189 公爵令嬢のメイド、女王と約束をかわす
ぐらりと倒れそうになったメリーローズの体を支えたとき、やっとアルフレッドは唇を離した。
自分にもたれかかってくるメリーローズの、ドレスよりルビーより真っ赤な顔を見て微笑む。
「ねえ、メリーローズ。約束するよ。僕は君を離さない。……わかった?」
「ひ、ひゃい……」
そのまま右腕でメリーローズを支えながら、アルフレッドは左手のこぶしを振り上げ、ガッツポーズをした。
アルフレッド・ロード、人生初のガッツポーズだったりする。
人々はこの日一番大きい拍手を送り、中には口笛を吹きならす者もいた。
口笛を吹く者はバルコニーにも一人いて、彼は父親のランズダウン公爵に「こら」と小声で叱られる。
アルフレッドとメリーローズが聴衆から喝采を浴びているとき、エメライン女王がシルヴィアの近くまできた。
「ふふ、お披露目も大成功ね」
「ええ、本当ですね」
女王が自分に、なんの話があるのだろうか?
シルヴィアには思い当たらない。
「ねえ、正直申しまして、わたくしあなたに少々嫉妬していますのよ」
「ええ?」
思わず大声を出しそうになり、手で口を押えた。
(嫉妬? 女王陛下が、一介の男爵家の娘で、メイドの自分に?)
「ねえ、わたくしリハビリを始めましたの」
「りはびり、とは?」
「また絵を描き始めたのよ。でもブランクが長すぎて、全然描けなくなってて、びっくりしたわー」
「はあ……」
「まだ女王だし、公務が山ほどあってそれほど時間は割けないのだけど、二年後に王位をアルフレッドに譲ったら、本格的にイラスト……あ、絵を発表していこうと思ってるの」
「そうですか……」
シルヴィアは、エメラインが何を言わんとしているのか、真意を測りかねた。
エメラインの言葉にはシルヴィアの知らない――メリーローズとエメラインの前世――の言葉がそこここに出てくる。
そういうとき、シルヴィアは少しイラっとした。
(嫉妬しているのは、わたくしの方だ)
ランズダウン公爵家に来てメリーローズ付きのメイドになってから、ずっと何年も一緒にいて世話をしてきたのは自分なのに、横からかっさらわれてしまったような感覚がある。
(こんな感情、間違っているとわかってはいるのだが)
「なっちゃん、いえ、マリーゴールド・リックナウ先生の小説の表紙や挿絵を描きたいしね。あ、アイリス・サワー先生にも頼まれているんだった」
楽しそうなエメラインの顔から、そっと視線を逸らした。
「遅れてきた青春ってやつ? あれを楽しみたいんだ。今度こそ後悔しない人生を送りたいの」
「さようでございますか」
「そのためにも、健康に気をつけて、なるべく長生きして」
「……」
とうとう相槌さえ、止まってしまった。
「だから、あなたにお願いがあるの」
「……お願い、でございますか?」
「そう」
エメラインは目線でメリーローズを指す。
「彼女の健康に気をつけて、今度こそ長生きさせてあげて欲しいの」
「あ……」
「勿論わたくしも長生きして、できる限り彼女と一緒の時間を過ごしたいと思っているけど、順当にいけばわたくしは彼女より、数十年早く逝くことになるわ」
シルヴィアは、さすがに「そうですね」とは答えられない。
「そのときが来たら彼女のそばにいて、支えてあげて欲しいの。そしてわたくしがいなくなったその先、彼女と一緒の時間を共有して欲しいの」
「……陛下」
「……なあんてね。理解があるようなこと言っちゃったけど、だからあなたには嫉妬しているのよ。あなたはこの先、わたくしよりずっと近くで、ずっと長く彼女と一緒に過ごし、心ゆくまま突っ込みを入れられるんですもの」
「突っ込み……」
思わず笑いが漏れた。
「お時間ができましたら、チョップによる突っ込みの仕方を、ご教授願いたいと存じます」
「任せて!」
『オマエハ モウ シンパイ ナイナ』ぅわん
「……え? なにか言った?」
エメラインがキョロキョロしながら質問する。
「いいえ。……なにか聞こえましたか?」
「ええ。空耳だったのかしら?」




