ギブミーオレに冷蔵庫~っ!!!
めくるめくマホーの世界へ誘われた男。
作者のアツい情熱に惹き込まれ、ようやく初級編を読み終わった。
テーブルに置かれた数冊の本。
その中のたった1冊しか読めていないが、それなりの時間が経ったようだ。
すぐにもう1冊、と手にとる気にはなれなかった。
「休憩するか」
ひとつ、伸びをする。
クッションもない、固い椅子に座っていた体はバキバキに強張っていた。
「・・・・んーっ、ちょい疲れたなー・・・」
カキンコキンと首をならした。
ふと開きっぱなしの窓の外に目をやると、闇の気配がない。
椅子から立ち上がり、だらだらと窓際まで歩いた。
窓から身を乗り出して外をのぞく。
「・・・おーっ、夜が明けてんじゃねーか」
外は明るかった。
夜が明けたばかりの様子。
徹夜明けには優しい明るさ。
「今日も晴れてんなー」
爽やかな風が気持ちいい。
男はしばし目を閉じて、心地よさを味わった。
うまい空気を肺いっぱいに吸い込む。
充実した、程よい疲労感。
「さー・・・今日は何すっかなーっ」
顔でも洗うか。
いやいや、熱いシャワーでさっぱりするか。
どうするかと考えつつ、厨房のお勝手口から家を出た。
まずは兄妹達に挨拶しよう。
愛くるしい、メタボなツッパリの鳥たちを思い浮かべた。
挨拶できる兄妹がいるってのはいいものだ。
ゆっくりと歩いた。
「よー兄弟」
片手を上げて挨拶する。
男の挨拶に返事をしてくれたのか、どうなのか。
「ヨー、キョー」
「ヨー、キョーダイ、ヨー」
金髪ツッパリ、三角グラサンのトリ兄弟達はいつも変わらず賑やかだ。
我関せずとばかりに信号実を食っている。
男もあげた手でそのまま、青い信号実をもいで齧る。
相変わらず微炭酸が旨い。
鳥たちに別れを告げ、畑に足を向ける。
信号実が男の空腹を刺激した。
かといって腹がはちきれるほどに食べた、昨晩のカチャトーラは数時間経った今も、男の胃を圧迫している。
軽い朝飯にするか。
安全とわかっている旨い黒トマトを中心に、手に取り軽く洗ってそのまま齧りつく。
青空の下、畑で立ったまま食べる採れたて野菜は、ことさらに旨かった。
エネルギー源。
今日の活力となってくれるだろう。
そうして朝飯を食べ、シャワーを浴び、着替えてさっぱりした男。
「さーって、読むかー」
今日も1日、読書デーとしゃれこむことにした。
家に戻って椅子に腰かけ、同じ作者が語る魔法の本、中級編に手を伸ばす。
初級編は面白かった。
身体強化の訓練をすると決めたのは渋々であるものの、他には実践してみたい事柄だらけ。
体がうずくとはこの事だろう。
それでも中途半端な知識で手を出すのは躊躇われた。
日本人、いや地球人としての大切な何かを失う気がする。
アイデンティティというものか。
こっちの世界に染まってしまうのは、ちょっと怖い。
魔女ならぬ魔男デビューを果たしたら、帰れなくなる気がする。
「・・・・・とっくに奇人変人びっくり人間になってるし、今さらだけどな」
めくるめくマホーの世界に足を踏み入れた男。
今か今かと時を待つ、魔女ならぬ魔男デビュー。
魔法の世界にどっぷりつかるには、まだ心の準備が必要だった。
空腹を感じる事もなく、ひたすら読み進める。
とにかく時間がかかった。
日本人の常識を覆す記述ばかりなのだ。
ざっと中身に目を通し、読み飛ばす読書スタイルは使えない。
料理本ならば限られた時間に多くの情報を求め、何冊もハシゴするのだが。
ハテナだらけの本の中身。
なかなかのみ込めない。
読み飛ばすと、全く理解できない。
