明日の君
でも同時に、言葉で傷つき、すれ違い、後悔する。
送らなければよかった一文。
返ってこなかった返信。
既読がついた瞬間に、急に怖くなる夜。
この物語は、そんな“言葉の温度”の話です。
誰かに踏み込みたいのに、踏み込みすぎるのが怖い。
分かってほしいのに、うまく伝えられない。
だから人は、画面越しに何度も文章を打ち直してしまう。
主人公の朝倉湊も、そんなひとりです。
そして彼のもとに届く、
「明日の君」を名乗る謎のDM。
未来を知っているような言葉。
少しずつズレていく日常。
誰にも見せない涙。
消せないメッセージ。
もし、明日の自分が今日に干渉してきたら。
もし、“後悔する未来”を先に知ってしまったら。
人は、どんな言葉を選ぶのでしょうか。
雨の匂いが残る夜に、
この物語を開いてくれたあなたへ。
どうか最後まで、
湊たちの「届かなかった言葉」を見届けてください。
言葉は、送ってから後悔する。
深夜二時十三分。
雨音だけが、やけにうるさかった。
朝倉湊は、暗い部屋の中でスマホを眺めていた。
送信済みのDM。
『今日なんか元気なかった?』
既読。
数秒後。
『それ今言う?笑』
その一文を見て、湊は小さく息を吐いた。
「……またタイミングミスった」
画面を閉じる。
でも数秒後には、また開いてしまう。
送った言葉は消せない。
既読が付いた瞬間、 その言葉はもう、自分のものじゃなくなる。
窓の外では、街灯に照らされた雨が静かに落ちていた。
湊は昔から、人と深く関わるのが苦手だった。
別に、嫌いなわけじゃない。
ただ、距離感が分からない。
踏み込みすぎて後悔して、 離れすぎて後悔して。
その繰り返し。
だから最近は、 最初から誰とも近づかないようにしていた。
「朝倉、プリント回して」
「あ、うん」
教室の空気は明るい。
笑い声。 机を引く音。 誰かのTikTok。
その全部が、 薄い膜の向こう側みたいだった。
教室の後ろの席で頬杖をつきながら、 湊はぼんやり窓の外を見る。
その視界の端に、 一ノ瀬紬がいた。
「え、ほんとに!?」 「それ絶対おもろいやつじゃん」
クラスの中心。
誰にでも優しくて、 誰とでも話せる人気者。
笑顔が自然で、 空気を明るくできる人。
でも。
(……なんか無理してる顔、してるんだよな)
たまに、 ほんの一瞬だけ。
笑顔の奥に、 ひどく疲れた表情が混ざる。
たぶん気づいてるのは、 自分だけだった。
放課後。
湊はいつものコンビニに寄っていた。
炭酸と適当なパンを買って、 イヤホンを耳に突っ込む。
夜の街は落ち着く。
誰も自分を見ていない気がするから。
会計を終えて店を出た瞬間、 スマホが震えた。
通知。
『おすすめユーザー』
表示されたアカウント名は、 “empty”。
アイコンは初期設定のまま。
なぜか少し気になって、 湊はプロフィールを開いた。
投稿ゼロ。 フォロワーゼロ。
意味が分からない。
閉じようとした、その瞬間。
DM通知。
『こんばんは』
「……は?」
湊は立ち止まった。
『誰?』
送信。
数秒後、返信。
『明日の君が知ってる人』
意味不明だった。
イタズラアカウント。
そう思った。
でも。
『今日コンビニで炭酸落としたでしょ』
心臓が止まりかけた。
確かに数分前、 棚の前でペットボトルを落とした。
誰にも見られてないと思っていた。
『左の棚の前で固まってた』
背中が冷える。
『……なんで知ってる』
既読。
『明日の君だから』
次の日。
湊は授業中も、 昨日のDMが頭から離れなかった。
ただの偶然。
たまたま見られていただけ。
そう思おうとした。
でも昼休み。
一件、メッセージが届く。
『一ノ瀬さん、今日元気なかったね』
湊は画面を見つめた。
『いや、普通だったけど』
返信はすぐ来た。
『明日は泣くよ』
ぞわり、と鳥肌が立つ。
昼休みが終わる少し前。
飲み物を買いに行こうとして、 湊は人気のない階段前を通った。
そこで足が止まる。
階段の踊り場。
一ノ瀬紬が、 ひとりで座り込んでいた。
顔を隠して、 小さく肩を震わせている。
泣いていた。
誰にも見られない場所で。
昨日のDMが、 頭の中で反響する。
『明日は泣くよ』
スマホを握る手が、 じわりと汗ばむ。
(……なんなんだよ、これ)
その夜。
湊は部屋のベッドに座りながら、 震える指でDMを開いた。
『お前誰なんだよ』
送信。
既読。
数秒後。
『だから、 明日の君だって』
その瞬間。
別の通知が表示される。
送り主。
一ノ瀬紬。
湊は息を止めた。
『今日、ちょっと話せる?』
雨の音だけが、 静かに部屋に響いていた。
続きは気が向いたら書きます




