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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 充実生活編
162/169

ギブミーオレに冷蔵庫~っ!!!



めくるめくマホーの世界へ誘われた男。



作者のアツい情熱に惹き込まれ、ようやく初級編を読み終わった。

テーブルに置かれた数冊の本。

その中のたった1冊しか読めていないが、それなりの時間が経ったようだ。

すぐにもう1冊、と手にとる気にはなれなかった。



「休憩するか」



ひとつ、伸びをする。

クッションもない、固い椅子に座っていた体はバキバキに強張っていた。



「・・・・んーっ、ちょい疲れたなー・・・」



カキンコキンと首をならした。

ふと開きっぱなしの窓の外に目をやると、闇の気配がない。

椅子から立ち上がり、だらだらと窓際まで歩いた。

窓から身を乗り出して外をのぞく。



「・・・おーっ、夜が明けてんじゃねーか」



外は明るかった。

夜が明けたばかりの様子。

徹夜明けには優しい明るさ。



「今日も晴れてんなー」



爽やかな風が気持ちいい。

男はしばし目を閉じて、心地よさを味わった。

うまい空気を肺いっぱいに吸い込む。

充実した、程よい疲労感。



「さー・・・今日は何すっかなーっ」



顔でも洗うか。

いやいや、熱いシャワーでさっぱりするか。



どうするかと考えつつ、厨房のお勝手口から家を出た。

まずは兄妹達に挨拶しよう。

愛くるしい、メタボなツッパリの鳥たちを思い浮かべた。

挨拶できる兄妹がいるってのはいいものだ。

ゆっくりと歩いた。



「よー兄弟」



片手を上げて挨拶する。

男の挨拶に返事をしてくれたのか、どうなのか。



「ヨー、キョー」

「ヨー、キョーダイ、ヨー」



金髪ツッパリ、三角グラサンのトリ兄弟達はいつも変わらず賑やかだ。

我関せずとばかりに信号実を食っている。

男もあげた手でそのまま、青い信号実をもいで齧る。

相変わらず微炭酸が旨い。


鳥たちに別れを告げ、畑に足を向ける。

信号実が男の空腹を刺激した。

かといって腹がはちきれるほどに食べた、昨晩のカチャトーラは数時間経った今も、男の胃を圧迫している。



軽い朝飯にするか。



安全とわかっている旨い黒トマトを中心に、手に取り軽く洗ってそのまま齧りつく。

青空の下、畑で立ったまま食べる採れたて野菜は、ことさらに旨かった。

エネルギー源。

今日の活力となってくれるだろう。



そうして朝飯を食べ、シャワーを浴び、着替えてさっぱりした男。



「さーって、読むかー」



今日も1日、読書デーとしゃれこむことにした。

家に戻って椅子に腰かけ、同じ作者が語る魔法の本、中級編に手を伸ばす。

初級編は面白かった。

身体強化の訓練をすると決めたのは渋々であるものの、他には実践してみたい事柄だらけ。

体がうずくとはこの事だろう。

それでも中途半端な知識で手を出すのは躊躇われた。


日本人、いや地球人としての大切な何かを失う気がする。

アイデンティティというものか。

こっちの世界に染まってしまうのは、ちょっと怖い。

魔女ならぬ魔男デビューを果たしたら、帰れなくなる気がする。



「・・・・・とっくに奇人変人びっくり人間になってるし、今さらだけどな」



めくるめくマホーの世界に足を踏み入れた男。

今か今かと時を待つ、魔女ならぬ魔男デビュー。

魔法の世界にどっぷりつかるには、まだ心の準備が必要だった。


空腹を感じる事もなく、ひたすら読み進める。

とにかく時間がかかった。

日本人の常識を覆す記述ばかりなのだ。

ざっと中身に目を通し、読み飛ばす読書スタイルは使えない。

料理本ならば限られた時間に多くの情報を求め、何冊もハシゴするのだが。