幸い、時間だけはたくさんあった。
いちいち男の常識と照らし合わせ、あるいはこの惑星に来てからの出来事を思い出す。
「そういうことかな」と、噛み砕いた理解が必要だった。
中級編を読み終わり、用を足しにいったん外へ。
魔女の家に来た当初には気付かなかったが、厠らしき小屋を見つけていた。
発見した時には、それはもう嬉しかったものだ。
ようやくこれで文明人。
どんな仕様になっているのか、流さなくともちゃんと次の時にはなくなっている。
嫌な匂いだってしない。
だから気付かなかったとも言えるのだが、さすが魔女だ。
至れり尽くせり。
魔女への尊敬が高まった。
いつか会うことが出来たなら。
お礼を言って、褒め称えたい。
小屋を出て、自前のエアー水道で手を洗った。
ちゃんと泡の出る木の実洗剤も使った。
家に戻る。
今度は抜かりなく、ジョッキに水を用意した。
渇いた喉を潤しつつ、新たに上級編を読み進めていく。
「・・・・よーわからんなー・・・・」
残念ながら上級編は。
よくわからなかった。
話が大きすぎる。
マジなのか?
作者のアツい、暑苦しい魔法愛は留まる事がなかったから、全くのホラ話とは言えないだろうが、荒唐無稽すぎて、理解に苦しんだ。
ヒーローとかヒロインとか、超常現象とか。
異常気象を起こすとか。
あまりにも生活からかけ離れ過ぎている。
戦闘に特化した話も多かった。
男は平和ボケした日本人。
だが山を歩く警戒感は、研ぎ澄まされてきた。
命の危険にはそれなりに敏感だ。
つまり、一般的な日本人より、血生臭い話には慣れているはずだった。
魔物という、いわば獣と戦う術はなんとか理解できた。
同じ生き物だ。
魔物の中には食える肉もあるという事で、魔物という存在も飲み込めた。
だからといって、大規模な人間同士の戦とか。
ダンジョン内の戦闘とか。
有難いことに、想像も理解もし難かった。
父親が大工だから、家を建てる、ビルを建てる、それならわかる。
だがそれだけだ。
山が一瞬でなくなるほどに地形を変えるとか、馬車の通る街道整備とか。
なんだそれ。
馬車なんて見た事ねーぞ。
「・・・・・・・・・」
どうにかこうにか読み終わった上級編。
本を閉じた。
目も閉じて、眉間をぐにぐにともみほぐす。
「・・・・なんかすげー世界だなー」
意図せず、この惑星の文明レベルも分かった気がする。
少なくとも魔女のいた国は。
開発途上国の文明レベルにも追いついていない。
馬車なんて、観光で使う特別な移動手段。
当たり前のように長距離移動にも使われるような、移動手段では断じてない。
長距離移動ならお得な高速バス、快適新幹線、もしくは飛行機だ。
馬車に乗って、何日も移動なんてありえない。
ケツが痛くなるだろうが。
剣と魔法で行われる戦争についても、何度も登場する話題だった。
銃のない世界のようだが平和ではない。
なかなか厳しい国に来たようだ。
惑星全てがそんな国の常識で動いてなければいいのだが。
文明レベルが産業革命以前のような気がする。
嫌な予感。
「イイ冷蔵庫、手に入んないかもしんねーな・・・・・」
絶対ゼッタイ欲しかったのに。
魔法の世界を知った男。
不都合な真実に触れる。
もしかしたら高機能な厨房機器は、一つも手に入らないかもしれない。
「・・・・・」
どろんとした目をテーブルの上の本に向ける。
本は悪くない。
作者は悪くない。
でも。
でもでもでも。
「・・・・・・っ」
知りたくない現実も知ってしまった。
「ギブミーオレに冷蔵庫~っ!!!」