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20 『二次感染』

 20 『二次感染』




 艾家に出かける前に、ホテルのロビーで一悶着あった。


 ホエール銀行のペイル支店長がわざわざカードを届けに来てくれたのだが、千秋さんが任せて欲しいというのですべて任せることにした。


 俺は新支配人になるであろうカナホテルの副支配人と話をしていた。

 この人は家格こそないが、ツバキやモミジの先輩で、ずいぶんと仕事を教えたらしい。

 とても気さくな感じの人だった。


「楓さんが出て行き、椿や椛も出て行ってしまい、叶子お嬢様も帰ってこない理由が、ユウキ代表を見ていてわかりました」

「いや、俺はあんまり関係ありませんよ。みんな自由に商売してますから」

「その自由さが、ホエールには欠けていたと思います」

「祐貴ちゃんはエリダヌスを立憲君主制国家と言ってるけど、ホエールみたいに身分制度がないのよ。しかも憲法には『みんな仲良くしましょう』としか書いてないの。傑作よね」

「そうそう」

「ホエールにだって身分制度はないでしょう?」

「それが、見えないところにあって、逆にタチが悪いんです。会社組織だったから、上下関係は厳しくて、なかなか自由なんてありません」

「そうなのですか?」

「ええ、そうなのよ。祐貴ちゃんが解放してくれても、まだ何年も経っていないから、裏ではひどいものだわ」

「そうそう」

「ほら、あそこでも」


 支店長と千秋さんがもめていた。


「あれだけ世話になっておきながら……」

「だから、これは刑罰なんです」

「そんな刑があるものか。お前が好きで選んだんだろう。家の恥になりかねん。行くなら株は分けてやらんぞ!」

「恥で結構ですし、株も結構です! 私は既にエリダヌス王の性奴隷なんですから!」


 ロビーの客たちがぎょっとして見ている。


「せ、セルジュ?」

「良いのよ。真相は性奴隷が自ら話してくれるまで待ちなさい」

「そうそう」


 確かに詮索して良いような話ではなさそうだ。


 真面目なおじさんに見えたが、人には色々あるのだろう。

 だが、支店長が千秋さんの腕を掴んだ時点で、俺は我慢できなくなりそうだった。


「オペレッタ、何とかしてくれ。ただし、穏便に頼むよ」

「いつも穏便」


 いつも過激だろう?

 だが、そんな議論をしている事態ではなかった。

 生身のオペレッタは、本体よりは攻撃力は少ないだろう。

 きっと、大丈夫だ。


 オペレッタがモデルのような見事な歩き方で近づいて行くと、おじさん、いや支店長がちょっと怯んだ。

 銀色のもの凄い美少女が近づいてくれば、男なんてそんなものだ。


 ぱりっ!


 オペレッタが何かをして、千秋さんと腕を組んで戻ってくる。

 支店長は、そのままピクリとも動かなくなった。

 オペレッタは千秋さんと色を合わせて楽しんでいる。

 まるで姉妹のようにって、千秋さんはこうしてみると、やはりどえらい美人である。

 黒髪のオペレッタのお姉さんでも信じるだろう。


「暫くは大人しくしているはず」


 オペレッタは何でもないように言う。


「オペレッタちゃんはドンドン人間離れしていくわね。人類の敵になったら怖いわ」

「そうそう」

「大丈夫ですよ。人類を覗くのが趣味ですから」

「飽きたりしないのかしら」

「そうそう」

「馬鹿は見飽きない」

「確かにそうねえ」

「そうそう」


 まあ、その馬鹿の筆頭は、俺なのだが。

 そんな、4人して態々凝視しなくてもわかってますよ!


 その後、警察署長が来たが、千秋さんが新車両導入の名目で2万G(1億円)をカードで寄付すると、『あの車両は廃棄する予定でした』と、ご機嫌な顔で挨拶をして、そそくさと帰っていった。

 部下の警部のことは?

 どうでもいいのか!


