旨いままでいてくれよ
「オレって、すげえ~っ!!!」
無事、空間魔法が使えると分かった男。
「うぉ~っ!!!」
「すげぇ~!!!」
「うぉーっ!!!」
興奮冷めやらず、トマト畑で雄叫びをあげる。
天に向かって、「うぉーうぉー」と何回も。
いつも変わらぬ、ワンパターンな雄叫びだった。
はしゃぐ男、どうやらヒャッハーは知らないらしい。
語彙力の乏しさは雄叫びにも現れるようだ。
俺なら使えると思ってた。
やっぱりできた!
オレってすげえ!
小躍りせんばかりに、全身で喜ぶ男。
手に持った黒玉トマトが危ない。
うっかり力が入り過ぎて、ぐしゃりとつぶれてしまいそうだ。
「おっ・・・やべーやべー」
ガッツポーズをしようとして、トマトの危機に気付く。
「悪い悪い・・・・・・ごゆっくりお過ごしください」
トマトに謝り、そっとしまう。
気持ちの上では最敬礼。
そっと、そぉーっと。
男の手からアイテムボックスへと消えていく。
なんせ、買ったら超お高いに違いない、極上お宝黒玉トマト。
失礼があってはならない。
カラの両手を見つつ、徐々に冷静さが戻る。
「・・・・お次は質だな」
問題は量より質。
質が良ければ、アイテムボックスの時間経過が止まる。
つまり、食材が劣化しない。
業務用冷蔵庫も冷凍庫も買わずにすむ。
「冷やして、凍らせてから入れれば良いだけだしな」
なんでも氷魔法というのもあるらしい。
単純にモノを凍らせる魔法と理解していた。
中級編、上級編で戦闘に使う氷魔法は、そんな単純なモノではないのだが。
凍らせる調理ができる。
男にはそれだけで十分満足だった。
「質は絶対、良いものであってほしいよな」
量は最低限でもかまわない。
少ない人でも大型の馬車一台分。
それなら十分。
見たことはないが、大型というのなら馬は2頭立ての馬車だろう。
馬だってあんなに大きいのだ。
ハコはもっとデカいはず。
押し入れ3つ分程度かと思ったが、もっとデカいだろう。
押し入れなら、5つか6つあるかもしれない。
だったら十分。
食材の保管には困らない。
ついでに皿だってしまっておけそうだ。
だから量よりも質。
絶対に質。
良いモノであってほしい。
「・・・・とは言っても、確認に何日もかかるのはなぁ」
アイテムボックスに入ったトマトの劣化を、毎日確認するのは気が長い。
いや、食材管理は毎日するけど。
そうではなくて。
早く知りたい。
「今だろ、今」
今すぐ知りたいのだ。
「・・・・・いったん戻るか」
本を拾い、家に戻ることにした。
実験するには道具が足りない。
駆け付けた勢いとはうってかわって、ゆっくり歩く。
「どうすっかなー・・・」
ペタペタ歩きつつ、方法を考えた。
ホントはこのまま、色んな野菜を収獲し、家でがっつり料理して。
皿にのせたまま、アイテムボックスに保管して様子をみたい。
「でもそれじゃあ、時間がかかるし」
却下だ。
もちろん後でやってはみるけど。
今すぐやるべきことではない。
「・・・・一瞬でわかる方法ってないかねー」
一瞬は望みすぎだとしても。
「5分10分でわかるんなら、いいんだけどなー」
結果は素早く、迅速に。
知りたい。
知るべし。
知りたかろう。
実験とか、検証とか。
昔から好きな作業だった。
料理を極めるには理科必要。
バケ学(化学)、生物学、天文学、気象学、その他モロモロ。
難しい事はわからずとも、かじっただけでも料理につながる知識がもらえる。
高校入学当時より、調理師学校への進学を公言していた当時。
大学受験もしないのにと、周りが首をひねるほどに、理科に関する授業は熱心だった。
