見張りたちと「こいつらどうしちゃったんだろうね?」と顔を見合わせる。


「うーむ……。そんなに慈悲深くあったつもりはないのだが、なんだ、噂になっておるのか?」

「はっ! 我が氏族においても、猛るファンファを鎮めたるはルオールのみと聞き及んでございます!」


 ああ、なるほどな。こやつらは竜としての俺ではなく、川としての俺のことを言っているのだろう。実際そのような機能は俺には無いのだが、暴れ川として名高いファンファ河に比べれば、確かにルオール川は優しく見えるのだろう。

 また、丁度ルオール川とファンファ河の間にはそれなりの高さの山地があり、このルオール川の周辺地域はまるで守られた土地かのように見える。あるいは、他の支流が一緒になって荒れ狂っているように見えるか……。


「そうか。おい、いい加減頭を上げても良いぞ。話しにくいだろう」

「ありがとうございます!実際にお会いしても、ルオール川様はまさに慈悲深くあらせられる……」

「おいおい、まあ悪い気はせぬが、お前はウェイウーの一族だろう……。あまり他所の神を褒め称えると、ウェイウー川の神が嫉妬するんじゃないか?」

「ひっ……! そ、それはっ……!」


 俺は照れ臭くて茶化すつもりで言ったのだが、ウェイウーの者たちはガタガタと震え始める。おいおい、穏やかじゃないな….…。


「なんだ、そんなにウェイウェイは嫉妬深い神なのか?」

「い、い、いえ、そのようなことは……!」

「ふーむ……。言いつけたりなどせぬから、少し話してみよ。奴はどのような神なのだ?」

「………………」


 だんまりを決め込むウェイウーの捕虜たち。推して知るべしとでも言うべき状況だが、俺は今日、まさにウェイウー川の神の情報を聞き出したくてやってきたのだ。可哀想だが、聞き出すしかあるまい。


「うむ。ではこうしよう。本当はお前たちにはもうそれほど怒っていないのだが、俺は今とても怒っていて、お前たちを脅してしまいそうだ。痛めつけられたくなかったら、きりきりと情報を吐くと良い」

「あ……。は、はい……。ウェイウー様は、その……。大変気難しいお方です……」


 俺がわざとらしく言うと、彼らはようやく口を開いた。大変気難しいお方か……。まだオブラートに包もうと頑張っているな。だが、彼らにも不満が溜まっていたのか、ぽつりぽつりと本音を漏らし始める。


「ウェイウー様は、美しいものがお好きです……」

「ああ。珍しい色の石なんかを集めされられたなぁ」

「うちのおっとう、ヨボヨボで汚いって村から追い出されたよ……」

「うちもだ……。年寄りとガキは好かんと言って、遠くへ遠くへと押しやられた」

「子供が神様によじ登るなんて、うちじゃ考えられんなぁ……」

「突然現れて、自分は神だから奉仕しろってなぁ……」

「見目の良い女は召し上げられるし、出来のいい土器も全部ウェイウー様のものだぁ……」

「うちの村では技と欠けた器を作るようになったよ……」


 出るわ出るわ、不平不満に彼らの悲惨な状況。神たる者は……なんて説教をするつもりはないが、なんと言うか、単純に嫌な奴だな……。見張りの者たちも、だんだんと彼らを憐れむ目で身始める。


 そんな奴を相手に不可侵条約など結べるのかと、少々不安に思いながら、俺は彼らの話を聞き続けた。

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