日記ログ 記録者:桂木シズク
XXXX年AA月BB日
明日からスプートニク研究所で働くことになった。
念願……とまで言っていいかはわからないけれど、兎にも角にも大企業が、一介の高校生を雇ってくれたのだ。
このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
待遇も良く、最先端の技術を学べ、上手くいけば科学者として確固とした地位を築き上げることができる。
こんな時代だ。生き残るために、使えるものは使わなくちゃいけない。
私だけならまだしも、レイのことだってある。
少なくとも、あの子を真っ当に育て上げなくちゃいけない。
頑張るしかない。
XXXX年AA月BC日
研究所に配属されて数日。
私は早くも、ここに来たことに後悔し始めていた。
この場所に最初に行ったことは、被験体と呼ばれる人たちに、新開発のインプラントを導入することだった。
まだロクな検証も済ませていない、危険極まりない段階の代物だ。
そんなものを人間に取り込めば、結果は火を見るより明らかだ。
なのに、そこに長年勤めているという研究者たちは、何のためらいもなく被験体の皮をはぎ、臓器を抜きとり、インプラントを埋め込んだ。
被験体になった人たちの悲鳴と苦痛に歪んだ顔が、頭から離れない。
それだけじゃない。
何の感慨もなく、何の感情もなく、悲鳴を犬の鳴き声かのように聞き流しながら、人間の身体をバラバラにした研究者たち。
私はいずれ、連中と同じになってしまうのだろうか?
研究者として上に行くとは、そういうことなのだろうか?
答えは出ない。でもそれでも、やるしかない。
私が地獄に堕ちようと、レイを真っ当に育て上げなければいけないのだから。
XXXX年AB月AA日
今日、『ライカ・プロジェクト』というものが発足され、私はそこのリーダーとして抜擢された。
就職して間もなく役職付き……と言えば聞こえはいいが、実際の話このプロジェクトは、研究者の間では『お偉いさんのお遊びプロジェクト』などと呼ばれている。
スプートニクの上層部にフェアリィをしているお子さんがいるらしく、その子を戦場に出させないために、フェアリィに変わる航空戦力を生み出せ、という話だ。
同僚が『お遊び』というのももっともな要件だった。
それができないから、ずっとランバーは脅威となっていて、フェアリィはずっと戦わされているのだ。
そんなポンポンと替わりができるのであれば苦労はしない。
フェアリィをしのぐ有人戦闘機。
それを作れというのだ。
明日から、ライカ用の被験体を集めろととのお達しがあった。
悪夢にうなされる日は、終わりそうになかった。
XXXX年AC月CA日
どうしよう。
どうしよう、どうしよう。
レイがフェアリィになると言いだした
私では不甲斐なかったのだろうか、不自由をさせてしまっていたのだろうか。
答えは出ない。けれど気づいた時は、私はレイと大喧嘩をしていた。
なぜフェアリィになど、急になろうと言い出したのだろうか?
あの子は戦いに向くような子じゃないというのに。
わからないが、ひとつだけわかることは。
このままではあの子は死んでしまうかもしれない、ということだ。
……プロジェクトを進めなければいけない。
あの子を死なせないために、あの子の代わりとなって戦ってくれる存在を創り出すために。
ランバーも、フェアリィすらも。
圧倒的に凌駕するような、最強を。
XXXX年BC月CD日
『ライカ・プロジェクト』を進めて、数か月ほど経った。
未だにレイとは折り合いが悪い。正直なところ、家に帰るのが、少し億劫になりだしてしまっていた。
私は仕事を理由に、研究所に泊まり込むことが多くなった。
逃げるように、私はライカの開発に没頭した。
XXXX年BC月CD日
今日、『ライカ・プロジェクト』に、新しい被験体が入った。
年齢は、レイと同じくらいだろうか。
小学生になったばかりくらいの、男の子だった。
なんとまあ、うちの研究所は節操のないことだ。
こんな小さい子まで被験体として集めるとは。
この子は親御さんに売られた。
スプートニクが二束三文のはした金を出して、生活に困窮している家族から、子供を買ったのだ。
こんな時代だ。大して珍しくもない話ではあるけれど。
その現場をこの目で見るというのは、やはり気分の良いものではない。
「親御さんにこんなことをされるのは、辛いだろうけど」
私はそう、その子に聞いた。
「別に」
その子はそれだけ答えた。
まるで本当に何でもないかのように、何の感情もなく。
表情は少しも微動だにせず、ただ口だけを動かしてそう言った。
人間味を感じない子だった。
新しく来たその子の管理番号は、28番となった。
XXXX年EC月DE日
管理番号28番がこの研究所に来てから、数週間が経った。
彼はハッキリ言ってしまえば、研究者としては酷く都合の良い存在だった。
実験に対して何の文句も言わず、これといった暴走も発狂もしない。
