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2-5

ちょっと長い町遊び


 ボートで水遊びをした次の日は、どうしてか妙な倦怠感に一日動く気になれず、またしばらくは書庫に籠っていた。しかし数日して今度はブラッドとパメラに誘われ、町を散策することになった。

「……町遊びって何をするの」

 何をすればいいのか、全くわからない。少しだけ質素なワンピースを着て、かつりとブーツのヒールが石畳を踏みしめるたびに鳴る。パメラが笑いながらフィーの手を引いてそっと耳元で囁く。

「フィー、こんな風に町に出るの、初めてでしょう? ずっと書庫にいるからいつ誘おうかずっと考えていましたの」

 町を散策したり、お土産を買ったり。気楽にこうして城や学園ではない場所を歩き回るのは、フィーにとってほとんど初めての体験だ。王族と言えばお忍び、と考える人もいるかもしれないが、王族に生まれた者として生きることに責任がある。必ず護衛を控え、前もって安全を確認された場所に、国王陛下の許可を得て、初めて王族はその場所に向かうことを許される。

 友人の思いやりにありがとう、と笑うとパメラはするりとフィーの隣から抜けてブラッドと腕を組む。

「……レオナード様。私、こうして散策するのは初めてなんだ」

 フィーの言葉にレオナードが頷く。

「奇遇だな。俺もだ」

「は? レオナードお忍びで町に出たりしないのか?」

 ブラッドが目を丸くする。レオナードは気難しい顔で頷いた。

「だいたい訓練か、時間が空いたら書庫に籠っていたからな。父や母に連れられて視察に来ることはあっても、それ以外で遊びにくることはない」

「ああ……わかる。ちょっと環境は違うかもしれないけど、でも私も外遊びよりは読書の方が好ましいな」

 レオナードとフィーの言葉にブラッドとパメラが顔を見合わせる。そしてブラッドはにんまりと、パメラは晴れやかに笑みを浮かべた。

「なら、今日は私達のデートに付き合って貰いますわ!」

「それは付き合っていいものなのか?」

 レオナードの小さなツッコミは聞こえないふり。行きましょう、と前を前を歩き出すパメラとブラッドに、フィーとレオナードは顔を見合わせると、二人の後を追いかけた。

 フィーが自由に町を散策するのは、今まで一度もないことだ。だからこそこうして気になった店を覗いたり、初めて訪ねる店で物を食べたりなんて、本当に初めての体験なのだ。

「この店、席がないけれどどこで食べるんだ」

 フィーの言葉にパメラが笑いながら噴水のふちを指さす。ブラッドがハンカチを取り出すとふちに敷いて、その上にパメラが座る。

「私はフルーツとカスタードのものがいいわ」

「わかった。フィーの分はひとまず一番シンプルなものを買ってくる。レオナード行くぞ」

「あ、ああ。待ってくれ」

 レオナードが見様見真似でパメラの隣にハンカチを敷く。ありがとう、と言ってフィーがそこに座ると、勉強してくる、なんて言いながらレオナードがブラッドについていく。

「……毒見とかは」

「あとで私がしますわ。ただ具が多くなると面倒なので、シンプルなもので許してくださいね」

「それは気にしないんだが……あ、お金払うんだろう? 私何も持っていない」

「護衛が持ってますし、私もブラッドもいざという時のために持ち歩いているわ。フィーは何も心配しないでこの時間を楽しんで下さいな」

 ね、と笑うパメラにフィーが頷いたところでレオナードとブラッドが戻ってくる。

「ほら」

 レオナードに渡されたのは、クレープの生地に砂糖とバターをつけて巻いただけのシンプルなクレープだ。まだぬくもりが残るそれを手渡されて、どうしようか悩んでいるとパメラが「一口味見させてくださいませ」と横からぱくり、と食べる。

