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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 充実生活編
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本題はどこに行ったのか



「出でよ、スターッ!」



シャキーンと天に向かって掲げた右手に、忽然と現れた星型キノコ串。


はたしてアイテムボックスの質はどうなのか?

熱々の串は、まだ熱々でいてくれるのか?



その結果を、男はすぐに身をもって知ることになる。



瞬間。



「・・アツッ!」



右手に感じた熱すぎる汁。

火傷するレベル。

天に掲げたキノコ串から、ボタボタと垂れた熱々の汁。

凶器ともなったそれが、現れるなり男の右手を襲った。

なかなかのダメージ。

その痛みに慌てて右手をおろし、串を左手に持ち替え。

これ以上、汁が落ちぬよう今度はしっかり逆さにして右手に持った。



「うーわ、やっべーっ」



焼く際には抜かりなく、旨味を逃さぬように。

水分が垂れてしまわないようにと。

逆さに持ち替えたり炎の方向を変えたりしていたのに。



「もったいねーっ」



変な出し方するから。

気負った分、裏目に出てしまった。

ごめんなさい。

スター様は旨そうなまま。

魅力的なお姿を保っていらっしゃったのに。

信じる心が足りなかった。

反省。

そんなことを考えつつ、改めて観察する。

串は見るからに焼きたて、出来立て熱々だった。



「・・・・・・・旨そうっ」



もう我慢はいらない。

解禁だ。

ようやく食える。



「いただきまっすっ!!!」



この時を待っていたとばかり、急いで口に運んだ。

一番先についた1つを口に入れる。



「ふぉっ・・ほっ・・・・ほふっ」



結構な大きさの熱い塊が、口の中を占領する。

たこ焼きを食べるがごとく、はふはふと熱を逃がした。

熱すぎてちゃんと食べられない。

口の中でその塊を転がした。



「ほぉふっ・・」



けれど早く。

もっともっと。

味を確かめたい。


ここは勝負だ。

料理人、なめんな。

妙な意地でもって、男は熱さに負けじと歯を使う。

熱いけれども、唇はしっかりと閉じた。

飛び出るであろう汁は、絶対に逃したくない。



じゅっ。



ほんの少し。

ひと齧り。

たったそれだけの刺激で、閉じた口からも外に飛び出しそうなほどのその勢い。

水風船が割れるがごとく。

あふれる出る熱い汁。

歯を立てる度に、じゅっじゅ、じゅわり。

口内いっぱいにあふれる旨味。



「ぅんっ・・・」



わかっちゃいたけれども、その衝撃に声がもれた。

だが言葉にはなっていない。



旨い。



熱さに抗いつつ、弾力のあるキノコを噛んでいく。

噛むたびに旨さがあふれた。

どんだけ水分たっぷりなんだ。

スター最高。

噛み砕くのもほどほどに、飲み下して間髪いれずに2つ目に食らいつく。

ただひたすらに旨い。



そして3つ目。



「・・・・んっ?!」



明らかに味が変わった。

同じキノコ、旨味はもちろんそのままだ。

変わらず旨い。

だが違う。

絶対に違う。

その変わり身に、仕掛けた男も改めて驚いていた。



「・・・・・」



こんなの初めて。

目を閉じ、酔いしれた。

感じる旨味により甘さが混じっている。

嫌な甘みではない。

スィーツなどの甘みとはもちろん違う。

人工的なモノではなく、あくまで素材が持つ自然な範囲。

その範囲のキワキワを攻め立てるかように、鮮やかな甘さ。

スター様がお着換えをなされたか。

新たな魅力が男を捉えて離さない。



「・・・・はぁーっ」



3つ目を食べ終わり、感嘆の吐息がもれた。

改めて、残ったキノコ串をまじまじと見つめる。



いや、もうホントに。

これすげえ。



降参。

参った。

首をふりつつ、4つ目へ。

旨い。

旨いが、旨いという言葉以外に何かちゃんとした言葉はないものか。

この旨さ、旨いというだけでは全然足りない。

無茶苦茶な旨さ。

脱帽とはこの事か。



「こんなん、反則」



悔しい。

料理人いらない。

プロの技なんて必要がない。

修行の日々をあざ笑うかのように。

ただ塩を変えただけで、こうも味に違いが出せるとは。



「誰が作ったって、旨くなるじゃねーか」



やはり、素材の強さはあなどれない。

切実に日本の店の皆に、食べさせてやりたかった。

あいつらは、何を言うだろうか。

想像ができそうで、できない。

ただ間違いなく、盛り上がるはず。

うるさそうだ。



ピンクの岩塩。



3つ目、4つ目のキノコに使った塩だった。

素材の甘みを最大限に引き出す、不思議な塩。

利き塩をして、知っちゃあいたけれども。

改めて思い知らされるその実力。

今となっては姿も見えぬその塩が、呆れるほどの仕事をしていた。

食べた者を唸らせるほどのイイ仕事。

料理バカでもバカ舌でも。

この塩を使えば、誰だって天才料理人になれる。

なんだか悔しくなった。


もちろん意図をもって、男がちゃんと味付けをしたものだ。

ふりかけた、絶妙にぴったりの塩の量。

塩をかけるだけと言えどもプロの技。

狙い通りの味。

いや。

男の狙いなんて、とっくに。

ちっぽけな人間の意図なんて、はるかに。



「・・・・超えてきたよなー」



しみじみと口にする。

負けた。

完敗だ。

しかし気持ちのいい負けっぷりだった。


男の中で、既にアイテムボックスの質を確かめる実験は二の次、三の次になっていた。

忘れているかもしれない。

それぐらいの衝撃。


本題はどこに行ったのか。

目的は何だったのか。

なにゆえに、アツアツのキノコ串を焼いて食べているのか。

完全に目的を見失っていた。

しかし男はそんな細かい事には気付かない。

優先順位は味。

料理。

味の考察に必死であった。



「こうなると、黒、楽しみだなー」



悔しさと敗北感、そして爽快感と共に。

ウキウキと、黒い岩塩をふった5つ目のキノコを味わうべく、口に入れた。


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