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新しい巣、新しい名

「ロッソ?」


 ストームルーラーの指揮官だという、目の前の男からその名前を聞いた時、俺は思わず口に出た。

 ギルバート・ロッソ。

 その名前には聞き覚えがあった。確か、何かでその名を聞いたような……。


「ギルバート・ロッソ……聞いたことがある。ランバーを『天使』だと宣う終末思想家だって」


 天神が呟いた言葉で、俺はようやく思い出した。

 そうだ。確か研究所にいたころ、ロッソの本が新書で入ってきて、暇つぶしに読んでいたのだ。

 その日に研究所が襲撃されたから、最後まで読めてはいないが。


「なんだ、またカルト教団か? もうお腹いっぱいだぞ」


 駆藤が辟易としたように独り言ちた。口にこそ出さないが、大羽も同じような顔だ。

 無理もないだろう。直近にアルド教会の騒動があったおかげで、俺たちはラヴェルから逃げる羽目になったのだ。

 俺もしばらくは『宗教』のトピックは見たくもない、というのが正直なところだ。

 あの二人に関しては余計にそうだろう。


「いや、君たち、それはだな――」

「いいよアローヘッド。僕が説明する」


 異を唱えようとしたのであろうアローヘッドを、ロッソが制止した。


「さて……どこから話すべきかな。ひとまず今のご質問に答えると、私が連中(ランバー)を天使だと呼称したのは事実だ」


 だが――と言って、ロッソは続ける。


「私は連中を崇めるべき存在だとは思っていない。むしろ、世論に漏れず排除すべき侵略者(インベーダー)だと確信している。だから、ここがカルト教団というのはNOだ」

「じゃあなんで天使だなんて言ってるわけ?」


 とうとうと答えるロッソに、落花が訝しむように聞いた。


「……ふむ、それを離すと長くなるね。このまま立たせるのもしのびない」


 そう言って、ロッソはおもむろに立ち上がり、ソファのある方へ歩き出す。

 中央にテーブルのある、コの字型の大きなソファで、ソファが途切れてる部分には、資料を表示するためであろうスクリーンが備わっていた。


「まずは全員そこに座ってくれ。ちょっと狭いけれどね。私はコーヒーを淹れてくる」

「おい指揮官……そんな悠長な――」

「君たち、砂糖はいるかい?」


 アローヘッドの制止も聞かず、ロッソはそう聞いてきた。

 それを聞いたアローヘッドは諦めたようで、辟易としたようなため息を漏らす。

 ただ俺としては、背負っていたホムンクルスを降ろせるので、願ったりだった。


「……なんか、掴みどころのない人ですね」

「いつもあんなもんだよ、うちの指揮官様は」


 レイの言葉に、23番は諦めたようにそう答えた。


「……好きになれないタイプだわ」


 なんてことを、シズクは渋い顔で呟いた。

 結局、ロッソは全員分の砂糖とミルクの有無を聞いてから、コーヒーサイフォンがあるであろう部屋の奥へを消えていった。


 結局彼が話の続きを始めるまで、俺たちは十数分の間、手持無沙汰なのだった。





「さて、じゃあ本題に入ろう」


 コーヒーを配り終えたロッソは、ソファの中央に座って、全員の視線を集めながら、口を開く。


「君たちが今聞きたいであろうことは大別して二つ。『私たちが何者で』(who)と、|『何故君たちを助けたのか』《why》だ。合ってるかな、天神ナナさん?」

「ええ、概ね……」


 ロッソの問いに、天神は是と言った。


「では、『私たちが誰か』から。我々(・・)に正式な名は無い。けれど、我々の一部の協力者から、『異常者ども(イレギュラー)』と呼ばれてる。いいセンスだと思ってさ、それを使わせてもらってるんだ」


 イレギュラー……。

 少なくとも、人に対しては聞き馴染みのない言葉だった。


「芹沢……君たちのとこの理事長とは大学時代からの友人でね。彼と共にランバーの研究をして、そして連中の目的がわかってから、私たちはこの組織を発足したんだ」

「ランバーの、目的?」


 ロッソの言葉に、天神は疑問を感じたようで、そう聞いていた。


「ちょっと待ってよ、ランバーの目的ってどういうこと? そんなの、人類を滅ぼして世界征服しようってんじゃないの?」


 落花も同じ疑問があったのか、彼女はテーブルに身を乗り出して、ロッソに聞いた。

 そう、ランバーの目的なんて、今更疑うべくもない。

 人類の殲滅だ。


 そこから世界を征服するのか、人類にとって代わるのかはわからない。

 だが、そんな連中が勝った後のことなど話しても仕方ないし、どちらにしても、奴らが人類を滅ぼそうとしているのは変わらないのだ。

 なぜ彼は今更、そんな話を……?