「新支配人、カードで精算いたします」

「千秋くん。今まで大変だったね」

「支配人も同じじゃないですか」

「まあ、そうだったね。君ほどじゃないが」

「私は解放されました。これからは性奴隷として生きていきます」

「何だか、解放に聞こえないような話だね。でも、わかるような気がするよ。良かったね」

「ありがとうございます。支配人もお元気で」


 副支配人は端末で精算状況を確認すると、俺たちを見て丁寧に頭を下げた。


「カナホテルをご利用いただきまして、ありがとうございます」

「こちらこそ、お世話になりました」


 俺が頭を下げると、妻たちも頭を下げた。

 勿論、妻でないものもいたが、説明が面倒なので省略する。


「じゃあ、またね。支配人さん」

「そうそう」


 セルジュたちも適当に挨拶をしてロビーを出る。

 俺たちも続くが、まあ、外に出ても同じように注目の的だよなあ。

 マスコミが相変わらず多い。


 着陸艇の脇に見たこともないし、当然乗ったこともないリムジンが迎えに来ていた。


「オペレッタ、着陸艇は艾家の駐車場に移動させた方が良いんじゃないか?」

「そうする」


 着陸艇はドンと浮き上がると、すっ飛んでいった。

 交通ルールとかないところに住んでいると、どうも都会に迷惑がかかりそうだった。


 リムジンは艾家が用意してくれたのかと思ったが、セルジュが気を利かせて頼んでくれたそうだ。


「祐貴ちゃん、よろしく」

「そうそう」


 二人はさっさと乗り込み、置いて行かれるのかと思ったが、そうではないようだった。

 リムジンには人間の運転手がいて、要するに料金を俺が払うと言うことなのだった。


「ご主人様、この性奴隷にお任せください」


 運転手の兄ちゃんは一瞬ギョッとしたが、すぐに営業スマイルに戻った。


「千秋さん、その性奴隷というのはやめてください。殆どイジメに近いですよ」

「性奴ではどうでしょうか?」

「あまり変わってません」

雌犬ビッチとか、バイタとか、ニクベン……」

「だから、面白がって言うのはやめてください!」


 自分だって顔を赤くして、本当は恥ずかしいんじゃないか。


「わかりました。性奴隷はあくまでも身分ですから、二人目、三人目ができた時に困りますよね」

「で、できないからね!」

「では、性奴隷は私だけですか!」


 何だか、最高の身分を与えられたかのように嬉しそうだ。

 お嬢様のようなドレス姿で、キラキラ目を輝かされても困りますぅ。


「必ず娘を産んで、世襲制にしますね」

「それ、あらゆる方面で間違ってますから」

「良いのです。性奴隷ですから」


 もはや、理屈ではないようだ。

 詰めかけたマスコミが喜んでいる。


「祐貴ちゃん、いつまでも性奴隷とイチャイチャしないの。急がないと記者会見に遅れるわよ」

「そうそう」


 あんたが勝手に名付けたんだろうが。

 だが、ここでこんな議論をしても状況が良くなることはない。

 俺は、先に妻たちの手を引いて、ひとりずつリムジンに乗せていく。


 ナミ。

 ナリ。

 パリー。

 エリザベス。

 カリーナ。

 セリーナ。

 シオン。

 オペレッタもだ。


 皆、美しいパーティードレス姿で、ため息が出そうな光景である。

 ひとりひとりにマスコミは響めき、カメラを回す。

 色々な憶測が流れてそうである。


 最後に運転手の兄ちゃんに料金を支払ってくれた千秋さんをお姫様を扱うように乗せると、兄ちゃんは俺が乗り込んだ後のドアを丁寧に閉めてくれる。

 まあ、仕事は丁寧にこなすようだ。


「ユーキ、この車、電車みたい」


 オペレッタが言っているのはシートのことだろう。

 窓を背に向かい合うようにシートがあり、右側にナミ、ナリ、パリー、エリザベス、カリーナ、セリーナと並んで腰掛けていて、左側にセルジュ、クララ、シオン、オペレッタ、俺、性奴隷じゃなくて千秋さんが座っている。

