第58話 雨の日の家仕事
朝、リオが目を覚ますと、窓の外から細かな雨音が聞こえてきた。
屋根を叩く音は静かで、風も強くない。けれど、空は灰色の雲に覆われ、庭の地面には小さな水たまりができ始めていた。
リオは急いで着替え、畑へ行こうとした。
すると、台所にいたミーナが声をかけた。
「今日は雨だから、外へ出る前に少し待ってね」
「畑を見に行っちゃだめなの?」
「雨の様子を見てからにしましょう。土がぬかるんでいると、歩くだけで畝を崩してしまうこともあるのよ」
リオは戸口から外を眺めた。
いつもなら、朝食を食べたあとに畑を見に行く。芽の様子を確かめ、土が乾いていれば水をまき、気づいたことを記録する。それが最近の日課になっていた。
雨の日は、いつものようにはいかない。
「じゃあ、今日は何をすればいいの?」
「家の中にも仕事はあるわ。まずは、昨日使った籠を片づけるのを手伝ってくれる?」
リオは頷いた。
ミーナと一緒に、野菜を入れていた籠を並べていく。土がついているものは布で拭き、割れやささくれがないか確かめる。籠の底に残った葉を取り除き、乾かす場所へ運んだ。
「この籠、少し壊れているね」
リオが一つの籠を持ち上げると、側面の細い木が外れかけていた。
「そうね。あとで直しておきましょう。無理に使うと、野菜を入れたときに落ちてしまうかもしれないから」
「ノア兄さんなら直せるかな」
「ええ。あとで頼んでみましょう」
次に、ミーナは保存している豆を入れた袋を取り出した。
リオは袋を運ぶのを手伝い、乾いた布の上に並べた。ミーナは袋の口を確かめ、湿気が入っていないか、虫食いがないかを一つずつ見ていく。
「畑に植える種と、食べる豆は、分けておくの?」
「そうよ。種として残すものは、状態を確かめて大切に保管するの。食べるものと混ざってしまうと、あとで困るでしょう?」
リオは以前、ガイルが市場から持ち帰った種袋のことを思い出した。
名前を書き、育て方を確かめ、植える時期が来るまで保管する。種を扱うにも、気をつけることがいくつもある。
「種って、畑にまく前から仕事があるんだね」
「そうね。畑に出ていない時間にも、できることはたくさんあるわ」
昼前になると、雨は少し強くなった。
リオは窓辺に座り、記録帳を開いた。畑の様子を見に行けないので、昨日までの記録を読み返すことにした。
間引きをした朝畑。葉の形を描いた角の畑。水をまいた場所の土の状態。
日付を追いながら読んでいると、同じことを何度も書いている部分があることに気づいた。
「お母さん、僕の記録って、同じことばかり書いているのかな」
台所から戻ってきたミーナが、記録帳を覗き込んだ。
「同じことを書くのが悪いわけではないわ。何度も確かめることで、変化が分かることもあるでしょう?」
「でも、毎日、葉が大きくなったって書いているよ」
「それなら、どのくらい大きくなったのか、前の日と比べてみたらどうかしら。毎回同じ言葉を使っていても、絵や数字があれば違いが見えるかもしれないわ」
リオは、これまでの記録をもう一度見た。
絵は少しずつ大きくなっているが、どれくらい違うのかを正確に比べるのは難しい。次に描くときは、紙の中で同じ大きさの枠を作ってみようと思った。
午後には、ノアが籠を直してくれた。
外れかけていた木を元の位置に戻し、細い紐で固定してから、使える状態かどうかを確かめる。リオはそばで見て、壊れた籠が再び使えるようになる様子を眺めていた。
「これで、また使えるよ」
ノアが籠を渡すと、リオは両手で受け取った。
「ありがとう。壊れたら、すぐ捨てるわけじゃないんだね」
「直せるものなら直すさ。もちろん、直しても危ないものは使わないけどな」
夕方になるころ、雨は弱くなった。
リオは窓から畑を見たが、土はまだ濡れていた。今日は無理に入らず、明日の朝に様子を見ることにした。
記録帳には、雨が降ったこと、籠を片づけたこと、種の保管について教わったことを書いた。
最後に、こう付け加えた。
畑へ行けない日にも、畑のためにできる仕事がある。
書き終えたリオは、雨音に耳を傾けた。
いつもと違う一日だったが、何もできなかったわけではない。
明日、雨が上がった畑を見に行けば、今日とは違う景色が見られるだろう。
そう考えると、雨の日も悪くない気がした。