「・・・・やっぱ、熱が冷めるのを確かめるのが一番早いか」
厨房で木皿に塩、ウサギのツノ、ハンティングナイフをアイテムボックスにしまう。
魔女にもらった白い服にはカーゴパンツのようなポケットがない事に若干不満があったものの、アイテムボックスによってその不満も解消した。
思った時に右手にさっと現れる、抜身のハンティングナイフ。
すばらしい。
またぷらぷらと歩き、畑に戻った。
着いたのは、パッと見が茶畑のような、低い生垣がもっさりしているエリアだ。
当然ながらここも広い。
一面、視界に拡がる茶畑。
しかし採れるのはお茶っ葉ではない。
「一番指名は、スターなアナタでしょう・・・・」
呟きつつも、生垣に手を伸ばす。
ナイフも使わず、素手でぶちっとちぎって、器用にその実を収獲する。
片手に満杯の量6つ。
赤いスターな模様の赤黒いキノコ。
魔女おススメ、これが旨いのだ。
アイテムボックスからウサギのツノを1本、取り出した。
耐熱ばっちり、金串替わりの優れモノ。
もう何本か欲しい。
「サクッとやっちゃうか」
手際よく、串代わりのウサギのツノにキノコを刺していく。
あいかわらずのマッシュルームな弾力。
ちなみのこのスターなキノコ、椎茸のような軸の部分は無いに等しかった。
串にも刺しやすい。
お次に砕いた岩塩をアイテムボックスから取り出し、パラパラと振りかけた。
手始めに根元の二つには黒の岩塩だ。
素材にガツンと塩味を効かせてくれる。
ほんのちょっとの苦みが大人なクセのある味。
スターなキノコにはぴったりだ。
真ん中の2つはピンク。
素材の自然な甘みを存分に引き出す、なんとも不思議な岩塩。
日本で買ったら、100グラムでいくらするのか。
何万か、何十万か、3桁行くのか。
気になるところだろう。
残りの2つは無難な白。
余計な主張をすることもなく、食材にそっと寄り添う塩味の薄い岩塩。
下拵えには欠かせない、ケンカを売らない味。
主役をしっかり引き立ててくれる頼れる脇役である。
「ダイレクトに出し入れできるのはいいんだが・・・・入れ物欲しいな」
砕いた岩塩は、ひとつまみの形にした指へ直接現れた。
収納する際も容器を必要とすることなく、手に取ったままにアイテムボックスに入っている。
便利と言えば、便利なのだが。
できれば、塩コショウ入れのような振り入れられる容器に入れたかった。
塊を砕いてくれる電動ソルトミルなら、なお有難い。
岩塩を砕くのは結構大変な作業なのだ。
「電動・・・って所で、ムリなんだろうけどなー」
この世の無常を嘆きつつ、エアーなガス火をつける。
今回は業務用ガスコンロ型ではなく、アウトドア用のアルコールランプのようなガス火タイプ。
狙った空中に出現した炎で、じっくりとキノコ串を炙った。
遠火の強火。
丁寧に火を通した。
裏側の真っ白な椎茸っぽいヒダの所に、じわっとたまる水分を落とさぬように。
逆さに持ちつつ、炎の向く方向も抜かりなく調節する。
「ん・・・・そろそろいいだろ」
火を消した。
見るからに熱々、それはもう旨そうに焼きあがっている。
「今食ったら、旨いだろうな」
食わずとも、旨いとわかる。
ひと口齧れば、ジュワッと汁があふれるに違いない。
旨味が口の中で大洪水。
想像するだけで、自然と唾がたまる。
「・・・・今すぐ食いてぇー」
コレがお預けなんて、拷問か。
泣く泣くアイテムボックスにしまう。
容器を必要としない塩同様、皿を必要とせず、キノコ串はダイレクトに入っていった。
あの消え方なら、大事な水分を失うことはないだろう。
「旨いままでいてくれよ・・・・」
カラの右手を見つめ、男はスターなキノコ様の無事を願った。