ハテナだらけの本の中身。

なかなかのみ込めない。

読み飛ばすと、全く理解できない。

幸い、時間だけはたくさんあった。


いちいち男の常識と照らし合わせ、あるいはこの惑星に来てからの出来事を思い出す。

「そういうことかな」と、噛み砕いた理解が必要だった。



中級編を読み終わり、用を足しにいったん外へ。

魔女の家に来た当初には気付かなかったが、厠らしき小屋を見つけていた。

発見した時には、それはもう嬉しかったものだ。

ようやくこれで文明人。

どんな仕様になっているのか、流さなくともちゃんと次の時にはなくなっている。

嫌な匂いだってしない。

だから気付かなかったとも言えるのだが、さすが魔女だ。

至れり尽くせり。

魔女への尊敬が高まった。

いつか会うことが出来たなら。

お礼を言って、褒め称えたい。


小屋を出て、自前のエアー水道で手を洗った。

ちゃんと泡の出る木の実洗剤も使った。

家に戻る。

今度は抜かりなく、ジョッキに水を用意した。

渇いた喉を潤しつつ、新たに上級編を読み進めていく。



「・・・・よーわからんなー・・・・」



残念ながら上級編は。


よくわからなかった。

話が大きすぎる。

マジなのか?


作者のアツい、暑苦しい魔法愛は留まる事がなかったから、全くのホラ話とは言えないだろうが、荒唐無稽すぎて、理解に苦しんだ。

ヒーローとかヒロインとか、超常現象とか。

異常気象を起こすとか。

あまりにも生活からかけ離れ過ぎている。

戦闘に特化した話も多かった。


男は平和ボケした日本人。

だが山を歩く警戒感は、研ぎ澄まされてきた。

命の危険にはそれなりに敏感だ。

つまり、一般的な日本人より、血生臭い話には慣れているはずだった。

魔物という、いわば獣と戦う術はなんとか理解できた。

同じ生き物だ。

魔物の中には食える肉もあるという事で、魔物という存在も飲み込めた。


だからといって、大規模な人間同士の戦とか。

ダンジョン内の戦闘とか。

有難いことに、想像も理解もし難かった。


父親が大工だから、家を建てる、ビルを建てる、それならわかる。

だがそれだけだ。

山が一瞬でなくなるほどに地形を変えるとか、馬車の通る街道整備とか。

なんだそれ。

馬車なんて見た事ねーぞ。



「・・・・・・・・・」



どうにかこうにか読み終わった上級編。

本を閉じた。

目も閉じて、眉間をぐにぐにともみほぐす。



「・・・・なんかすげー世界だなー」



意図せず、この惑星の文明レベルも分かった気がする。

少なくとも魔女のいた国は。

開発途上国の文明レベルにも追いついていない。

馬車なんて、観光で使う特別な移動手段。

当たり前のように長距離移動にも使われるような、移動手段では断じてない。

長距離移動ならお得な高速バス、快適新幹線、もしくは飛行機だ。

馬車に乗って、何日も移動なんてありえない。

ケツが痛くなるだろうが。

剣と魔法で行われる戦争についても、何度も登場する話題だった。

銃のない世界のようだが平和ではない。



なかなか厳しい国に来たようだ。



惑星全てがそんな国の常識で動いてなければいいのだが。

文明レベルが産業革命以前のような気がする。

嫌な予感。



「イイ冷蔵庫、手に入んないかもしんねーな・・・・・」



絶対ゼッタイ欲しかったのに。



魔法の世界を知った男。

不都合な真実に触れる。

もしかしたら高機能な厨房機器は、一つも手に入らないかもしれない。



「・・・・・」



どろんとした目をテーブルの上の本に向ける。

本は悪くない。

作者は悪くない。

でも。

でもでもでも。



「・・・・・・っ」



知りたくない現実も知ってしまった。



「ギブミーオレに冷蔵庫~っ!!!」


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