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未来既読  作者: ゆず
4/5

既読の温度

放課後。

 教室には、 夕焼けの色が薄く差し込んでいた。

 湊はスマホを伏せたまま、 机に肘をついていた。

 emptyからのDM。

『──もう戻れなくなるよ』

 その言葉が、 頭から離れない。

 未来を変える。

 その意味が、 まだ分からない。

 でも確実に、 何かが少しずつズレ始めている。

「朝倉くん」

 不意に声をかけられて、 湊は顔を上げた。

 一ノ瀬紬だった。

 教室に残っていた数人が、 一瞬こちらを見る。

 それだけで、 少し空気がざわつく。

「……なに」

「今日、 時間ある?」

 相変わらず自然な笑顔。

 でも、 前より少しだけ距離が近い。

「昨日言ってたやつ」

「ああ……」

 “今度どっか行かない?”

 昨日の通話。

 現実感がなかった。

「今日じゃダメ?」

「今日?」

「なんか、 今日話したい気分」

 その言葉に、 湊は少しだけ戸惑う。

 でも。

「……別にいいけど」

 一ノ瀬は、 少し嬉しそうに笑った。

 駅前の小さなファミレス。

 夕方と夜の間の時間。

 学生と仕事帰りの大人が混ざる、 曖昧な空気。

 窓際の席で、 一ノ瀬はストローを弄っていた。

「なんか変な感じ」

「何が」

「学校の人と、 外で会うの」

 湊は苦笑する。

「それ俺の台詞」

 一ノ瀬が小さく吹き出す。

 昨日の通話より、 自然に笑っていた。

「朝倉くんってさ」

「ん」

「彼女いたことある?」

 唐突すぎて、 湊は水を吹きかける。

「な、なんで」

「いや、 なんとなく」

「ない」

「即答じゃん」

「一ノ瀬は」

「あるように見える?」

「……見える」

「ひど」

 そう言って笑う。

 でも。

「ないよ」

 その言葉は、 少しだけ意外だった。

 沈黙。

 でも不思議と、 気まずくはない。

 一ノ瀬は窓の外を見る。

「私さ、 人といるの苦手なんだよね」

「え」

「意外って顔してる」

「……まあ」

「ずっと、 相手が求めてる反応考えちゃう」

 ストローを指で回しながら、 彼女は続ける。

「変な空気にしたくなくて」

「嫌われたくなくて」

「だから、 ずっと笑ってる」

 その横顔は、 学校で見る彼女と少し違った。

 静かで。

 どこか疲れている。

「朝倉くんは?」

「俺?」

「なんで人避けてるの」

 核心だった。

 湊は目を逸らす。

「……別に避けてるわけじゃ」

「嘘」

 一ノ瀬が即答する。

「朝倉くん、 最初から一歩引いてるもん」

 図星だった。

 湊は昔から、 人に期待しないようにしていた。

 踏み込んで、 失敗するのが怖いから。

「……なんか」

 言葉が詰まる。

「人と仲良くなるの、 向いてないんだと思う」

 一ノ瀬は少し黙ったあと、 ふっと笑う。

「それ、 私も思ってた」

 その笑顔は、 どこか寂しかった。

 帰り道。

 夜風が少し冷たい。

 駅前で別れる時、 一ノ瀬が言った。

「今日、 楽しかった」

「……そっか」

「朝倉くんは?」

 湊は少し迷ってから、

「まあ、 悪くなかった」

 そう返した。

「なにそれ」

 一ノ瀬が笑う。

 その笑顔を見た瞬間。

 スマホが震えた。

 嫌な感覚。

 empty。

『その顔、 前の彼女はしなかった』

 呼吸が止まる。

 前の彼女。

 まるで、 “一ノ瀬紬”が何人もいるみたいな言い方。

『お前、 何を変えた』

 送信。

 既読。

『君が変えたんじゃない』

『彼女が、 君に変えられてる』

 喉の奥が冷える。

 その時。

「朝倉くん?」

 一ノ瀬が不思議そうに振り返る。

「……どうしたの?」

 街灯の下。

 彼女の笑顔は、 昨日より自然で。

 でも。

 湊は突然、 違和感に気づく。

 一ノ瀬のスマホケース。

 昨日までは、 白だった。

 でも今、 淡い水色に変わっている。

 小さな違和感。

 でも確実に、 “昨日までの記憶”とズレていた。

 emptyから、 最後の通知が届く。

『もう、 どれが本物か分からないだろ』

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