第6章 入居の挨拶
「あんた、202号室に何の用かね」
わたしが振り向くと灰色の着物を着た老婆が佇んでいる。
「わたしは今日、203号室に引っ越して来た者ですけど、ご近所に挨拶しようと思いまして」
「ここは”開かずの間”だよ。近づいちゃだめじゃないか」
「はあ?ところで......どちらさまで......」
「あたしは浦島カヨ。もう二十年以上、201号室に住んでるよ」
「そうでしたか」
わたしは簡単に自己紹介した。名前は水原敏子。裏野国際短期大学二年生で専攻は国際コミュニケーション学部。
カヨと名乗る老婆はおもむろに懐からボロボロになった写真を取り出す。
二十歳ぐらいの青年の顔がうつっている。
「実はこれ、あたしの孫なんだけど」
「はあ......]
「今、裏野工科大学に通ってるよ。専攻は情報工学科だったかしら。
小さいころから勉強が大好きな子でねえ。学校でも成績がいつも一番なんで、特待生っていうのかなあ。毎年、ご褒美として大学の学費が免除になるみたいなの。
大学に入学するときも入試試験は一番で合格したみたいだし......」
「はあ......とても優秀なお孫さんなんですねえ」
わたしは吐息を漏らす。
この年になると孫の自慢話しか楽しみがないのかしら。
おりからの西日でカヨの顔は赤く染まる。
ふと視線を外に向けるとベランダ越しに真っ赤な夕日が目に入る。
それはまるで街全体を血の色に染めているような毒々しさだった。
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入居者募集
物件 裏野ハイツ 203号室
間取 1LDK(リビングルーム9畳、洋室6畳)
家賃 4.9万円 敷金なし
交通 JR浦野駅まで徒歩7分
住人のみなさまは家族同様のフレンドリーなお付き合いをしていらっしゃいます。
是非、あなたも裏野ハイツにお住まいになりませんか。
裏野ハイツ管理人 裏野魔太郎
(了)