「ふふ、おいしいわ」

「……よし、食べるよ…………」

 ドキドキしながら、まだぬくもりが残るクレープをぱくりと口に運んで、フィーは目を丸くした。

「バターと砂糖でしか味付けされていないのに、こんなにおいしいなんて……」

「バターが特別なんだ。うちの領地の山の方では牧場も盛んだ。できた乳製品を海路を使って運んだりできるからな。逆に塩害が結構あるから、農作はあまり強くない」

「だからこそ海沿いの町は完全に観光と貿易の都市として栄えさせた、か。先々代の改革だっけ」

「そう。兵力ばかりだったうちに、領地としての強みを作ったんだ。会ったことはないが結構尊敬している」

 確か一回城で習ったな、と思い起こしながらフィーはまた一口クレープを口に運ぶ。その度に自然と頬がほころんでいく。

「でも、ここから海は結構離れているよな。海沿いに屋敷は建てたりしないのか?」

「昔は海からの侵略があったらしいから、屋敷はなるべく山奥に作ったそうだ。こっから海まで、街道を早馬で走れば半日でつく。少し特殊な街道のつくりなんだが、急ぎようの道があって、馬車でも馬でもある程度のスピードで走ることが決まってる道があるんだ。元々は有事の際の騎士団用の通路だったんだが、わりと商人や急ぎの馬とかが使うようになって、ほとんど公認の黙認だ。ああ、海の方には屋敷はないが、騎士団の拠点の一つはあるから、そこに滞在することはあるな」

 ブラッドの質問にもさらりと答えるレオナードに、部屋の中で学ぶだけじゃ知りえない生きた情報がフィーの知識となる。山間の町の賑わいや領民と領主の繋がりなど、こうして実際に目にして得られることはかなり多い。適度な尊敬と畏怖を持って、確かに次期領主として顔の知られているレオナードと何人か会話をした領民の様子を見るに、ここはいいバランスで領地運営が行われているらしい。

「海路かあ、なるほどな。風を掴めばかなり早く進みそうだ」

「私の領地でも運河での運搬をしている場所もありますが、あくまで短い距離ですからね」

「マクミランじゃ陸の方に移動用の長い水路を引く計画を国に出そうとしてるところだ」

 領地運営の話に耳を傾ける。基本的に磨かれた案ばかり耳にするので、こうして最初の構想を聞くのはずいぶん楽しい。

「まあ、そんなお話はひとまず終わりにしましょう。食べ終わったら少し表の通りのお店をひやかしたいわ」

 パメラの声にフィーは学ぶことへ切り替わりかけていた思考を止める。最後の一口を惜しみながら食べ終え、立ち上がる。

「冷やかすって……どこに行くんだ」

「あら、気になった店をなんとなく見るだけですもの。行き先なんてありませんわ」

 ブラッドが当たり前のようにパメラに手を差し出して、そしてパメラもブラッドの手を取る。エスコートするよりも近い距離に、レオナードは思わずフィーを見た。

「あいつらいつもあんな風にいちゃついているのか?」

「稀に」

 簡潔なフィーの答えに、少しだけ気の毒そうな顔をされる。慣れるよその内、なんて言っていると、レオナードがフィーに手を差し出した。

「一応、レディをエスコートしていないなんて父にバレたら折檻だ」

 あきらかに取り繕った真面目そうな表情に、フィーは笑いながら手を乗せる。ブラッドとパメラよりは少し距離があるけれども、一緒に歩き出す。

「フィー、見てくださいませ。花屋がありますわ」

 花屋、と思わず呟く。

「レオナード様。私、花屋を見たことがない」

「は?」

 俺でもあるぞ、と言いたげなレオナードの視線から逃れるようにそっぽむく。花は貰うものか、庭で見るものだ。花を売っている店も、商人にも会ったことがない。

「今までどうしていたんだ」

「……庭で咲いているのを切って貰ったり……贈って貰ったり……」

「……深くは聞かないが、傍から聞くとものすごく傲慢だな」

 よし、と頷いてフィーはパメラに向かって声を上げる。

「パメラ! レオナード様がいくらでも好きな花を買ってくれるそうだからちょっと覗こう!」

「おいっ」

「レオナード? 俺が目の前にいるのにパメラに花を贈ろうなんざ、いい度胸だな」

「どこをどう取ったらそうなるんだ‼」

 わいわいと騒ぎながら店頭に集まる、どう見ても貴族のフィー達を花屋の店員は笑いながらどうぞごゆっくり、と声をかけてくれる。ここまでいろんな種類の花が並ぶのを見るのは初めてのような気がする。店内をきょろきょろと視線をさまよわせ、ライラックの鉢植えによく見るなあ、なんて頷いて。そして視線を滑らせて「あっ」と小さく声を上げた。

「フィー、どうした」

「いや……この花、サンダーソニアだよね」

「ああ。元々この国では咲かない花なんだが、うちの領での栽培に成功してからは、ちょっとした特産品だな。鉢植えはいいが、切り花の花持ちはそこまでよくないから手土産にはあまり向かないが……」