「正解であり不正解だ。ランバーは別に、人間を滅ぼそうとしてはいない」


 俺の疑問とは裏腹に、返ってきたのはそんな言葉だった。


「滅ぼそうとしていないって、どういう……」

「……彼らの目的は、人類の殲滅ではない。むしろ逆だ」


 一拍置いて、彼は続ける。


「人類を導いて、救済しようとしている。お節介極まることだ」


 聞こえたのはそんな、あいまいで、突拍子のない言葉だった。

 ウルフ隊の面々も同じだったのだろう。皆一様に、目に困惑が浮かんでいる。


「それは、つまり……?」

「これを見て欲しい」


 天神の問いに、ロッソはデバイスを取り出し、目の前にあるスクリーンに映像を映し出した。

 映し出されたそれは、一見すると何か、レントゲン画像のように見える。

 ……脳と、それに差し込むためのマシン・インプラントだ。


「ちょっと待って、これって……!?」


 すると、シズクが立ち上がり、驚いた声を出す。


「一目で気づくとは、さすがは桂木博士だ」


 ロッソがそう言うものの、シズクはそれに何の反応も示さず、ただ写っているレントゲンを凝視し、わなわなと震えていた。


「な、なに、お姉ちゃん? どうしたの?」


 レイが聞くと、シズクは恐る恐ると言ったように呼吸を整え、口を開いた。


「……インプラントが、前頭葉の一部に侵食してる」

「え?」

「つまり、通常あり得ない部分まで……細胞単位でインプラントに置き換わってるってこと。脳がインプラントに支配されかけているの」


 その言葉に、ウルフ隊全員が言葉を飲んだ。

 俺も例に漏れず、驚愕した。


 前頭葉がインプラントに置き換わっている。

 それはつまり、意識がインプラントにすげ変わるということに他ならない。


 意識の一部が、別の『何か』になる、ということだ。


「これは|企業に潜伏している仲間・・・・・・・・・・・から送ってもらった、アレイコム・ラヴェルにいるフェアリィ達の脳を、解析したデータだ」


 アレイコム。その名前を聞いて、俺は天神のほうを見た。

 彼女も心当たりがあったのだろう。彼女も俺を見ていて、目が合う形になった。


 思い出すのは、ライカがアレイコムに来た時のこと。

 急にこちらを攻撃するフェアリィ達。

 全てが終わった後、まるで記憶がなくなったように、こちらに話しかけるフェアリィ達。


「これを解析した結果、脳の神経細胞の運動パターン……とりわけ意思決定の思考時が、ランバーの発する波形パターンと同一のものだったことがわかった」


 つまりだ――ロッソは一呼吸おいて、続ける。


「自分という意識は地続きのまま、思考や思想が無意識のうちに強制される……洗脳なんて生易しいものじゃない。強制的な『思考変異』がなされているわけだ」


 つまりだ。つまり。

 ランバーの目的とは、人類の殲滅ではなく――


「『思考変異』による、完全な規則を持った人類意思の統一。それが奴らの目的だ」


 ロッソはそれを最後に一旦口を閉じ、コーヒーを口につけた。

 カップを手に取る僅かな陶器の音が、部屋に響く。

 それはつまり、その言葉に誰も反応できないことを意味していた。


 数秒の、沈黙。

 カップから口を離したロッソは、続ける。


「だからか、連中は最初に圧倒的な武力を見せつけ、四大企業に取り入った」

「……四大企業をランバーの傀儡にすれば、思考変異用のインプラントも、効率よく製造、流通ができる?」

「その通りだ、天神さん。それを容認するわけには決していかない。だから私と芹沢は『イレギュラー』を作り、着々と連中を討つ準備をしてた……というのが、『我々が誰か』の答えになるかな」


 ロッソの言葉を聞いて、天神は言葉を失っていた。

 情報を処理しきれない、とでも言うように、彼女は苦い顔をして、額に手を当てる。


「なんつーか、話が突飛すぎない? 陰謀論って感じ……」


 そんな天神をしり目に、訝しんだ目でそう言ったのは落花だった。


「どっちでもいい。ごちゃごちゃ言ってるが、ランバーを排除しなきゃいけないのは変わらないんだろう?」


 と、駆藤。


「やることは変わらない、ならそのオジンの言葉が嘘か本当かは、考える必要はない」

「あのねぇ! 今の話が本当ってことは、ランバーはマジで企業とグルってことなんだよ!?」

「なら企業も敵になるってことか。結局変わらないじゃないか。今の私たち、札付きなわけだし」

「あー……そうだわ、だからこんなとこいるんだった……」


 駆藤の言葉を聞いて、落花は呆れながらそう返す。

 とはいえ、もっともな意見だ。

 どっちにしろやることが変わらないなら、彼の話が真実か陰謀論かはあまり重要じゃない。


「……全てを今飲み込むことは、できませんが」


 と、ある程度話を咀嚼できたのだろうか。

 天神は顔を上げ、口を開いた。


「まとめると、アナタ方『イレギュラー』は、ランバーと企業が通じていることを知っていて、その企みを阻止するために結成された組織ということですね? 芹沢理事長も、そのメンバーだと」