 確かに都会を走る電車みたいだ。

 全然揺れないけど。


 窓は大きく、天井の中央部も空が見え、車内は明るい。

 外から中は見えないのだが、中から外は見ることができる。


「オペレッタは、電車なんか乗ったことないだろう」

「ホワイトホエールの軍事基地で、兵隊と町まで乗った」

「へえ、何しに行ったんだ?」

「電気街でパーツ探し」

「軍が調達してくれるだろう?」

「70年前とか80年前のパーツはない」

「そんな古いパーツを何に使うんだ」

「居住区の修理用」

「改造してないのか」

「地球を出発した時のままのもある」

「その方が大変じゃないのか?」

「昔の地球の味がする」


 その辺は人間にはわからない感覚だな。

 電流はただの電流にしか感じないからな。

 回路の味までは理解できない。


「リーナは古い回路を面白がる」

「じゃあ、帰りにペイルでも探していくか」

「探す探す」


 これで暫くは、町をレーザーで焼いたりしないだろう。


 床の中央部がせり上がって細長いテーブル状になり、飲み物のチューブが出てくる。

 宇宙空間仕様だが、ホエールには宇宙航行種族の名残みたいなものがある。

 260星系が繋がっているから、宇宙空間に出ることは地球の海外旅行以上に一般的なのである。

 兄ちゃんの声がして、ご自由にどうぞ、とか言っている。

 セルジュは水、クララはブランデー、シオンはウーロン茶、オペレッタはコーラを選んだ。


 パリーはナミとナリの世話をしてくれている。

 カリーナがエリザベス担当だ。


 千秋さんはじっと俺を見ていて、多分だが、性奴隷は主人から与えられるまで我慢するとか何かだろうと思う。

 俺は悩んだが、無難に緑茶を選んでキャップを取ってから千秋さんに渡すと、とても嬉しそうに飲み始めた。

 どうやら、正解だったらしい。

 何故か皆が羨ましそうに見ている。


「なるほど、これは性奴隷の方が楽しいわね」

「そうそう」

「妻より性奴隷の方が上なの?」


 エリザベスが何かを感じたのか、性奴隷という立場を知っているものにとってはおかしな質問をするが、現実には違和感がありすぎて、エリザベスの疑問がもっともなことに思えた。


「そうねえ、上とか下とかじゃないけど、珍しいとは言えるわね。妻は沢山いるけど、性奴隷はひとりしかいないでしょう」

「そうそう」


 珍獣か!


 その後、愚図るエリザベスを宥めるのが大変だった。




 艾家のお屋敷は、動物園の裏側にあった。

 駐車場にはオペレッタの着陸艇もあった。

 

 実質的な艾家の主人あるじである、艾小姐の父、艾亜維アイヤーウェイ氏が出迎えてくれた。

 セルジュがいるから使用人の出迎えというわけにもいかなかったのだろうが、今日の記者会見と明日の一般公開に向けて、艾家では蜂の巣をつついてからおもちゃ箱に蹴っ躓いて引っ繰り返し、ついでに冷蔵庫の中身をぶちまけたような状況なので、本当に挨拶だけで後は奥さんとメイドに任せて仕事に戻ってしまった。


「まったく、あの人は舞い上がってしまっていて、申し訳ありません小鯨様」

「この状態じゃ仕方ないわね、チョウ夫人」

「そうそう」

「それで、お隣にいらっしゃる、この方は?」

「今回の主役で、蛮族のジゴロ王よ」

「そうそう」

「まあ、会ったその場で玲玉を裸に剥いたという? 確かに女なら子宮がキュンとなりそうな方ね。キュン!」


 胸でなく、下腹部の前でハート型を作った。

 艾小姐の母親も変な人だった。

 俺が何かを言う前に、妖艶な周夫人の前に千秋さんが出た。

 だが、性奴隷の自覚があるからか、俺以外に許可なく自分から口を開くことはない。

 相手から質問されれば、返事をすることはできるだろう。


「あら、あなたはどちら様でしょう。お嬢さん」

「私はジゴロ王の性奴隷1号です」

「まあ、何ですって?」

「性奴隷1号です」

「2号もいますの?」

「いいえ、1号だけです」

「じゃあ、私が2号になれまして?」

「駄目です」

「何故ですの?」

「ジゴロ王は私だけを性奴隷にすると仰いました」

「まあ、愛されていますのね」

「はい」


 千秋さんはとても嬉しそうに胸を張った。


「まあまあ、それではどうぞお入りください。さあさ、性奴隷以外の皆様もどうぞ」


 なんだか、性奴隷が一番偉いみたいじゃないか!


 俺は、ジゴロ王も性奴隷も訂正したかったが、挨拶も碌にできないうちに客間に案内されることになった。


 セルジュとクララは二人で客間をあてがわれ、女性陣は休息とか化粧直しが必要だとかで、別の部屋に案内されていた。

 俺はひとりだけリビングとベッドルームがある一部屋に案内されたが、何故か千秋さんだけはくっついてくる。


 もう、理由は聞かなかった。

 答えは1つしかないからだ。


「素敵なお部屋ですね。まるで新婚旅行ハネムーンに来ているみたい」


 千秋さんは嬉しそうだった。

 実際、俺は新婚旅行なんですが。

 待てよ。誰との新婚旅行なんだ?


