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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
159/169

セオリーを外したのに



「ぉあっ!!」



味見を忘れていた男。

さらなるやらかしに気付く。



「仕上げの塩、してねーっ」



この俺としたことが。

素人のような、うっかりをするなんて。




「ありえねーっ・・・」




信じられなかった。

長く店を離れ、カンが鈍ったのか。



「・・・・・・」



頭を抱えた。


日常生活では、そのトリ頭っぷりを惜しげもなくさらす男。

料理に関してだけは、別人脳だ。

頭の構造が違っているかのように。

記憶力が良く、頭脳明晰。

努力を惜しまぬ天才肌。



その男が、味見と仕上げの味の調整を忘れるなんて有り得ない。

料理下手な素人がやるようなミス。

自分が信じられなかった。



「・・・・・」



ウサキムチの時には、仕上げの味見なんて必要なかった。

ちゃんとわかった上でその手順を省略したのだ。

どうせ仕上げに垂らす醤油もなかったし。

ただ、炒めるだけ。

プロの技は要らない庶民な料理。



だが、本日。

男が作ったのは本格イタリアン。

プロのお仕事。

ようやく本領発揮とはりきっていたのに。



「俺はなんてことを・・・・」



男は凹みに凹んだ。

料理人の城、厨房を得てから始めての本格調理。

慣れぬ道具。

初めての食材。

カンが鈍ってしまったのか。

すばらしく旨い料理が熱々で待っていた。

しかし男の匙は止まったまま。



「・・・・・」



味見の後に、塩コショウで味を調えるのはいつもの作業。

パスタだって鍋をふる度に食べねばならない。

熱々をトングですくい上げ、その中から指で一本、つまんですすり、味を確かめる。

フライパンで一回に仕上げられるのは、多くとも3人前。

1人前ずつフライパンをふるのもよくあることだ。

その度に1本。

足らない味を確かめ、整える。

手慣れた作業。

パスタ場に立った日はいつも、賄いがあまり腹に入っていかない。

食が細い者が、パスタ場に立つのはキツイだろうなと思ったものだ。


男の店は高級店にしては珍しく、役職ごとのポジション固定ではない。

まだまだ歴史の浅い店ということもあるだろう。

毎日のように出張料理人の仕事で人が抜ける。

休みだって、繁忙期を除けば、リフレッシュ休暇に有給、冠婚葬祭の特別休暇。

ちゃんと希望通り、取らせてもらえた。



誰もがやりたい事を、やりたいときにできるように。

誰かが、いつ、抜けても良いように。

皆で味を守れるように。



オーナーの意向。

ある程度、幅広い仕事ができるように求められた。

日替わりで、舞台と呼ばれるピザ窯担当に立つ必要もある。

男は出張選抜にも選ばれる中堅どころ。

客の覚えも上々。

だいたいのポジションは回せる自信と経験があった。

焼きあがったピザは味見せずとも、だいたいのポジションで味見も仕上げも必要だ。

もはや習慣となった作業。



そんな習慣を忘れるなんてありえない。



自信喪失。

あまりのことに、体が震えてきた。



「・・・・・・・・とりあえず、食うか」



まだ出来立てアツアツを、ふた口しか食ってないのだ。

空腹には勝てない。

どろりとした目の焦点を、目の前のカチャトーラに定めた。

やっぱり、旨そうだ。

熱々の誘惑。

コスモスひらひら、男をよんでいる。

手がふるえるまま木匙を進めた。



「・・・んーっ」



咀嚼しつつも、旨さに唸る。

口の中に入った旨さのインパクトに、ふるえも止まった。

この味の虜。

がつがつと、夢中で食べ進める。

男の食べ方は、がつがつ食べている割には、妙にお行儀が良く見える。

逆に、マナーは地の底をはうようなレベルだろう。

今回だって、食事中に熱さに悶えてジタバタし、料理の失敗に気付いて体を震わした。

よろしくはない。

ただし、ここにはマナーの悪さに眉をしかめる人はどこにもいない。

男は独り。

本能のままに、食べ進めた。



やっぱり旨い。



その旨さに木匙も忙しなく動いた。

自らの失敗を忘れたかのように、夢中で食らい続ける。



「うまっ・・・・」



いくら旨いと言っても、言い足りない。

ひたすらうまい。



そして。



腹ペコから、腹いっぱいの苦しさに移行し始めた頃。

ふと気づいた。



「ん?」



改めてひと口、食べる。

じっくり味わう。



「仕上げの塩、いらねーよな」



もうひと口。

さらに味わう。



「・・・・やっぱり、いらねー」



そうだ、これでいい。

今で最高。

これ以上は、邪魔になる。

余計な味は要らない。


当初は仕上げに使う、塩の色をどうしようかと考えていた。

下味には良い意味で個性のない、白を使っている。

仕上げにはピンクか、黒か。

悩むところだった。

どちらも個性たっぷりな岩塩。

ピンクの岩塩は素材の甘さをさらに引き立て。

黒の岩塩はガツンとパンチを与える。



でも。



これ以上、ピンクで甘さを引き立てる必要はない。

とろーり飴色玉ねぎに、極上の黒トマトは既にドンピシャの甘さ加減。

今以上の甘さの想像はしたくない。


黒でガツンもいらない。

ほんのちょっとだろうが、黒の苦みはウサギ肉の甘苦さの絶妙なバランスを壊しそうだ。

鮮やかな色どりを、見た目コスモスなアガーに託したことも大きい。

つまり、かなりな量のニンニクを使っているのと同じこと。

既にガーリックが、かなりなガツンとなっている。

これ以上のガツンは、逆にイタイだろう。



「・・・絶対、いらねー」



旨いとされる塩分濃度は、0.8%~1%。

もちろん、作る料理や土地柄、気温によって変化させる必要がある。

それでも口の中で、ちょうどそれぐらいになるよう調整するのがセオリー通りのやり方だ。

このカチャトーラは、濃度がちょっと足らないはずだ。

それでもしかし、追加の塩は絶対要らない。

素材の持つ力が強すぎる。



「・・・・・」



男は食うのも忘れ、しばし考え込んだ。



「・・・・・・」



セオリーを外したのに。

味見もせず、イッパツで味を決められるなんて。

結構やるなぁ、オレ。



うんうん。

独り、納得する。

自画自賛。

じわじわと、凹んだ気分が浮上してきた。



そして。



「俺って・・・天才か?」



いつも通り、調子にのった。

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