魔法の世界の扉を開く
♪♪
オレっこそ、天才料理人~。
これっぞ、プっロの料理人~。
すっんごい。
うっんまい。
めっしつっくる~。
さっすがはてっんさっい。
りょっおりにん~。
♪♪
自画自賛、大絶賛の夕食を終え、男はご機嫌で厨房の片付けを行っていた。
あまりのご機嫌っぷりに、今日もオリジナルソングが止まらない。
ノリノリだ。
本人はカッコよくラップをしているつもりである。
自画自賛の脳内無限ループで悦に入っていた。
だって韻をふんでるし。
言葉数も同じくらい。
完璧なラップだな。
俺って音楽の才能もあるんじゃねーか。
すげーな俺。
強いぞオレ。
しかしながら、男はいつも通りの音痴だった。
調子にのっても音にはのれない。
ラップだか歌だか、どんなつもりか知らないが。
訂正。
ノリノリではなく、ノリノリなつもり。
結局、いつも通りの妙な呪文なだけである。
歌い上げているなんて言えない。
唱えあげている。
そんなご機嫌な男がいるのは薄暗い室内だ。
ぼっちで呪文。
絵面が怖い。
誰か。
現実を教えてやってくれる人はいないのか。
だが、現実を教えてくれる人はおらず。
男は独り。
今日も幸せそうだ。
「・・・・よっしゃ終わった~」
ご機嫌なまま厨房の片付けに続いて、清掃を終わらせた。
使い始めたばかりの厨房だって、慣れたもの。
厨房は清潔第一。
安全第一。
腹の安全は清潔な厨房から生まれると言っても過言ではない。
「さーって、今日は寝るかな~」
ぐぃーっと。
両手を上げて伸びをする。
今日も朝から良く動いたと満足げに思い出した。
ブランチには利き塩3本勝負を行い。
夢の裸足生活をかなえる草履を作り。
新たな食材を求め、畑に入り。
こっちに来てからお初の料理。
本格的なイタリアンを作った。
もちろん旨くて、ワンダホー。
大満足の1日だった。
「シャワーでも浴びるか~?」
外は暗いからもういい時間だろう。
だが、もう少し起きていたかった。
だって腹いっぱい食べたばかり。
このまま寝ると、朝が怖い。
消化不良の胃を抱えこんだら、旨い朝食が食えないじゃないか。
そんなん絶対やなこった。
明らかに突き出た腹をなでつつ、時間つぶしを考える。
ぐるりと室内を見回した。
「・・・・・ちょうどいいな」
ちょいとばかり読書でもしようかと、灯り花を手に本棚に近寄った。
灯り花を本棚の空いた所に置き、人差し指に指輪をはめる。
すると、なんということでしょう。
本のごにょごにょが、文字として読めるようになるのです。
名付けて通訳指輪。
すんばらしい指輪じゃねーか。
置き場所は使う場所が一番だと、本棚が所定の位置だった。
「魔女とか、マホーとか。こっちの常識がわかんねーんだよなー」
この想像を超えるファンタジーな世界。
映画くらいでしか見ないだろう景色。
男の常識では有り得ない。
異文化の常識を教えてくれる本はないだろうか。
地図があれば有難い。
パラパラと手書きで描かれたいくつかの本をめくりつつ、物色する。
食材やハーブに関する知識欲がある程度満たされた今。
ようやく知らない土地で生きる上での、一般知識に興味がわいていた。
料理優先、何より優先、最優先。
男はどこに行ったって、ブレることがない。
全てはその次、二の次だった。
・・・・・なんかいい。
食後の読書とは、いかにも文明人の生活っぽい。
いやいや、文化人って言うのかなあ。
高尚な生活を送っているってカンジ。
いいねえ。
本を選びつつ、悦に入った男の機嫌な時間はまだまだ続く。
地図は見つからなかったが、目星をつけた本と灯り花を手にテーブルに近寄った。
椅子を引いて座る。
たった10本の灯り花では、暗い室内を十分に照らしきれなかった。
だが読書をする程度なら十分。
男は夜の静けさの中、読書に没頭した。
知りたい事はたくさんあった。
だが検索なんて便利さの使えない今、狙った情報がピンポイントで手に入るわけでもない。
手当たり次第に本を読み進めるしかなかった。
それでも知らない事がわかっていくのはおもしろい。
「おっ・・・・マジでっ??」
中でも一番の収獲に思わず声も出てしまった。
なんてったって、この惑星に来てから一番の苦い記憶に関わる記述なのだ。
リアクションも大きくなるだろう。
声だって出て当然。
本から目線をそっと外した。
目を細め、遠くを見つめる。
その瞳にうつるのは暗い室内ではない。
天国と地獄。
特に地獄の日。
ツラかった記憶ほど、リアルに思い出せるのはなぜだろうか。
ヒーロー気取りで調子にのった代償。
死ぬかと思ったオーバーヒート。
起き上がれなかったその後の1日。
もうツラいのは勘弁。
過ちは繰り返さない。
奇人変人びっくり人間の自覚が芽生えた男。
エアーなお水にお湯、なんちゃってガス火は使い放題にするものの、「へーんしんっ!」というヒーローごっこをやることはなかった。
異常なまでの体の強さに、走りの速さがあったとしても。
どんなにすんごい力を持てるにしても、あのツラさはもう味わえない。
死んじゃうから。
ヒーローごっこ、ダメ、絶対。
己の心にかたく誓っていた。
「・・・・・フッ」
かっこをつけて、苦く笑う。
「・・・・・涙が出るぜ・・・」
セリフっぽい独り言。
関西人の素のキャラでなんて語れないあの記憶。
ダイレクトなツラさに襲われる気がする。
自分の言葉で自分にダメージ。
痛い、痛かろう、痛すぎるだろう。
あの時のオレと今の俺は別人。
だってしゃべる言葉が違うもの。
自己防衛の標準語。
無駄にカッコをつけたかった。
涙をこらえ、気を取り直して、本に向かい直す。
椅子に深く座り直した。
背筋を伸ばし、イイ姿勢でまた読み進める。
己の不思議がわかりはじめていた。
「・・・・・・・・身体強化ってか」
ぽつりとつぶやく。
もう涙は出なかった。
手書きの本は男を優しく誘う。
ようこそ。
魔法の世界へ。