 ナミとナリとはエリダヌスからマサイまで。

 パリーとエリザベスは、マサイからペイルホエールまで。

 そして、ペイルホエールからエリダヌスまでは、カリーナとセリーナの新婚旅行になってしまうのではないか?



『いやあ、素晴らしい奥さんですねえ。どうやって知り合ったのですか?』

『それが、新婚旅行先で出会いまして』

『はあ?』

『新婚旅行先で色々あって知り合い、そのまま新婚旅行に行きました』

『失礼。ちょっと判りづらいのですが』

『ええ、その通り、判りづらいのです』

『すると、前のと言うか、新婚旅行に一緒に行った奥様もいらっしゃると? それとも新婚旅行にリレーなんて種目がありましたか?』

『ありませんので、そのまま一緒に』

『それはそれは、何よりですな。どうして死んでいないのでしょうか、不思議ですねえ』



 チカコ予想の20人とか30人ではないが、ナミとナリの結婚を喜んでいたから、少し、いや、かなり拙いことになりそうだ。

 処女のまま、領地へ戻すのも危険じゃないか。


 ああ、拙いぞ。オペレッタに乗れば一瞬で領地に帰れてしまう。

 新婚旅行なんかにしなければ良かったのだ。

 だが、ナミとナリを連れてくる理由など他にないじゃないか。

 婚前旅行じゃ許されないだろうし、侍女や女官ととしてなら他に候補者が幾らでもいただろう。

 一人で出かけていたら、もっとひどいことになっただろう。


「ご主人様。そんなに苦しいなら、この性奴隷を好きなだけお使いください」


 俺が悩んでいるのがわかったのだろう。

 千秋さんが変なことを言ってくる。

 ああ、美人の素直な好意が痛いなんて初めての経験だよ。

 好意なのか?


「いや、そうではなく極めて個人的な問題ですから」

「性奴隷は極めて個人的なものですが」


 この人、処女再生はともかく、若返る必要ないよね。

 美人で色っぽいんだし、このままでも良いんじゃないかな。

 って、現実逃避している場合じゃないな。


「性奴隷はやめましょう」

「えっ!」

「その、名前ですよ」

「でも、エリダヌスにはちゃんと連れて行ってくださいますよね」


 千秋さんは不安そうにした。

 最後の希望が、絶たれるのではないかと思ったのだろう。


「安心してください。ちゃんと連れて行きますから。処女に戻って若返れば、過去のことは清算できるでしょう。生まれ変われますよ」

「違います。私はもう生まれ変わりました」

「どういうことですか?」

「生まれて初めて恋をしました」


 本当に、会った時と別人のように見える。

 あれから半日ぐらいしか経っていないのではないだろうか。


「恋ですか」

「おかしいですか?」

「うーん、千秋さんのことを何も知らない俺には何とも言えません」

「どうぞ、チアキとお呼びください、ご主人様」

「じゃあ、チアキ」

「はい」

「色々あったのですよね」

「はい」

「それでも、初恋なんですか?」

「ご主人様は、私の目の前でシオンさんを助けました。誰も動けないのに、スッと自然に動いて、しかも罵倒して暴れるシオンさんがケガしないように庇い続けました。あの時、腕に抱かれているのがどうして私ではないのかと、嫉妬みたいな気持ちを覚えました」


 たまたま、俺がそんなポジションにいたからだけなんだけど。

 まあ、考えて動いたわけじゃないから、そう言われても困るのだ。


「きっと、私もあんな風に助けて欲しかったのです。絶対にあなたなのだと言う声が聞こえたようでした。抱き上げて救って欲しい、あんな風に守られたらどんなに幸せか。小鯨様に性奴隷だと言われた時にはときめいてしまいました。それから自分の心が自分でも手に負えなくなりました。こんな気持ちは生まれて初めてです」


「今まで、誰も助けてくれなかったのですか?」


「私の母は、支店長の第3夫人の妹でした。両親は周囲に反対された結婚をし、事業にも失敗し、最後にはホエール株を手放して宇宙に仕入れに出たまま行方不明になりました」


 シアラオブーメンか?

