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12 ファンファ様

 響き渡る声に、戦場の時が止まる。血と土煙の匂いに似合わぬ、癇癪を起こした女の声。いや、()()()()()()()


「さっきからわーわーうるさいのよっ! このアンポンタンどもっ! そーゆーのはどっか他所でやりなさいっ!!!」


 俺たちは呆気に取られる。突如ファンファ河から、声と違わぬ10やそこらの幼い女の子が現れたのだから。少女は先程まで泥沼の戦いを繰り広げていたルオールの一族とウェイウーの一族の中をズンズンと歩いてこちらへ向かってくる。どちらの一族も、思わず彼女が歩く道を開ける。


 少女はやがて、絡まり合っている俺とウェイウーのもとへとやってくる。そして両手を腰に当て、無い胸を張り、ふんぞり返って言う。


「あんたたちが責任者?」


 長い金の髪。同じく金の瞳。口をへの字に曲げ、ジトっとこちらを睨む。少女とは思えぬ、圧倒的な存在感。もしや、この少女が……?


「ファ、ファンファ様……? よもや、ファンファ様にございますか……!?」


 俺に絡みつかれて手や脚があちこちに伸びる間抜けな体制になっているウェイウーが問いかける。ぱあっと弾けるような笑顔は、ショッピングモールで迷子となっていた幼子が母を見つけた時のよう。そういえば、こいつマザコン野郎だったな。

 しかしその笑顔は、他でもない少女によって打ち砕かれる。それも、文字通りに。


「質問に……、質問で返すなーーーーーっ!!!!」


 少女は目で追うことすら困難なスピードで跳び上がり、ウェイウーの顔面を思い切り殴りつけた。まずいと思った俺は咄嗟に絡まった竜の身体をほどく。そしてなんとか一緒に地面に叩きつけられ、無様にゴロゴロと転がることを回避したのだった。


「責任者というか、この争いの発端となったのは今お前が殴り飛ばした()()だ」

「あっそう。じゃあ、あと二、三発殴った方が良さそうね」


 俺が内心、心臓をバクバクさせながら答えると、少女はやはり凄まじいスピードでウェイウーを追いかる。そしてきっちり三発殴り、奴を地面に引きずりながら戻ってきた。当たり前だが、見た目通りの少女に可能な動きではない。


「我はルオール川の神。質問をしても良いか……?」

「んー、どうしようかしら? あたし今機嫌が悪いのよねー」


「お前はファンファ河の神なのか……?」

「あんた話聞いてたぁ……? そんなに殴られたいならあんたも殴ってあげようか?」


「質問に質問で返すのは無しだったのではないか?」

「んぐっ……! あ、あたしはいいのよ、あたしは!」


 腕をブンブン振り回している少女に怯えながら、頭をフル回転させて揚げ足を取る。我が一族が見守る手前、必死に神としての態度を崩さぬようにしているが、正直尻尾を巻いて逃げ帰りたい。


「で、どうなのだ? お前がファンファ河の神なのか?」

「あんたねぇ……。まあいいわ。そうよ、このあたしが偉大なるファンファ様よ! こうべを垂れ、畏れ敬いなさいっ!」


 ふふーん! と偉そうに、薄い胸に手を当ててふんぞり返る少女こと、ファンファ河の神。彼女の言葉に、ルオールの一族もウェイウーの一族も、揃って地に手をつき跪く。そうか、本当にこいつがファンファ河の神なのか……。

 俺はずっとファンファ河のことを母親か姉、あるいは学校の先生のような庇護者のように思っていたのだが、とんだ思い違いをしていたようだ。まあ、女性であることは当たっていたようだが。


「そうか、ファンファ河の神よ、まずは感謝を。ウェイウーのアホを殴りつけ、この無益な戦いを止めてくれたことを感謝する」

「な、なによあんた、調子狂うわね……。あたしは鬱陶しかったからやめさせただけよ!」


 俺の言葉にごにょごにょと返すファンファ。なんだ、こいつは意外と話が通じるタイプの神なのかも知れないな。うっすらと頬を染める様子に、子供好きの俺としては微笑ましくなってしまう。


