魔男デビュー
『 魔法とは
イメージ大事
実践あるのみ
訓練あるのみ 』
初級本の最初のお言葉。
アツい情熱でもって、作者は語る。
暑苦しいなんて言ってはいけない。
愛だろ、愛。
そういうことだ。
同じくアツい、暑苦しい料理愛を持つ男。
この本の作者に好感を持っていた。
ジャンルは違えど、自分と似た匂いがする。
仲良くなれるに違いない。
アツい作者が語るままに、ウッドデッキの丸テーブルに本を持ち出した。
昨夜は旨いメシを食べ、ぐっすり寝たことで冷蔵庫ショックから立ち直っている。
今日もすっきり、空気が旨い。
さっそくやってみるのだ。
「マオトコデビューだなっ」
しかし、魔女ならぬ魔男。
別の呼び名はないものか。
そこはちょっと不満だった。
ちなみに魔法使いという単語は、男の頭にチラリとも浮かんでいない。
魔女の男バージョンは、魔男。
残念ながら語彙力は乏しいようだ。
「いっちょやってみるかーっ、実践あるのみっ」
やる気満々。
どっかり椅子に座り、ふんぞりかえった。
既に人差し指には通訳指輪を装着済み。
飲み物だって準備した。
エアーな水ジョッキだ。
準備万端。
いそいそと本を開いた。
初級本の最初のページは、身体強化の訓練だ。
テンションがちょっと下がる。
どうしてもツラい記憶が蘇ってしまう。
大人は1日、1回。30分。
訓練あるのみ、半年間。
半年たったら、1時間を1年間。
「んー・・・・・・」
オーバーヒートの記憶は男を躊躇わせた。
「・・・・・・」
ツラくないと言うけれど。
「・・・・・・」
30分だけなら、いつでもできるし。
今日もまだ始まったばかり。
「・・・・後回しだな」
そのままペラペラと本をめくる。
別に本の並び通りにやらなきゃいけないルールもないし。
やりたいのから、やってみるか。
そして見つけたのが空間魔法のページだった。
「・・・・・・すごくね?」
空間魔法。
昨日は完全に見落としていた。
なんとなく理解するだけでせいいっぱいで、わかったつもりになっていた。
自分がどう使うのか。
どう使えるのか。
よくわかっていなかった。
「・・・・・冷蔵庫、いらないかもしんねーぞ」
アイテムボックス。
改めてわかるその凄さ。
体が震えた。
最低でも大きめの馬車1台の量というのはピンとこないのだが。
馬って結構デカい生き物。
馬車っていったら押し入れ1つか、2つ分にはなるんじゃないか。
いやいや、大きめの馬車って言うぐらいだから押し入れ3つ分かもしれない。
夢は広がった。
それだけあれば、ありとあらゆる食材の仕入れの荷物持ちには困らない。
そしてそして。
男にとって大事なのは質の話。
時間経過がないとは、これ如何に。
「・・・おぉ~?」
夢、いや幻の保存方法。
「食材が腐らないってことじゃね?」
発酵させたい時には困るだろうが。
それどころか。
「出来立てアツアツが、いつまでたっても熱々ってか!!」
こりゃすげえ!
思わずガッツポーズで立ち上がった。
座ってなんていられない。
今すぐ、行かなければ。
椅子がガタンと後ろに倒れたのにも気が付かないほどに大興奮。
頭に血が昇ったのか、顔が赤くなっている。
立ち上がった勢いのままに、本を片手に駆けだした。
向かうは畑。
目指すは新鮮、お宝食材。
採れたて野菜を確保すべく、男まっしぐら。
お手製草履の走りづらさをものともせず、気が急くままに走った。
ちなみに男は楽天的な人間である。
物事のプラス面を都合よくとらえ、マイナス面はあまり気にしない性質。
空間魔法の冒頭に書かれている所は、もちろん読んでいた。
読んだけど、わかっていなかった。
『 あまり授かることが少ないレアな属性魔法 』
皆が使える魔法じゃない。
それどころか、使える人の少ない魔法。
レアとはつまり、そういうこと。
冒頭で、作者はそう断りを入れていた。
普通に考えると、使えない魔法という可能性があるだろう。
だがしかし。
そんな不安は微塵もなかった。
考えもしていない。
妙な自信。
使えると疑うこともなく。
男は駆ける。
こと料理に関する限り。
ちょっとでも、かすりでも関係する限り。
不可能はない。
男は自らの才能を信じていた。
才能におごることなく、努力怠るベカラズ。
これぞ天才が天才たる所以。
常日頃より、自分に言い聞かせる言葉だった。
「着いたっ・・・」
魔女の家の敷地は広い。
畑も広い。
息を切らした男がたどり着いたのは、色とりどりのトマト畑。
支柱もないのに、重い実をいくつもつけた蔓性の植物が、ちゃんと天に向かって自立している不思議なゾーン。
息を整えつつ、物色する。
まずは絶対コレだろう。
真っ黒いトマト。
味は極上、初めて食べた高級トマトだ。
息が整うまでじっくり観察する。
相変わらず、見た目は悪かった。
緑が濃すぎて、緑というより黒っぽく見える長めのヘタが、黒光りする丸い実にからみついている。
触手を操る生き物みたい。
なんかグロイ。
「これが旨いって、トンデモ野菜はわからんよなー」
見た目にも旨そうな、つやっつやの朱色のトマトを横目につぶやく。
地球であれば、ピンク種に分類されるもの。
日本のスーパーに出回る、一般的な赤いトマト。
よく見るものだ。
だがしかし。
もう騙されない。
ひと口、キケン。
痛いくらいの激辛トマトに泣かされたのは、まだまだ記憶に新しかった。
本を開いたままそっと地面に置き、黒トマトを両手いっぱいに収獲する。
その数、5個。
大変立派な、大玉ばかり。
「ザル、持ってくればよかったな」
もう持ちきれない。
持つだけなら、あと2個はいけるが持ったままの収獲ができない。
仕方ない。
「やるか」
本のそばにしゃがみ込む。
開いたままのページでおさらいする。
作者曰く、大事なのはイメージ。
イメージ・・・・。
収納するイメージ。
「トマトの収納ってったら、アレだろ」
男は店で使っている業務用冷蔵庫を思い浮かべた。
頭の中で、銀色のデカい扉を開く。
トマトの定位置、籠の中に、無造作にトマトをしまう・・・・。
「おっ!」
両手のトマトが消えた。
「しまえたっ!!・・・・すげーっ!!!」
大興奮。
カラの両手を見つめる。
なんとも不思議だった。
「じゃあ、取り出しだな」
銀色のデカい扉を開く。
籠の中のトマトを一つ、手に取った。
「・・・・おっ」
お手テの中にはトマトが1つ。
「・・・・すげえ」
声がかすれた。
もう一つ、取り出してみる。
お手テの中にはトマトが2つ。
「ほんとにすげえ」
記念すべき魔男デビューの日。
この日もいつも通り。
テンションはぐんぐんとあがっていく。
ご機嫌だ。
わかりやすく調子にのった。
通常運転、自画自賛。
「オレって、すげえ~っ!!!」