 いや、ふざけて良いところではないな。


「何でも宇宙で行方不明になると、六百年も保険は適用されないとかで、私は14歳で借金を抱えてひとりぼっちになりました」


 それは、尼川家にも責任があるような気がする。


「その後、支店長が一族として世話をしてくれることになりましたが、借金を返せるとかで、評判の悪い男に嫁がされました。そこで一年も耐えられずに飛び出して、夜の女になり逃げ続けましたが、支店長に見つけられ、今度は一族のためにコールガールをやらされました」


 ふん! 金で買えないコールガールをやらせたんだな、あの親父!

 確かに金を貰わないから売春ではないが、賄賂の一種である。枕営業か?


 セルジュは馬鹿の愛人と言っていたが、当たらずとも遠からずか。

 いや、愛人よりひどいのか。


「もう過去はいいでしょう。終わりにしましょう」

「私はバツイチで娼婦で、コールガールなんです」

「落ち着いてください。もう終わったことです」

「罪人になることが救いの女なのです」

「わかりましたから。罪は償えますよ。14歳からやり直しましょう」

「そんな女なのに、優しくして貰えました」

「まだ、半日かそこらです。早とちりは叱られますよ?」

「ホエールには四百億人もいると言うのに、私にはあなたしかいないのです」


 笑顔で涙を流されても困るのです。

 抱きしめてしまうじゃないですか。


 俺は暫くそうすることにした。

 暖かくて、軟らかくて、良い匂いがした。

 女の子とは仲良くするだけじゃ駄目なのだ。

 優しくして、守ってあげなければならない。




「では、性奴隷にしていただけますか?」


 とびっきりの笑顔で言われてもなあ。


「だから、それは……」

「罰は罰です。それは解放されるまで変わりません」

「解放しますよ」

「いいえ、私が望まない限りあり得ません」

「どうしてです?」

「だって、解放される方が望まないと成立しないじゃないですか。それとも無理矢理追い出したりしますか」

「いや、追い出したりはしませんよ」

「では、私はずっと性奴隷でいます」

「売るとか、譲るとかあるかもしれませんよ」

「あり得ません」

「何故です」

「だって、奴隷制度は何処にも存在しませんから、買い手も貰い手も見つからないじゃないですか」


 確かに非合法組織にでも密売しない限り無理だろう。

 だが、非合法組織が俺から奴隷を買えるだろうか。

 本当に奴隷を売るとか、信じて貰えないし、本当だとしても乗ってくるわけがない。

 エリダヌス代表が奴隷を売ったり買ったり許すわけがないからだ。

 特に領内は、娼婦も愛人も必要ない社会だから、性奴隷など考えられない。


「では、やっぱり非合法なので、正式な領主預かりとします」

「はい、領主様」


 チアキは飛び込んできて、暫く俺の腕の中で甘えていた。

 キスして欲しそうだったが、自分から言い出すことはしなかった。

 領主預かりって、やっぱり性奴隷なのだろうか?

 いやいや、そんなことはないぞ。


「でも、ベッドの中では時々『性奴隷』って呼んでくださいね」

「それは、ちょっと」

「駄目です。そうしてくれないと何処に行っても性奴隷と言いますよ」

「命令ですか?」

「命令です!」


 うーん、どうしてそんなに拘るかな?


「だって、こんな風にしたのは、領主様だからです」


 チアキはくるりと一周回った。

 パーティードレスが長い黒髪と一緒にふわりと広がり、ちゃんとムダ毛処理した下半身が見えた。

 やっぱり、ノーパンだったのだ。


 しかし、本当にムダ毛なんだろうか?


 その後、シオンがチアキの順番だと呼びに来て、化粧直しに行った。

 最初から、化粧が落ちてしまうような展開になるとわかっていたのだろうか?


