パンの誓いを思い出せ
「・・・・・キタコレっ、・・・・うぉーっ!」
今泣いた烏がもう笑う。
辛うじて涙くらいはこらえちゃいたが、凹みに凹んでいた男。
アイテムボックスから取り出したレンガ大の氷を見た瞬間、ご機嫌は急上昇。
今日も元気に歓喜の雄叫びをあげた。
子供か。
「おっ・・・冷たいなっ」
お子ちゃまならぬ、三十路の男。
木皿から両手で氷を持ち上げた。
「ひゃーっっ!!」
べたべたと触っては、無邪気に氷の感触を確かめる。
その冷たさに、手が痛くなってもおかまいなし。
いちいち歓声をあげつつ、首筋に当ててみたり、頬につけたりと、存分に冷たさを楽しんだ。
「すげーなーっ!!」
氷の冷たさにしびれ、手の感覚がなくなってきた。
興奮冷めやらぬまま木皿に氷を置く。
「アイテムボックス、最強じゃねー?」
どう使おうか。
とりあえず、片っ端から野菜を収獲して入れとくか?
いやいや仕込みをしてから入れとくべきか?
キノコ串なら、何本か熱々まで焼き上げてから入れときたいし。
出来上がったモノを入れといても、時間がないときは便利だろう。
でも煮物はどうしたものか。
「冷ます時間が大事だしなー」
時間経過がないのは便利だが、時間がモノをいう調理もある。
「いやー・・・アイテムボックス、時間が止まるのは困っちゃうなー♪」
ウキウキと煮物の保存を考えた。
出来立て熱々の煮物は、そんなにうまくない。
味をしみこませるべく、どんなに頑張った所で、いったん冷ました煮物には敵わない。
じわじわ冷めていく時にこそ、うまく味がしみていく。
煮物は冷めるまでが一工程。
食べる時に、また熱々まで温め直すものだ。
醤油も砂糖も見つけてないが、これだけの野菜畑。
和食でなくとも、なんとか旨い煮物は作っておきたい。
茄子っぽいのを見つければ、カポナータもいい。
ああ、でも油の問題を解決せねば。
そんでもってセロリがみつかれば、ミルポワを仕込んどくのもいい。
バターないけど、植物性の油であっても良いベースができるはず。
「うー・・・・・まずは油問題解決が一番か?」
やりたい事、欲しいモノが次々と登場する。
あー忙しい、忙しい。
時間はたっぷりあるのだけれど、忙しい。
わくわくとアイテムボっクスの活用を考えつつ、すこしずつ本題がずれてきた。
いつものことだ。
「・・・・よし、まずは食うか」
決めた。
キノコ串、あと2本は食おう。
おかわり。
白と、ピンク。
2つの味で一串ずつ作ろう。
コメがないから、黒の岩塩は封印だ。
あれは危険すぎる。
コメが欲しいと泣かされる。
イロイロと考えた男、全てをほったらかしにして己の腹を満たす事を決めた。
アイテムボックスを満たすにはモノが足らない。
足りなさすぎる。
キノコ串を大量に作り置きするにも、ウサギのツノはたったの3本。
醤油に砂糖は贅沢にしても、セロリも茄子も、油だって見つかってない。
肉もない。
食ってから考えよう。
いそいそと準備し、焼きあげた。
ガツンとパンチを入れてくる黒の岩塩は使わずに、甘いピンクとひっそり添い遂げる白。
優しくしてほしいのだ。
「あー・・・旨かったな」
小腹を満たされ満足した男は、知ってる野菜を手当たり次第に収獲しつつ畑を歩き回った。
各種のトンデモトマトはもちろん、アガー(にんにく)にハーブ。
新玉アチョーに通玉オチョー、どっちも玉ねぎ。
「どうすっかなー。野菜辞典、取りに戻るか?」
このまま新規開拓のトンデモ野菜を探すべきか。
ポイポイと収穫物をアイテムボックスに放り込みつつ、考えた。
「それもちょっとしんどいなー」
せっかくの探検、万全の状態で行いたい。
こんな時、三十路を感じる瞬間だった。
オールの翌日、ハイテンションは続かない。
急にどっと怠さがくるものだ。
ちょうど今も小腹が満たされ、眠くなっていた。
それでなくとも、昨晩は魔法の本と共に徹夜している。
今が何時かわからないが、太陽はまだまだ午前中と示していた。
こんな時、お昼寝としゃれこみたい。
布団に優しく抱かれたい。
「ベッドはあるんだけどなー・・・」
残念ながら、布団はなかった。
「寝藁・・・そろそろ良いかもなー・・・」
小麦の藁を干していた事を思い出し、お手製の物干し場へ向かう。
結構な距離があった。
ぺったんぺったん。
布草履の感触を楽しみつつ歩く。
収獲した束が二股にされて干されている小麦群が見えてきた。
森との境目の太い樹木の数本にわたって、横一列に並んでいる。
カーテンのようだ。
男の頭より下の高さで張られた木のつるに近づいた。
そこにたくさん干された小麦。
手に取って感触を確かめ、顔を近づけてまじまじと観察する。
「既にイイ感じじゃね?」
・・・・・これは。
やるしかないのでは。
文明人の素晴らしい睡眠は、己が労働で支えるしかない。
藁を干すときの大変さを思い出す。
腰も痛いし、体はバキバキ。
三十路の体にはツラい動き。
ここにきて肉体労働とは。
取りこむ苦労を考え、気が遠くなる。
もう眠いのにとうんざりしつつ、藁の状態を確かめた。
寝藁にするには十分に、乾燥している。
小麦だって、収獲もせず藁についたまま。
ついたままの粒をプチっとちぎって、白っぽい小さな実を中から取り出した。
よくわからないなりに、十分乾燥しているように思う。
「コレが小麦粉になるんだねぇ・・・・」
手の平の小さな粒。
これがどれだけ集めたら、毎日使っていたあの大量の小麦粉になるのか。
パンにピザ、パスタにソースと、なくてはならない粉だった。
製粉業者様の有難さが身に染みる。
この姿からちゃんとした粉になって、男の手に届くのは当たり前ではなかった。
素晴らしい企業様方の努力の結晶が手に入らない今、自分で努力するしかない。
ここから粉に加工する。
粉にできれば、パンが焼ける。
「パンか・・・・・」
食いたい。
これは。
やるしかない。
「・・・・・・・・・」
決定。
肉体労働、喜んで。
させて頂きましょう。
「パンの誓いを思い出せ」
己の心には問いかける。
男は静かに気合を入れた。




