表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 充実生活編
163/169

調子に乗るまであと少し


「ギブミーオレに冷蔵庫~っ!!!」



受け入れがたい現実。

気持ちのおさまりがつかなかった。



「・・・・・っ」



想像しただけでストレスフル。

椅子に座ったまま、両手で頭をかきむしる。



「のぉ~っ・・・・」



呻き声にしてはやけに大きい。

しばらくそうして静かになったが、次の瞬間。

頭から両手をはずして、両手を振りあげ、天に向かって。

ここまでの、大袈裟な身振り手振り。

「おー神よっ」とか言いそう。

絶望した演技の舞台役者のように。



「・・・・・っ」



だが男が腹から声を出したのは、次の一声だ。



「冷蔵庫~っ!!!」




わかった、わかった。

冷蔵庫、欲しいのが買えなかったのか?

まあ、またイイのがあるだろうから。

な。

気にすんな。

飲みにでも行っとくか?




大声でわめいて、肩で息をした男。

一転して俯き、沈黙する。



「・・・・・・・」



肩を落とした丸い背中。



「・・・・・・・」



慰めてくれる同僚はここにはいなかった。

優しく慰めてくれる彼女は、地球にもいない。

男は独り。

怒っていた。

悲しんで、そして凹んでいた。



不都合な真実。



戦争があるのは仕方ない。

残念だが地球でだって、どこかで毎日戦争が起こってるんだ。

それが世の中、受け入れよう。

車に飛行機、電車がないのも仕方ない。

ケツの犠牲に目をつぶれば、馬車の旅だって趣があるはず。

大草原を脱出した気の遠すぎる旅を思えば、ラクなもんだ。



「・・・・・・・・・」



だからいい。

仕方ない。


でも。



でもでもでも。

でもだってしかし。



「・・・・・」



男は独り。

こらえきれない涙が一粒、机に落ちた。

ぽつりと呟く。



「・・・・冷蔵庫・・・・・欲しかった・・・・」



こらえた涙のせいで、鼻水の気配がした。

ティッシュペーパーなどという贅沢品はない。

顔でも洗うか。

洗面所もない。

肩を落としたまま立ち上がり、ぺたぺたと歩く。

厨房の土間に置いてある、外履きに履き替え、お勝手口から外に出た。


外に出てすぐ顔を洗う。

エアーな水道が使える男が居る場所、そこがすなわち洗面所。

なんだかんだと魔法は便利だ。

既に生活になくてはならないものになっていた。



外は暗くはないが、もうすぐ日没のようだった。

鬱々とした気分で、赤くそまる空を見上げる。

1日中、本当に読書で終わってしまった。

贅沢な時間。

だが満足は得られず、充実感もない。

しばらくそのまま、赤い空を眺めた。



そういえば。



「腹が減ったな」



徹夜明けの早朝、畑の野菜を食べてから何も口にしていない。

昨晩に作ったカチャトーラはまだ十分残っていた。



「飯にするか」



大事に大事に氷と共に保存していたカチャトーラ。

冷蔵代わりの氷を今日は一度も取り換えていないが、悪くなってないだろうか。

家に戻って蓋代わりの平な木皿をそうっと持ち上げた。

カチャトーラを入れた深皿をのぞきこむと、少し表面が乾いている程度。

大丈夫そうだ。

鉄板の上に戻し、しっかり火を通した。

カピカピ感をフォローするように、黒トマトを1つ、手早く刻んで追加する。

厨房に漂うイイ匂いに、男の心も和んできた。



「やっぱ空腹にはニンニクの匂いはたまらん」



アガー様様だ。

火を通しても鮮やかなコスモスの花びらの色は変らないようだ。

コスモスならぬ、アガー。

すばらしい。



「今日は外で食うか」



読書をした室内のテーブルで食べる気にはなれなかった。

来た当初の本棚の近くに置いてあった丸テーブル。

今は玄関前のウッドデッキが定位置だ。

風も気持ちいいし。

日暮れを迎えたって、まだまだ明るい。

暗くなっていく景色を見ながら、食べる飯は旨かろう。

日本ならば日暮れの前後から、厨房は息つく間もなく忙しい。

厨房戦士の活躍があるから、ゲストは皆、ゆっくりと食事を楽しめるのだ。

そんな時間にゆっくりと食える飯。

贅沢だ。



1日おいて、味がなじんだのか。

昨日よりも旨く感じたカチャトーラで、男の気分はゆっくりと浮上した。

満腹になり、徹夜明けの読書疲れの眠気が男を誘う。

早々に寝る事にした。



寝入る寸前で思い出す。



「魔女は、今日から訓練って言ってたけど・・・」



今から身体強化の訓練なんて。

もう寝るし。

ダイエットは明日から。

そう言うし。



明日にしよう・・・・・。



横になってすぐ、深い眠りについていた。




翌日、信号木の木の下で、気分よく目覚めた男。

兄弟達に挨拶し、畑の採れたて野菜を朝飯に食べ、シャワーを浴び。

すっきりとした頭で、玄関前のウッドデッキに置かれた丸テーブルに向かっていた。

手には魔法の本。

初級編。



実践あるのみ。



一晩寝たら、嫌な事は忘れてしまえる。

なんて便利なトリ頭。

やる気満々で本を開いた。



「何からすっかな~」



パラパラと本をめくる。



空間魔法のページで手をとめた。



「・・・・これって」



アイテムボックス。



あまり授かることのない、レアな属性。

人により、質と量の程度が違う。

量とはすなわち、大きさの事。

稀に途方もなく、大きな空間が使える人もいるが、比較的大きい人で、宿屋の部屋一つ分。

小さい人なら、大きめの馬車1台分。

収納できる魔法。

念じただけで、生き物以外は目に見えない空間に出し入れすることができる。


質とは入れたものが、劣化するかどうか。

通常の時間軸で保存されるものから、質が良いと時間軸がゆっくりとなってくる。

アイテムボックス内では、3日経っていても1日分の劣化しかなされなかったり。

最上質なら、保存時の時間軸から何日経っても劣化することがなく、保存時の状態が保たれる。



「・・・・・・すごくね?」



昨日はあまりピンときていなかったページだった。

食材は基本、店に送ってもらうものだし。

試食に使うモノだけを、現地から手で持って帰る程度。

淡路島に旨いモノを買い出しに行くときは、もっと両手に持てたならとは思っていたけど。

モノをたくさん持てなくて、そんなに困った事はない。

運送業者にお任せしたらいいのだから。



だからあんまり食いつきは良くなかったと思う。

だがしかし。

イイ冷蔵庫が手に入らないと分かった今。



「・・・・・冷蔵庫、いらないかもしんねーぞ」



体が震えた。

コレが使えたなら。

冷やす機能は諦めるとしても。

別でたぶん補える。



入れた時から劣化しない。



ソレ大事。

魔女曰く、劣化することがない。

つまり、食材が腐ることがない。

廃棄が出ない。

それどころか、保存食が新鮮野菜。

出来立てアツアツ、豪華飯が保存食に。



「・・・おぉ~?」



夢の保存方法。



男のテンションは完全に浮上した。

調子に乗るまであと少し。

今日も楽しい1日になりそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