 チアキは、部屋を出て行く時に笑顔とべーを見せていった。

 女は怖いぞ、諸君。

 だが、とても可愛かった。




 その後、艾小姐とフェンシィが来た。

 艾小姐も、ブルーの見事なパーティードレスだったから、セルジュたちと話をした後なのだろう。

 フェンシィはダークスーツである。

 髪がだいぶ伸びていて、角刈りからベリーショートぽく変わっていた。

 ハンサムな雰囲気はそのままだから、女の子に人気が出そうだ。

 艾家の重要人物だからか、世話を焼くメイドたちもベテランという感じで、何人も連れていたが空気のように存在感を消していた。


「小鯨様から伺いましたわ。吹き替え用の人物を用意してくださったと。取りあえず紹介してくださるかしら、閣下」


 どうも、あまり気乗りしないらしい。


「ところで、吹き替えって、何なんだよ」

「そ、それは、私のような格式ある家の娘が他人様の前で、は、肌を晒したりしないよう、俳優を使うことですわ。スタントマンと同じですわよ」

「シベリアンタイガーのドキュメンタリーなんだろう? 肌を晒したりする必要は無いんじゃないか。むしろスタントマンを連れてくるべきだった気がするが」

「もう戦闘シーンは仕上がってます。今更スタントマンはいりませんわ」

「じゃあ、吹き替えも必要ないんじゃ」

「他のシーンで必要になるでしょ!」

「他のシーン?」

「蛮族の王が謁見の間で、は、裸に剥いたり、パ、パンツを穿かせたりするシーンですわ」


 謁見の間で脱がしたりしてないからね。

 風呂場でチカコがやったんだよ。

 パンツは穿かせたけど、ノーパンのままより良かっただろ!


「そこまでリアルに再現しなくても、適当にカットしてシベリアンタイガーが現れるところからとか、何とでもできるんじゃないか?」

「最高のドキュメンタリーにするつもりですわ。いい加減な編集をして、名誉までを失うわけには参りません」


 それなら、吹き替えを使う必要はないんじゃないか?

 上流階級の考え方は良くわからない。


 そこへ、メイドがシオンを連れてきた。

 ちょっと、緊張しているようだ。

 まあ、オーディションみたいなものだから仕方がないか。


「鼓シオンです。よろしくお願いします」


 ドレス姿でシオンは頭を下げる。

 何となく、艾小姐と雰囲気は似ているかもしれない。

 セルジュが選んだんだから、そうなのだろう。

 シオンの方がずっと穏やかな性格にも見えるが、落ち着きがないと言えばそうも見える。

 どちらが好みかは個人的なものになりそうだ。


 だが、おっぱいはCカップで、シオンの方が少し大きそうだ。

 問題は下半身だろうか。

 艾小姐のすらりとした下半身は、ちょっぴりとだが、見事なものだと思う。


 ごん!


「痛いよ、フェンシィ」

「いやらしいこと考えてたからネ」

「仕方がないだろ。裸の吹き替えなんだから」

「あんた、そんなにハッキリクッキリとお嬢様の裸を覚えているのカ。変態ネ」

「いや、もう忘れました」


 ごん!


「嘘つきは変態の始まりネ。いや、もう終わってるカ。末期症状ヨ」


 艾小姐が拳を握ってプルプルさせていたが、フェンシィに殴られたから、もういいだろう?

 と、言うか、フェンシィは艾小姐の護衛なんだから、彼女の後ろに立ってて欲しい。

 何故、俺の後ろに立つんだよ!


「取りあえず、そのドレスを脱いで見せて頂戴。それからだわ」

「こ、ここででショウカ」


 まあ、俺がいるから嫌だよな。


「じゃあ、俺はこれで」

「駄目よ。ここにいて頂戴!」

「何故なんだ」

「私だけ見られたなんて、気に入らないからよ」

「八つ当たりじゃ?」

「ふんっ」


 だが、シオンは背中のジッパーを下げて、ドレスを床に落とした。


「ちょ」

「ええっ」

「ああっ」


 流石に、ベテランメイドたちは冷静だが、俺たちは驚いた。

 シオンはドレス以外着ていなかったのだ。

 すっぽんぽんになっている。

 しかも、見せまいとする羞恥心と、見せなければというクライアントの注文に葛藤し、手で隠したり、見せたりを繰り返しながら、全身が赤く染まっていく。

 これを見逃す男は、そうそういないだろう。

 男にとっては最高の芸術作品である。

 ベッドで好きにする時でも、こうした美は味わえないのだ。


「ううーん、艾小姐より濃いかな?」


 口は災いの元である。


「覚えてるんじゃない!」

「やっぱり覚えていたヨ!」


 バシン!

 ごん!


