調子に乗るまであと少し
「ギブミーオレに冷蔵庫~っ!!!」
受け入れがたい現実。
気持ちのおさまりがつかなかった。
「・・・・・っ」
想像しただけでストレスフル。
椅子に座ったまま、両手で頭をかきむしる。
「のぉ~っ・・・・」
呻き声にしてはやけに大きい。
しばらくそうして静かになったが、次の瞬間。
頭から両手をはずして、両手を振りあげ、天に向かって。
ここまでの、大袈裟な身振り手振り。
「おー神よっ」とか言いそう。
絶望した演技の舞台役者のように。
「・・・・・っ」
だが男が腹から声を出したのは、次の一声だ。
「冷蔵庫~っ!!!」
わかった、わかった。
冷蔵庫、欲しいのが買えなかったのか?
まあ、またイイのがあるだろうから。
な。
気にすんな。
飲みにでも行っとくか?
大声でわめいて、肩で息をした男。
一転して俯き、沈黙する。
「・・・・・・・」
肩を落とした丸い背中。
「・・・・・・・」
慰めてくれる同僚はここにはいなかった。
優しく慰めてくれる彼女は、地球にもいない。
男は独り。
怒っていた。
悲しんで、そして凹んでいた。
不都合な真実。
戦争があるのは仕方ない。
残念だが地球でだって、どこかで毎日戦争が起こってるんだ。
それが世の中、受け入れよう。
車に飛行機、電車がないのも仕方ない。
ケツの犠牲に目をつぶれば、馬車の旅だって趣があるはず。
大草原を脱出した気の遠すぎる旅を思えば、ラクなもんだ。
「・・・・・・・・・」
だからいい。
仕方ない。
でも。
でもでもでも。
でもだってしかし。
「・・・・・」
男は独り。
こらえきれない涙が一粒、机に落ちた。
ぽつりと呟く。
「・・・・冷蔵庫・・・・・欲しかった・・・・」
こらえた涙のせいで、鼻水の気配がした。
ティッシュペーパーなどという贅沢品はない。
顔でも洗うか。
洗面所もない。
肩を落としたまま立ち上がり、ぺたぺたと歩く。
厨房の土間に置いてある、外履きに履き替え、お勝手口から外に出た。
外に出てすぐ顔を洗う。
エアーな水道が使える男が居る場所、そこがすなわち洗面所。
なんだかんだと魔法は便利だ。
既に生活になくてはならないものになっていた。
外は暗くはないが、もうすぐ日没のようだった。
鬱々とした気分で、赤くそまる空を見上げる。
1日中、本当に読書で終わってしまった。
贅沢な時間。
だが満足は得られず、充実感もない。
しばらくそのまま、赤い空を眺めた。
そういえば。
「腹が減ったな」
徹夜明けの早朝、畑の野菜を食べてから何も口にしていない。
昨晩に作ったカチャトーラはまだ十分残っていた。
「飯にするか」
大事に大事に氷と共に保存していたカチャトーラ。
冷蔵代わりの氷を今日は一度も取り換えていないが、悪くなってないだろうか。
家に戻って蓋代わりの平な木皿をそうっと持ち上げた。
カチャトーラを入れた深皿をのぞきこむと、少し表面が乾いている程度。
大丈夫そうだ。
鉄板の上に戻し、しっかり火を通した。
カピカピ感をフォローするように、黒トマトを1つ、手早く刻んで追加する。
厨房に漂うイイ匂いに、男の心も和んできた。
「やっぱ空腹にはニンニクの匂いはたまらん」
アガー様様だ。
火を通しても鮮やかなコスモスの花びらの色は変らないようだ。
コスモスならぬ、アガー。
すばらしい。
「今日は外で食うか」
読書をした室内のテーブルで食べる気にはなれなかった。
来た当初の本棚の近くに置いてあった丸テーブル。
今は玄関前のウッドデッキが定位置だ。
風も気持ちいいし。
日暮れを迎えたって、まだまだ明るい。
暗くなっていく景色を見ながら、食べる飯は旨かろう。
日本ならば日暮れの前後から、厨房は息つく間もなく忙しい。
厨房戦士の活躍があるから、ゲストは皆、ゆっくりと食事を楽しめるのだ。
そんな時間にゆっくりと食える飯。
贅沢だ。
1日おいて、味がなじんだのか。
昨日よりも旨く感じたカチャトーラで、男の気分はゆっくりと浮上した。
満腹になり、徹夜明けの読書疲れの眠気が男を誘う。
早々に寝る事にした。
寝入る寸前で思い出す。
「魔女は、今日から訓練って言ってたけど・・・」
今から身体強化の訓練なんて。
もう寝るし。
ダイエットは明日から。
そう言うし。
明日にしよう・・・・・。
横になってすぐ、深い眠りについていた。
翌日、信号木の木の下で、気分よく目覚めた男。
兄弟達に挨拶し、畑の採れたて野菜を朝飯に食べ、シャワーを浴び。
すっきりとした頭で、玄関前のウッドデッキに置かれた丸テーブルに向かっていた。
手には魔法の本。
初級編。
実践あるのみ。
一晩寝たら、嫌な事は忘れてしまえる。
なんて便利なトリ頭。
やる気満々で本を開いた。
「何からすっかな~」
パラパラと本をめくる。
空間魔法のページで手をとめた。
「・・・・これって」
アイテムボックス。
あまり授かることのない、レアな属性。
人により、質と量の程度が違う。
量とはすなわち、大きさの事。
稀に途方もなく、大きな空間が使える人もいるが、比較的大きい人で、宿屋の部屋一つ分。
小さい人なら、大きめの馬車1台分。
収納できる魔法。
念じただけで、生き物以外は目に見えない空間に出し入れすることができる。
質とは入れたものが、劣化するかどうか。
通常の時間軸で保存されるものから、質が良いと時間軸がゆっくりとなってくる。
アイテムボックス内では、3日経っていても1日分の劣化しかなされなかったり。
最上質なら、保存時の時間軸から何日経っても劣化することがなく、保存時の状態が保たれる。
「・・・・・・すごくね?」
昨日はあまりピンときていなかったページだった。
食材は基本、店に送ってもらうものだし。
試食に使うモノだけを、現地から手で持って帰る程度。
淡路島に旨いモノを買い出しに行くときは、もっと両手に持てたならとは思っていたけど。
モノをたくさん持てなくて、そんなに困った事はない。
運送業者にお任せしたらいいのだから。
だからあんまり食いつきは良くなかったと思う。
だがしかし。
イイ冷蔵庫が手に入らないと分かった今。
「・・・・・冷蔵庫、いらないかもしんねーぞ」
体が震えた。
コレが使えたなら。
冷やす機能は諦めるとしても。
別でたぶん補える。
入れた時から劣化しない。
ソレ大事。
魔女曰く、劣化することがない。
つまり、食材が腐ることがない。
廃棄が出ない。
それどころか、保存食が新鮮野菜。
出来立てアツアツ、豪華飯が保存食に。
「・・・おぉ~?」
夢の保存方法。
男のテンションは完全に浮上した。
調子に乗るまであと少し。
今日も楽しい1日になりそうだ。