 レオナードがサンダーソニアの切り花を一つ手に取って、濡れないようにハンカチで包んでフィーに手渡す。

「気に入ったのか?」

「何度か貰ったことがあってね。かわいらしいよね」

「すまない、このサンダーソニアを一つ、マクミランの屋敷まで」

 フィーが何か言うよりも早くレオナードが声を上げる。え、と驚いてレオナードを見上げると、彼は小さく笑った。

「ブラッドもパメラ嬢にさっきひまわりとブルースターの花束を贈っていたからな。きちんと水を変えればフィーが帰るまでは咲いてくれるだろう」

 レオナードの言葉にフィーの顔が自然とほころぶ。

「ありがとう。いやあ、レオナード様を初めて見たとき、レオナード様の目の色を見てこの花の色だなあって思ってて」

 フィーの言葉にレオナードの目が見開かれる。そしてあー、と額を抑えてうめいた。

「フィー」

「なに?」

 少し悩むように視線をさまよわせて、レオナードが一言。

「……俺の目の色の花を贈ったからと言って、深い意味はないからな」

 レオナードの言葉にようやくこの贈り物がよく婚約者が贈るようなものだと気付いたのだろう。咄嗟に表情を取り繕えず、フィーの頬が赤く染まる。

「ちがっ……、違うんだ、わたく……私もそういうつもりじゃなくて」

「わかってるから落ち着け」

「ああもう……っ」

 頬が熱い。本当にそういうつもりじゃなかったのだ。レオナードの瞳の色の花をねだるなんて、本当に婚約者みたいだ。

「…………いや、すまない」

「私もごめん……」

 なんとも微妙な空気に、小さな花束を持って戻ってきたパメラが不思議そうに声をかけるまで、しばらく無言の時間が続いた。

 日差しが高くなる。持つ、と言ってくれた言葉に甘えて日傘をレオナードに預けて町を歩く。色とりどりの石畳は観光で町おこしをすると決めたときに当時貿易で親交のあった国から譲り受けた石を使っているらしい。少しだけ異国のような景色は新鮮で、それでもここもまたフィーの愛する国なのだと思えば誇らしい。

「フィー、少しブローチを見てもいいか?」

「他国からの輸入品も扱っているらしいの」

 パメラが指さす先を見てフィーは頷く。どれが似合うかしら、なんてブラッドと笑い合う姿に、友人達がきちんと避暑を楽しめているように見せてホッとする。

 もちろん、本を読みたくて引きこもっていたのがほとんどの理由だ。外に出るよりは、王都に帰るまでにあの書庫の本をできる限り読んでおきたい。またここに来られる可能性なんてほどんどないのだ。

 けれども、他にも理由はある。屋敷に引きこもっていればフィーの護衛に気を回す必要がない。どこかに出かけるたびについてきてくれるのはありがたいが、避暑の間ぐらい羽を伸ばしてほしかったのだ。

 しかしこうして一緒に外を歩き回り、純粋に楽しむ姿を見られたのならば、外に出るのもいいかもしれない。それに、思ったよりもこうして町を歩くのは楽しい。

「本読んでいたいなあ、なんて思っていたけど、結構楽しいかも」

 小さく笑うフィーにレオナードが頷いで肯定する。いつか王都もこうして見てみたいな、なんて思いながら異国から輸入したという小さなブローチを手に取る。

「何か買うか?」

 レオナードの言葉にフィーは首を振る。

「さっき花を貰ったし、いいよ。見るだけでも楽しい。これなんか、たぶん他国の魔術式だよね。使われている言語が違うから面白いな」

「読めるのか?」

「一応、隣接してる国の言葉はあらかた」

 そんな会話をしていると、気に入ったブローチがあったのだろう。さっそくワンピースの胸元に付けたパメラとブラッドが戻ってくる。

「ふふ、このブローチ、魔術式かと思えば他国のおまじないだそうですの。厄除けの魔法を意味する印が刻まれてるんですって」

「ああ、現代に機能させることは不可能な魔法言語だな」

「さすがレオナード様、詳しいね。どこの国のだっけ」

「海の向こうのだからな。一応昔仕入れて翻訳したものがうちの書庫にある」

「え、本当?」

 フィーの表情がぱっと輝いた。レオナードもきらきらした目で饒舌に話し出す。

 店先で歩くことも忘れて話し出した二人を見て、ブラッドとパメラは顔を見合わせた。どうやら町遊びは、ここでおしまいのようだ。

「さあ、続きはお屋敷に戻ってからにしな」

 ブラッドの言葉に、フィーとレオナードの返事は綺麗に重なった。


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