 俺はセルジュみたいに赦されはしなかった。

 だが、シオンの下半身が艾小姐より色っぽいという感想は、内緒にした。

 綺麗と色っぽいは微妙に違うのだった。

 ホントだぞ。


 その後、室内は一応の落ち着きを見せ、ソファには俺とシオンが隣り合って座り、向かいには艾小姐が座る構図となった。

 シオンはドレスを着たが、ノーブラが意識されるようになったので、薄絹のドレスが気になる。

 ツンと2つあって……


 ごほん。

 後ろには相変わらずフェンシィが構えていて、艾小姐の方には、ベテランメイドがひとり残っていた。


「結論から言いますわ。やはり、吹き替えはしません。最高傑作を人に譲るのは馬鹿らしくなってきました。ちょっとした、は、裸ぐらいどうってことありませんわ。ぼかしでもかけておけば、問題ないでしょう」

「では、シオンは不採用ですか。なら、やはり性奴隷2号になるしかありません」


 シオンは俺の腕を掴んでとんでもないことを言い出した。

 さっき、やっと性奴隷問題は解決したのだ。


 しかも、2号って何だよ。

 それから、おっぱいが薄絹ごしで軟らかいぞ。

 これが本当の絹ごしか?


「せ、性奴隷って何のことです? しかも2号だなんて、1号もおりますの?」

「ぐえ!」


 俺は後ろからフェンシィに首を締め上げられて、答えることができなかった。


「ちょっと監視を緩めるとこれネ。妻だけでもいっぱいなのに、今度は性奴隷カ。次から次へとやりたい放題やって、女の敵ヨ。死んでお詫びしろネ」

「フェンシィさん、失業者で罪人の私は、ユウキ様にすがるしかありません。殺さないでください」

「いや、そもそもこいつが罪人ヨ。エリダヌスで私の股間を嘗めたネ」


「ええっ」

「ええっ」

「ぐえっ」


 股間じゃないぞ。太股だ!


「金塊1個で赦してやろうとしたが、やはり腹の虫が治まらないネ」

「では、フェンシィさんはユウキ様の妻だったのですね」

「ええっ、違う、違うヨ」

「ぐえっ」

「だって、他の女のことでそんなに怒るんですから、妻なのでしょう?」

「違うヨ!」

「まさか、フェンシィさんまで性奴隷ですか! 3号ですか!」

「ぐえっ」

「それを言うなら1号ネ。でも違うヨ!」

「こ、股間まで、嘗めさせて?」

「違う、違うヨ」


 フェンシィは赤くなり蒼くなり赤くなった。

 そのままフリーズして、絶句している。


 だが、俺の方はそれで助かった。

 ゴホゴホ、思いっきり絞めやがって。


「フェンシィ、あなたもなんですか!」

「お嬢様、も、ってどういう意味ですか?」


 シオンが突っ込む。


「ああ、それは、その、あの、つ、妻がいっぱいいるのにって意味ですわよ。決してお母様がキュンキュンしているとか、私が先とか、そんなことではありませんわよ」

「そうですか? 4号じゃないですよね?」


 シオンはかなり疑わしそうに艾小姐を見つめる。


「母が先だから5号かしら?」


「おい!」


「ちち、ちがうわよ! そうではなく、シオンには、べ、別の仕事があるわ。今度、私のドキュメンタリーを元にして『シベリアンタイガーと蛮族の王』という娯楽映画を制作する話があるのですわ。そちらの主役は流石の私でも忙しくて対応し切れませんから、シオンはそれに主演女優として使って貰いなさい。それなら、せ、せい、性奴隷とかにならなくて済むわよね」

「はあ、それでは一応オーディションに合格ということでよろしいのでしょうか?」

「そうね。監督にもプロデューサーにも伝えておくわ」

「ありがとうございます。ユウキ様、性奴隷の件はもう少し先でよろしいでしょうか?」

「い、いや、性奴隷なんていらないからね」

「それは、私が下手だからでしょうか?」


 結構、気にしてるのね。

 でも、処女が上手いわけないから。

 セルジュの配慮というか、ある種のハッタリだからね。

 なんて答えれば良いのだろうか。


 ①『そのうち、上手くなるよ』

 ②『下手な方が良いな』

 ③『俺が鍛えてやるぞ』

 ④『まずはお試しから』


 俺が答えにたどり着く前に、怒り狂うフェンシィによって、部屋から放り出された。


 だが、すぐに京太郎氏に捕まり、挨拶もしないうちに艾老師の所へ連れて行かれるのだった。


 艾家には平和はないのか!


