9 おたくの神さん大丈夫……?
ウェイウーからの返答がもたらされたのは、そこからさらに一週間後のことだった。
「なんだ、もう来たのか」
「はっ、使者は相当急いでやってきた模様です」
俺の呟きに長老が答える。あの戦いからまだ十日ほどしか経っていない。普通ならばルオール川のあの拠点からウェイウー川の中心集落がある辺りまで、徒歩で十日ほどかかるらしい。
つまり、ウェイウーの使者は往復で二十日ほどかかる道のりを、倍の速さでやってきたことになる。まあ、行きと帰りは別の人間が歩いているのだろうが、それにしても早すぎる。
「ウェイウー川の神は、随分とお怒りのようですな……」
長老が顔の皺を深くして重々しく言葉を漏らした。うん、どう考えても怒っちゃってるよなー……。これほど返事が早いということは、ウェイウーは俺の伝言を聞いてからほとんど間をおかずに返答の使者を出したのだろう。
それは捕虜たちから聞いた奴のイメージとも合致する。内容を吟味することもなく、怒りに任せて突き返した。そう考えるのが妥当だろう。
「まあ、まずは使者の伝言を聞かせてもらおうではないか」
「はっ! 今は愚息めが対応をしております。すぐに参られることでしょう」
その言葉通り、長老と話をしたり、ジーナを愛でたりしていると、グンターが男を連れて我が神殿へとやってきた。男は真っ青な顔をして、目にくまを浮かべてガタガタと震えている。
可哀想に……。よほど怖い目にあったのか、それとも、これからあうと思っているのか。まあ、両方だろうな……。
「ん? なんだ、お前も来たのか、大将」
「え、ええ……。使者の様子があまりにも不憫なので、同郷のものがいる方が良いだろうと、グンター殿が気を回して下さいました。
あと、いい加減「大将」はやめて下さい……。例え向こうに戻ったとしても、きっともう軍を任せられることはありませんよ」
「ん、そうか。手間をかけるな、ロウレンよ」
例の捕虜の大将、ロウレンがついてきていたので声を掛ける。こうして捕虜と敵の使者を近付けるのは本来であれば不用心かも知れない。内応の可能性があるからだ。
しかし、ロウレンとはあの後一緒に畑仕事をしたり、その苦労を慰め、同じ食卓すらも囲った仲である。油断といえば油断だが、彼が嘘をついている様子もない。まあ大丈夫だろう。
そんなことより使者から伝言を聞かなければならない。使者は俺とロウレンが親しげに話をする様子に、俺とロウレンを交互に見ながら驚いている。だがまあ、そのおかげで多少は震えも収まったようだ。
「それで、来たばかりで悪いが、返答を聞かせてもらおうか。ウェイウー川の神はなんと申していた?」
「は、はいっ……! で、では、申し上げさせて頂きます、が、その……。ウェイウー様からは、一言一句違わぬよう、かのお方が口にされた通りに申し上げるようにと言いつけられております……。それで、その……」
あー……。だから内容に怒っても、自分に怒りをぶつけたりしないでくれということだろう。言いづらそうにする使者の様子に、既に大体内容が分かってしまった。
「分かっておる。そなたはただの使者。全ては不問といたす」
「あ、ありがとうございます……!で、では、申し上げさせて頂きます……。おほんっ……。え、ええ……。
ぼ、僕に指図するなんて、いーい度胸じゃないかぁ! ルオール川の神よっ!君が言うことは全てお断りさっ ! 君程度の木端の神でも、その血を捧げれば、人間を捧げるよりファンファ様もお喜びになるだろうっ! と、いうわけで、惨めな君には美しい僕の糧となってもらうことが決定したから、そのつもりでいてくれたまへっ!