「その通り、さすがはフェアリィの中でも最強と呼ばれるだけあるね」

「……疑問はつきませんが、一旦わかりました。では、二つ目の質問です。『何故私たちを助けたのか』は?」


 天神の問いに、ロッソは顎に手を当て、考え込む。

 言いあぐねているというより、言語化するため考えをまとめている、という風だ。


「……簡単に言ってしまうと、これを機に君たちには『イレギュラー』に参加してもらいたいからだ――特に、君と彼女には」


 そう言って、ロッソは俺――と、俺の隣に鎮座しているホムンクルスを見た。

 さすがにこのホムンクルスに参戦しろという話ではないのは、俺でもわかる。

 となると、この身体を操っていた……。


「ライカに?」


 俺はすぐにそう聞いた。


「その通り」

「どういう意味です?」

「ライカは、ランバーを打破する鍵になるかもしれない。そう芹沢から聞いたんだ」


 と、ロッソは答えた。

 ライカが、ランバーを倒す鍵?


 確かに、ライカはランバーを破壊できる唯一の有人戦闘機だ。

 だが、鍵という言い方からして、ただの単純な戦力評価とは考えにくい。

 どういう意味だろうか。


「まあ、私も芹沢も、確信を持っているわけじゃない。ただこれまでの芹沢の話を聞いた限り、ランバーはいやにライカに色目を使っている。そうじゃないかい?」

「……確かに、いやに執着するやつを知っている」


 ロッソの言葉に、俺は心当たりがあって、そう答えた。

 あの白いランバー、『何か』。

 アイツは異常なほどライカに固執している。


 当然だが、それは『固執するだけの何か』がライカにあることになる。

 もしそれが、ランバーの目的に必要不可欠な、もしくは逆に、絶対的に排除すべきものだとしたら……。


「芹沢からその話を聞いた時、もしかしたらと思ったんだ。そうじゃなくても、ランバーと渡り合うために、君たちの戦力は貴重だ」

「つまり、俺たちを助けたのは、勧誘目的というわけですか」

「……本来は、もう少し準備をして、君たちに選択の余地を残したうえで、迎え入れたかった」


 ロッソは静かに、そう話す。

 先ほどよりもやや重々しい口調で、続ける。


「だが、君たちも芹沢もこうなってしまった以上、我々もなりふり構ってはいられない。どうか、我々『イレギュラー』に力を貸してほしい」


 そう言って、ロッソは深々と頭を下げる。


「……どうする、リーダー?」


 ロッソを見ながら、落花が天神にそう問いかける。


「わざわざ聞かなくたって、わかってるでしょう?」


 天神は、努めて冷静にそう言った。


「まーね」

「なら、決心が鈍るようなこと言わないで」


 天神は落花にそう言うと、彼女は他のウルフ隊を見渡す。


「……他に選択肢もないしね」

「美味い食事と清潔なベッドは提供してもらうぞ」


 大羽と駆藤は、そう言った。


「わ、私も大丈夫――むしろ望むところです!」

「同じく。ここで文句を言ってもしょうがないわ」


 レイとシズクも、同じく。


「ニッパー、アナタは?」


 と、天神は俺に聞いた。

 答えは決まっていた。


「飛んで、墜とすだけだ。それが変わらないなら、それでいい」


 俺がそう答えると、天神は頷いて、ロッソを見据える。



「ようこそ、イレギュラーへ」



 ロッソは微笑んで、俺たちにそう宣言した。


「詳細については追って説明する。今は……疲れただろう。全員分の部屋を用意するから、ひとまずそこで休息して欲しい。今日はこれで解散としよう」


 その言葉を皮切り、ほんの少しではあるが、場には緩慢とした空気が漂い始めた。

 何にせよ、身の振り方は、これで決まったわけだ。

 新しい巣がどんな場所かはまだわからないが、まあいいさ。


 ライカと飛んで、墜として、最後に墜ちる。

 何も変わらない。俺がやるべきことは、それだけだ。


「……と、そうだ。部隊名をまだ決めてなかったな。元の名前をそのまま使うわけにもいかないだろう」


 すると、ロッソは突然そんなことを言いだした。


「なんだよ、明日にしようぜ? 俺ァもう疲れたよ……」

「指揮官、ビックバイパーの言う通りだ。編成なら、解散後に我々で相談した方が――」


 23番とアローヘッドが文句を言うが、ロッソはどこ吹く風で、顎に手を当て考え始める。

 こうなってしまってはもうこちらの声は届かないのだろう。

 ため息を吐く二人を見て、なんとなくそれを察せられた。


「ウルフ隊は、『フェンリル隊』へ変更だ。ありきたりだが、名前の変遷としちゃ、悪くないだろう」

「は、はぁ……」


 狼狽する天神をよそに、ロッソは次に俺のほうを見た。


「君の名前は……そうだな、前はドギーだったか? あまりいい名前じゃないな……狼と協力するものと言えば……よし!」


 ロッソは手を叩いて、俺のほうを指さした。




「『(レーヴェン)』。君はこれから、『レーヴェン1』だ」


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