 だが、皆さん忙しそうで、愚痴もこぼせない状況である。


 艾老師はベッドで色々なチューブに繋がれていたが、元気そうだった。

 重体だったが、脳の一部をナノマシンで再生する手術が成功したのだという。


「初めまして、艾老師」

「祐介、ずいぶんと若返ったじゃないか」

「祖父をご存じなのですか?」

「ナタリー王女にフラれてから、俺はホエールを目指して正解だったな。王女はまだ処女だろうか」

「ええ、処女ですよ」


 祖父の若い頃なんて何にも聞いてないぞ。

 だが、艾老師は嬉しそうだ。


「なんだ、お前はまたフラれたのか。あの時、俺はお前の勧めに従ってホエールに一族を移住させるので精一杯だったが、お陰でそれなりの地位にまで上り詰めたぞ。もう既に15店舗も成功させ、妻には先月子供が産まれた。お前には礼を言わないとな」


 だが、艾老師の言うナタリー王女は、きっと先代の英国女王のことだろう。

 うちのナタリーの大叔母だかである。

 でも、今はナタリー王女はうちのナタリーだけだ。

 嘘にはならないだろう。


 祖父さんは、当時の次期英国女王を妻にしようとしてたのか?

 そりゃ、ホエールぐらい発見しなけりゃ、王女様は娶れないだろう。

 まあ、フラれたんなら別にどうでも良いか。


「しかし、老師はいつの時代に生きてるつもりなのでしょう? 15店舗の頃ですか?」


 京太郎氏に尋ねるが首を傾げるばかりだ。

 年齢的には、祖父と同じぐらいなら、もう一度G船に乗ってれば、大体一緒になりそうだ。

 まあ、知り合いでもおかしくはない。


 だが、アイ食品グループには、中華料理の店舗だけでも2万近くはあるだろう。

 京太郎氏は医師の一人を呼びつけた。


「ワックスくん!」

「はい。手術は無事成功したのですが、再生した脳細胞がまっさらなので、一部の記憶が呼び出せないのだろうと思います」

「記憶を失ってはいないのですか?」

「簡単に言いますと、ファイルはあるのですが、ファイル名を保存していたリストが失われた状態です。リストを作り直せれば記憶のバンクにアクセスできるようになるのですが、新細胞が新たに正しいバンクにアクセスできるようになるためには長いリハビリが必要になるでしょう。一度正しいアクセスをすれば、大体は芋蔓式に思い出す可能性があります」


 ワックス医師は、手術は成功し、後は自分の責任ではないと思っているようだ。

 記憶はあるので、記憶喪失ではないらしい。

 希望があるだけマシなのだ、という態度である。


「しかし、それでは間に合わない。シベリアンタイガーの件だけでも何とかならないのか」

「今のところ方法がありません。気長に自力で思い出して貰うしかありません」


 ワックス医師は、それで医療機器の観察に戻ってしまった。


「祐貴君、どうしよう。私は約束を果たしたのに、相手がまだ了承してくれてないんだ」

「客観的に見て、約束を果たしたのだから文句は言われないでしょう」

「だが、孫を、小玲シャオリンとの結婚はどうなるんだ」

「当事者同士が納得してれば良いんじゃないですか?」

「いや、駄目だ。私は老師に喜んで貰い、小玲を貰いたい」


 艾老師は孫がいることを思い出せないのだろう。

 確かにお祝いすら言って貰えそうもない。


「シベリアンタイガーを直接見せれば思い出すかもしれませんよ」

「そうか! よし、艾老師を動物園まで移動させよう。執事長! 記者会見を1時間延期して、場所を動物園に変更してくれたまえ」

「わかりました」


 いつの間にか執事長は扉の所に立っていた。

 第一執事長だろう。

 ワックス医師ほかの医師団は不満そうだったが、実験には興味があったのだろう。

 艾老師を移動させる準備を始めた。


 俺は、妻たちに暫く寛いでいるように伝えて、自分にあてがわれた部屋に戻った。


「性奴隷も興味があります。いえ、女優としての興味ですが。色々と勉強しないと」

あたくしも興味ぐらいならありますわ。蛮族の文化としてですけど」

「ちゃんと、妻になる方がいいネ」

「でも、周夫人は人妻で性奴隷なんて、刺激的とか仰ってましたよ」

「まあ、お母様ったら! やっぱり本気なのね」


「はいはい、楽しいおしゃべりはその辺にしてくれ。仕事だ、仕事」


 3人は飛び上がった。


「し、シオンは仕事の話を……」

「あ、あたくしだって……」

「人妻までなんて赦さないよ……」


 まだ、性奴隷の議論をしていた艾小姐とシオンを無理矢理連れ出して、フェンシィにはシベリアンタイガー柄のブルゾンを人数分用意させ、動物園内に入っていった。


 領地には、性奴隷など一人もいらないのだ!



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