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他者目線です。
オーフィリアが誘拐された、という情報が入ったのは、パメラとフィオナが城についてから、一時間も過ぎたころだった。
「御者が骨折、護衛騎士も数名重傷でうち三名は意識不明だ。意識不明者にはブラッドが入っていて、王女殿下の所在は不明だ」
パメラが一瞬よろける。何とか椅子の背もたれを強くつかむことで耐え、報告に来た騎士に真っすぐ目を向ける。
「なにか手かがりは」
「学園に戻ったところ、フィオナ嬢の相手役を務めるはずだった者が行方不明。現場に折れた剣が残されていて、その柄に刻まれた家紋を照合した結果、ローズ伯爵家のものと一致した」
「わ、私は何もしていないです……!」
フィオナの顔が真っ青になるが、騎士は貴方のことは疑っていません、と首をふる。
「意識のある騎士の話によると、殿下は指輪の魔術にて髪と目の色を変えていたようで、さらわれたときに襲ってきた相手がフィオナ嬢の名前をだしたそうだ。このことから殿下はフィオナ嬢と勘違いされてさらわれた可能性がある」
「そんな……!」
今度こそフィオナはその場に崩れ落ちた。
「ひとまずは伯爵家のタウンハウスと領地に馬を走らせている。あとは消えた執事の跡も追っているところだ」
「私も一度学園に戻り内部調査をいたします。殿下の誘拐についてまだ公にはしないのでしょう?」
「はい、国王陛下がそれをお望みではありません」
ならそれこそ学園での聞き込みなどは騎士よりも生徒のパメラの方がいいだろう。
もちろん、ブラッドの容体は気になる。今すぐにでも彼のもとへ行きたい。けれども、それよりもずっと優先するべきことがあるのだ。
「フィオナ様、私は一度学園に戻りますね。女性の騎士を付けますので、少しでも何か気になることがあればそちらまで」
それだけをどうにか言い置いて、パメラは急ぎでその場を後にした。
パメラが学園に戻ると、学園は一見なんてことない。しかし王女殿下がお忍びで通っていた、と言うことへの興奮が隠しきれていないようだ。メイドとして忍ばせていたものが一人、さりげなくパメラに近づいて声を寄せる。
「例の男ですが実際のところ執事ではなく、つい最近雇われたばかりの人間らしいです」
「そう。足取りは?」
「今詳しく調査中です」
「パメラ嬢?」
ハッと振り返ると、訝しげなレオナードがいる。もう制服に着替え、帰宅するつもりだったのだろうか。疑問に満ちた表情をしてレオナードはパメラに近づいた。
「城に行ったんじゃ……?」
パメラの視線が一瞬外されて、少し考えて。
「……フィーが誘拐されました」
「パメラ様⁉」
小さな声で告げたパメラに、メイドが驚愕する。一瞬でレオナードの顔が険しくなった。
「どういうことだ」
「詳細は不明ですが、おそらく伯爵家が関わっているかと。……なにかご存じありませんか?」
レオナードが目を伏せて真剣に考える。
「ほかに何か手がかりは?」
「恐らく、本日フィオナ様のパートナーを務める予定だった伯爵家の執事もかかわっているようです。本来フィオナ・ローズ様を誘拐するはずが、手違いでフィーを攫ったのだと私達は考えています」
執事、と呟くとレオナードが顔を上げる。
「西の裏門の近くで、やけに立派な馬車に学園から出てきた男が乗り込むのを見た。遠目から格好が執事のようだったから気になっていたのを覚えている。今からだいたい二時間ぐらい前だ」
「馬車の外見的特徴は」
パメラが思わず前のめりに聞き出す。レオナードは覚えている限りの情報を告げて、パメラがさらに聞き込みをしようとしたところで、一年目として学園に入学していた騎士が駆け寄ってきた。
「タウンハウスからローズ伯の長男が屋敷を出て移動を始めました。王都南西に向かっていて、五名で追跡中です」
「行き先をある程度見極められたら私も向かいます! それではレオナード様、このことについては内密に」
「待ってくれ!」
レオナードが頼む、と口を開いた。
「俺も同行させてほしい」
「お坊ちゃま、あなたは全くの無関係なんで、」
「いいですわ。私が許可します」
メイドの声にかぶせるようなパメラの返答に、願い出たレオナード自身も驚いた目を向ける。パメラは困ったように小さく微笑んだ。
「……ブラッド様は現在、意識不明の重体だそうです。側近兼護衛として私だけでは心許ないでしょう。それにきっと、フィーは今怖がって、震えているかもしれないわ。少しでも親しい人と一緒にいることで、落ち着けるかもしれないでしょう」
「……本当にいいのか?」
「いいわ。彼に学園においてある剣と、あと私と彼の分の馬をお願い」
てきぱきとパメラが指示を出していく。レオナードは投げるように渡された剣を腰に下げ、そして祈るように胸元で手を握り締める。
ただ、ただ。無事でいてほしかった。