インプラントへの適合率は平均的なものだったが、そもそもの人間性が希薄なためか、精神面での拒絶反応をしなくていいという、他の被験体にはない特性があった。
けれどこの子には、ひとつだけ懸念点があった。
彼は、寝ることをしなかった。
いや、というより、できなかったのだ。
これは研究所に来てから発生したものではなく、元かららしい。
検査をしてみると、彼は就寝時の脳波が、いわゆる警戒状態のまま変化しない。
つまり、彼は就寝に必要な『安心』を得られていないということだ。
……つまりこの子は、家族といたときでも『安心』ができなかったということになる。
布団にくるまっている時も、ずっと何かを警戒して、あるいは怯えて過ごしていた、ということになる。
そう考えると、この子がどんな扱いを家族の間で受けていたかは、想像に難くない。
あまり想像したくはないけれど。
結局その後も、様々なインプラントや薬品を試してみたが、彼が眠りにつくことはできなかった。
彼はそれでも文句も言わず実験に付き合ってくれたが、過酷な実験内容と合わさって、身体は目に見えて消耗していた。
研究者仲間の間では、彼を廃棄処分しようという動きが出てきたが、私はそれに反対した。
あの子を捨ててしまったら、私の中にある、最後の最後の大事なものまで失ってしまいそうな気がしたのだ。
「そういうことなら、あの子の世話は君がやるんだな」
半ば面倒くさそうに、同僚にそう言われた。
望むところだった。
明日は、彼がいよいよライカに搭乗する日だ。
XXXX年EC月DF日
あの子がライカに乗ったとき、私は予想外のものを見た。
ニッパー――ずっと管理番号28番では呼びにくいと思い、そう名付けたのだ――が、ライカに乗ったその瞬間、まるで彼がライカの一部になったような、あるいは、最初からライカがあの子のための戦闘機としてあったかのような、そんな錯覚を受けたのだ。
ただ、それよりも、そんなことよりも、見間違いだったのだろうか?
ライカに乗ったその瞬間、ニッパーの目が、どこか変わったような気がした。
表情は変わらないが、いつもの機械のような感じじゃない。
年相応の子供そのもの。
それこそ、初めて飛行機を見てはしゃいでいるような。
そんな目をしていた。
結局、彼の不眠症は治らなかったが、少しは前進できたのだろうか?
XXXX年EC月EA日
ニッパーがライカに搭乗して、何回か試験を行ったころだ。
まだニッパーの不眠症は治らなくて、消耗も薬品で誤魔化せないレベルになってきた。
いよいよどうにかしなければ、と思っていた、そんなときのことだった。
ライカが予定にない行動を起こしたのだ。
カナードを左右とも、可動枠いっぱいまで何回も動かしたり、フラップを動かしたりしていた。
なぜこんなことをしたのかはわからない。
とはいえ、十中八九バグなのは間違いない。
試験が終わり次第、ライカを調査しなければ。
私はそう思いながらも、その場で中止はしなかった。
ニッパーが、すごく興味深そうに、ライカの翼が動くさまをじっと見つめていたから。
普段の彼からは想像もつかないくらい、目をいっぱいに開いて、ずっと見ていた。
それで、言うに言えなかったのだ。
結局、試験の終了予定時間まで、私は試験の中止を言うことができなかった。
XXXX年EC月EB日
今日は緊急事態が発生した。
起床時間にニッパーを起こしに行ったら、ベッドの中に彼がいなかったのだ。
私は大急ぎで研究所中を駆け回り、彼を探した。
もしかして、どこかで首を吊ってたり……なんて不安が頭をよぎった。
もちろん、この日記を書いているということは、彼は無事に見つかったということだ。
私が彼を見つけた場所は、第五格納庫の中。
ライカの、コクピットに座っていたのだ。
そこで私は、初めて、あるものを見た。
そこには、寝息をたてて目を閉じている、ニッパーの姿があった。
目には、涙の痕があった。
何を思い出していたのだろうか。
何を考えていたのだろうか。
それはわからない。
ただひとつ言えることは、この時の彼の寝顔は、とても安らかなものだった。
「まったく……」
私はそう言いながら、毛布を持ってきて、ニッパーにかけた。
せっかく寝ているのに、ベッドに戻すのも無粋だと思ったから。
そして、その日のライカの稼働ログを確認してみた。
コックピットが開いてから……つまり、ニッパーがライカに乗ってからの時間。
ライカはどうやら、フラップとカナードを動かしていたようだった。
あり得ない、ということは、開発者である私が一番よくわかっている。
ただそれは、なんだかあまりにも、タイミングが良すぎて。
ライカがあの子をあやしてくれたのかなと、そんなことを思ってしまった。
結局、それ以降ニッパーは、しっかりと眠れるようになった。
そしてあの子が涙の痕をつけることも、泣くことも、私はそれ以降見ることはなかった。