「そうか。それでも感謝を。そして謝罪を。騒がしくして眠りを妨げてしまったようだ。すまなかったな」


 思わず尻尾を伸ばして頭を撫でる。跳ね除けられるかと思いきや、彼女はブスっとしながらも俺の尻尾と謝罪を受け入れる。


「ん……。まあいいわ、殴ってすっきりしたし。で、結局なんでこんなことしてたのよ」


 彼女の問いに答えようと口を開こうとしたそのとき、ファンファに殴られて目を回していたウェイウーが跳ね起きる。


「おお! 麗しのファンファ様っ! あなたのウェイウーめにございます! ご覧になって下さい! 僕はあなたのために、この小蛇とその一族を血祭りに上げて見せましょう!

その次はエンフー、クーヤー、ゴーディンです! 全ての氏族を討ち滅ぼし、最後に第一の氏族となったウェイウーを捧げましょう! 楽しみになさっていて下さい!」


 奴はこりぬ様子で、物騒なことを叫び出す。奴の一族の者達もドン引きである。何様のつもりなのであろうか。ああ、神様のつもりなんだよな……。第一、そんなことをされて喜ぶ奴がどこにいるというのか。


「あら、じゃあこいつらは皆んな、あたしへの供物だったってことなの? そうなると話は変わるわねぇ……。捧げ物は大好きよ」


 ここに居たらしい。というか、一番そうであって欲しくない奴がその気になりかけている。


「待て待て待て待て!!! そんなことをして何になるファンファよ! 人の子の暮らしを荒らすな!」

「はぁ……? 何でこのあたしが人の子に気を遣わないといけないのよ」


 まずい、このままでは再び戦いが再開されてしまう。何か、何かファンファを説得する方法はないか……?


「そ、そうだ! 人を滅ぼしてしまっては、奴らが作る酒も飲めんぞ!?」

「あー……。それは確かに惜しいかもね」

「そうだろう!? それに、人の子の力は凄い。たった数万年でここまで栄えたのだ。これからきっとドンドンと数を増やし、美味いものや美しいもの、面白いものを作り出すだろう! あやつらの土器を見たことはあるか? 着物は? アクセサリーは?」


 俺は思いつく限りの人間の良いところを並べ立ててファンファに翻意を促す。そこに横槍を入れるウェイウー。


「君! 小蛇の分際でファンファ様に話しかけるな! そんなものが一体何になるというのか! 血と苦しみによる犠牲! それこそが最上の捧げ物だ!」


「アホマザコンナルシストは黙ってろっ!!!!」

「あ、あほ…まざっ…な、なんだって……?」


 俺たちの言い合いをじっと眺めているファンファ。くそっ! どうだ? この少女はどっちに興味を持つんだ!?


「どっちも面白そうね!」


 どっちもかーい! ワクワク顔で少女は言う。


「そこまで言うなら見せてみなさいよ。あたしはあたしを楽しませる者が好きよ。美味しいものや美しいもの、面白いものも見てみたいし、人間たちが争い、どの氏族が第一の氏族になるのかも見てみたいわ!」


 ファンファ河の神は実に贅沢な性格をしているようだった。いや、見た目通りのわがままな性格ともいう。


「な、ならば猶予を貰いたい。見ての通り我も我が一族も疲弊しており、何かを作るどころではない。それに、神が顕現していない氏族はどうするのだ? 奴らとて何か素晴らしいものを作り上げる可能性があるのだぞ?」


 俺は何とか話題をずらし、こちらが有利になるように話を進める。他の氏族も巻き込んで、なんとか時間を稼ぎたい。


「そうね……。じゃあこうしましょう。他の支流の神も顕現させて、あんたのとこは暫く戦わなくて良いわ。その間に戦力を整えるなり、あたしを満足させるものを捧げるなりしなさい!」


 上手くいくかは分からない。しかし何とかしなければ我が一族が滅ぼされてしまう。俺はしぶしぶ頷き、この少女の姿をした神を喜ばせる方法について頭を悩ませるのだった……。

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