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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 充実生活編
168/169

コメ食いてーっ


負けた。

しかし気持ちのいい負けっぷりだった。

悔しい。

だが気分爽快。



「こうなると、黒、楽しみだなー」



5つ目、黒い岩塩で味付けしたキノコをほうばった。

熱さはだいぶマシになっている。



口内の熱さを確かめ、男は慎重に歯を立てた。

気を抜いてはいけない。

齧りついた所からあふれ出す旨味汁が口から飛び出してしまう。

果汁たっぷり、ミニトマトを齧った時のようなプチっと感。

プチっとというより、 ブシュッと。

男の唇から飛び出す勢いで旨味があふれ出す。



「・・・・んっ」



ガツン。

音がするかと思うほどに濃い。

パンチのある味。

今までよりも強い塩味と、少し遅れて存在を主張するほんのちょっとの苦み。

肉厚さがまた素晴らしい。

さっくりと噛みきれる食感が楽しい。

上質な肉のようだ。

いや、違う。

そんなイイ肉は甘い脂を出しつつも、口内ですぐに溶けてなくなってしまう。

このスター様は居なくならない。

もうひと齧り、ふた齧りを口の中で待ってくれる。

そして称えたくなるほどに。

美しい味を惜しげもなく披露してくれる。


本当に名残惜しくも、モグモグごっくん。

飲み下した。

空を仰ぐ。

今日も青い。

すぅーっと思いっきり息をすう。



「コメ食いてーっ」



叫ばずにはいられなかった。

旨いモノを食べてストレスがたまるなんて。

ハラが減るなんて。

こんなに旨いのに、飢餓感をあおりまくる罪深さ。

なんでここに米がないのか。

コメをくれ。

その素晴らしい真っ白な魅惑のツブツブ。

ほかほかのお米をよそって。

茶碗から箸ですくい上げたい。

史上最速のスピードで口に運ぶだろう。

スター様お1つで、米一善は軽くイケる。

米を食いたい。

食わせてくれ。



「・・・・うー・・・腹が減ってきた」



少しでも気を紛らわせようと、男は考えた。

他に、この味にあわせるなら。

この苦み、独特のクセや濃い味を邪魔せず、でもすっきりと。

オツなひと口。

絶対に辛口。

大人な一杯。

熱いよりも冷たい方が良いだろう。

透明な。



「!ポン酒のひやっ・・・って、ポン酒も米じゃねーかっ」



日本酒だって、結局、コメ。

コメ、最強すぎる。



「ここの畑、なんで米ねーんだよ・・・・」



大麦と小麦の見分けがつかなかった男。

米なら見逃さない自信があった。

水田だろうと、陸稲(水なしの畑で作られる米)だろうと絶対だ。

この広くて不思議な魔女の畑。

期待と気合を入れて探検したが、魔女は米を植えていなかった。

もらったモノに文句をつけるつもりはもちろんない。

お宝食材ばかりの魔女の畑はすばらしい。

だがしかし。

それでも。

米がないのは残念過ぎる。

ぼやきの一言も出てしまうものだ。



「コメ、植えてくれよなー」



しょんぼり。

立っているのが急にダルく感じた。

しゃがみ込み、そのまま土の上に座り込む。



「・・・・・・・・・」



男はウサギのツノをぼんやりと見つめた。

ツノ串の一番奥、最後の1つ。

黒の岩塩をつかったキノコ。

採ったばかりは赤黒く、ちょっと崩れた星型のキノコ。

火が通ったことで少し黒さが抜け、より赤みを増していた。

「毒じゃない目印」であった、真ん中部分の黄色い蛍光色はその姿を消している。



「・・・・・・・・・」



真っ赤とは言わないまでも、朱色よりにも思える赤。

例えるならば、夕闇に浮かび上がる、年季が入った神社の鳥居の色。

いい色だ。

そんな赤いお星様が、真っ白のウサギのツノに刺さっていた。

これほど『映える』食材もないだろう。



「これ食ったら、またコメ食いたくなるよな・・・・」



旨いモノを食えば心は慰められる。

よくある話だ。

しかし、黒の岩塩を使ったこのキノコ。



「慰めてくれなさそう・・・・」



そんな優しさは期待できない。

ただひたすら傲慢に。

ガツンと。

スターの存在を主張するだろう。

そしてコメを容赦なく要求するに違いない。



「最後、ピンクにしときゃよかった」



もしくは白。

浅い味からという、セオリー通りの食べる順番にした串。

味の順番からすれば、これだけの個性。

正解だけれど。

けれど。

男の傷ついた心には、優しさというスパイスが欲しかった。

今、ガツンはいらない。



「・・・・・・」



食べたくない。



「・・・・・・・・・・・・・・・」



でも食べたい。




あとたった1つ。

食べてしまうのが惜しい気すらしてくる。



「食べるか・・・」



ため息をはきつつ、最後の1つを口に入れた。



「・・・・くっ」



泣きそうだ。

ツラい。

やっぱりガツンと来たこの味で。

コメが食べたくてたまらない。

こんなにツラくなるなんて。

こんなに旨いのに。

ツラい。

コメ欲しい。



「・・・・・・」



ごくん。

最後の旨汁と共にキノコのかけらが喉を通っていった。

串代わりのウサギのツノを握りしめたまま、土の上に座り込む男。

そのまましばらく放心していた。

コメがない、このツラさ。

時間が解決してくれるのか。

ぼんやりと焦点の合わぬ瞳はどこを見ているのか。

ただただ、時間だけが過ぎていく。



「・・・・・」



そうして30分は立っただろうか。

ようやく男の目に光が戻り始める。

思い出し始めた。

なぜ、今ここに。

こうして俺は座っているのか。



「・・・・・ん?」



そう本題。

キノコ串を食う事ではない。

塩の違いを吟味する事でもない。

もちろん、コメが欲しいとダダをこねることでもない。



「・・・・そっか、アイテムボックス」



アイテムボックスの質をはかる実験中ではなかったか。

スター様の誘惑にまんまと乗ってしまい、最後には傷心を抱えるに至った男。



「・・・・実験中だった」



呆然とつぶやいた。

回らぬ頭が働き始める。

10分以上経っても、火傷をするほどに熱々だったキノコ串。

旨かった。

ツラかった。

それは置いといて、大事なのは熱々だったということ。

ということは。



「もしかして」



はっと気付いた男。

アイテムボックスからまずは木皿を取り出すことにした。

男の手の中ではなく、土の上に直接置くように意識する。

離れた所のモノが収納できるなら、離れた所に出せるはずだ。



「・・・よし」



ほどなく、目の前の地面に大きな木皿が現れた。

続けて男は集中した。

エアーな取り出し。

冷たい氷を取り出したい。

レンガほどの大きさの、ブロック氷。

あれからどれだけの時間が経っただろうか。

1時間はとうに過ぎているはずだ。

この気持ちの良い晴天。

外に置いた氷ならば、デロンデロンに溶けている。

はたして。

木皿を取り出すよりも若干の間があった。

イメージが難しい。



「・・・・・来たっ!」



目の前の木皿の上。

ずっしりと重そうな、レンガ大の氷が1つ。

まったず溶けることもなく、収納したときのままの姿で現れた。



「・・・・・キタコレっ、・・・・うぉーっ!」



今日も元気に男は雄叫びをあげた。


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