決戦はファンファ河のほとりにしよう。一応公平を期すため、君がファンファ様に注ぎ込む場所と、僕がファンファ様に注ぎ込む場所の丁度間の土地。僕はそこで待っている。尻尾を巻いて逃げないでおくれよぉっ?」
使者は情感たっぷりに、やけに鼻にかかった気取った声で、身体をクネクネと捩らせながらそう言い切った。
「なるほど、そう来たか……」
俺がなんとも言えない気持ちで静かに呟くと、ロウレンと使者が居心地悪そうに顔を伏せる。いや、内容はまったく予想通りであった。やつは休戦も賠償も不可侵条約も承諾するつもりはなく、こちらに決戦を挑んできた。
しかし、なんと言うか……。
「おたくの神さん、いろいろと大丈夫か……?」
「おっしゃらないで下さい……」
ロウレンが苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。うん……。まあそんな表情をしたくもなるよな……。ウェイウー川の神については、他でもないロウレンから、苛烈な性格であるとか、美しいものを好むなどと聞いていた。それがまさか、とんだナルシスト野郎だな……。
使者は恐らく見事にウェイウー川の神のモノマネをやり遂げたのだろう。二人の表情を見て分かる。よもや、使者は神を恐れていたのではなく、このモノマネを披露することに震えていたのではあるまいな……?どちらにせよ、実にお気の毒様である……。
しかしまあ、性格や仕草に難があろうとも、神は神である。ついに他の神と一戦を交えることになってしまった。さて、どうしたものだろうな……。
「ウェイウー川の神が言う決戦の場所は「ファンファ河のほとり」だったか」
「は、はい。それも丁度、お二方……二つの川の間にてと申しつかっております!」
使者が今度はハキハキと答える。一仕事終えたからな……。お疲れ様である。
言葉通り、確かに奴はある程度の公平を期するつもりがあるようだ。お互いの本拠地を離れた場所での決戦。俺は今のところ川の流域の様子を伺うくらいしかできないが、この神通力には先があるように思う。きっと自分の本拠地でしか振えない力などもあるのだろう。その点、この提案はありがたい。
しかし、一方で誘い出されているとも言える。戦いは基本的に攻め込む方が難しく、守る方が容易い。ルオール川を離れて戦うことは少々不安であるが……まあ致し方ないか……。
どちらにせよ初めて他の神と出会い、また戦うことになるのである。それまでになんとか戦う術を得ておかねばな。
そして気になることがもう一つ。
「しかし、こいつはファンファ様ファンファ様と言っているが、ファンファ河にも神がいて、そいつが権限しているということか……?」
俺はこの場にいる者たちに聞いてみる。すると長老がゆっくりと口を開いた。
「私の知る範囲でございますが、そのような話は聞いたことがございませぬな……」
長老がロウレンに目配せをすると、今度は彼が答えてくれる。
「はっ!我々も存じ上げませぬ。むしろ、どうもウェイウー様はそれを目指しておられるのかと……」
「ああ、なるほど? 血を捧げることでファンファ河の神を顕現させようとしているのか……」
俺が権限したのも、窮地に陥った長老たちがルオール川にジーナを捧げたことがきっかけだった。ウェイウーがどうやって権限したのか、そして何を知っているのかは分からないが、とにかく彼はそのために戦いを起こしているということか。第一の氏族を目指すというのも同じ理由からなのだろう。
うーん……。よほどファンファ河の神に会いたいのだろうか。その神がどのような存在かは知らないが、俺にとってファンファ河は母のような姉のような、あるいは学校の先生のような自分の庇護者のようなイメージである。
だからこの話を聞いて、ウェイウーは「ママに会いたいよー!」と駄々をこねる幼な子のように思えてしまう。ぶっちゃけ気持ち悪い。ファンファ河の神としても迷惑なんじゃないだろうか……。
「俺がファンファ河の神だとしたら、血なんかより女を捧げて欲しいがなぁ……」
俺が思わず呟くと、使者を除く全員がジトっとした目でこちらを見つめてきた。いや、だって、男なら皆んなそうじゃない……?しかし、残念ながら同意を得ることはできない。くそっ、つまらん奴らめ!
そんな俺の様子を見て、グンターが一言。
「ジーナに言いつけますよ……」
「そ、それはやめろ!!!」
俺は大慌てで前言を撤回するのであった。




