どちらが主役か
まずはひと口、ウサギ肉。
俺って天才、と胸をはりたい旨さだった。
仲間に食わせてやりたい。
満場一致で旨いと言うはず。
異論は断じて認めない。
調子にのった男のテンションはうなぎ上り。
アゲアゲとは、こんな時に使う言葉なのだろうか。
若者言葉を使ってみたいおっさん。
ずれた感想を抱きつつ、記念すべきふた口目に選んだのは。
大きな木匙の上におさまりきらない、立派なキノコ。
「これもまた旨そうだなっ」
ブランド椎茸のように大きく、イラストで描いたように可愛げのある星型。
その身は肉厚、マッシュルームのよう。
黒っぽいトマトソースの中、堂々たる赤いお姿を魅せている。
流石はスター。
うすいピンクの花びら、アガーもひらりと乗っかって。
なんとも華やか。
素晴らしい。
わくわくする。
今度はちゃんと念入りに。
子供のようにふーふーして。
口に運ぶ。
「ふぉがっ・・・」
やっぱり大きかった。
店でだすなら、ナイフとフォークで切り分けてもらう必要のある大きさ。
ひと口でイケると思ったのは、間違いだったのか。
大きなキノコを木匙を使い、半ば無理やり押し込んだ。
トマトが主役の奥深い旨味が、口いっぱいに広がる。
ここまでは、さっきのウサギ肉とほぼ一緒。
肉厚キノコに歯をたてる。
じゅぅわっ。
音がするように。
水風船がはじけたかのように。
口内であふれ、しみ出る新たな旨味。
至高の熱い出汁。
「!!んんっ」
これはもう。
すげぇ。
やべぇ。
超絶。
すげぇ。
至極。
すげぇ。
己の心の中ですら、まともな言葉なんて出てこない。
特に大きくもない男の目が極限まで見開き、大きくなった。
鼻の穴だって、ふくらむ、ふくらむ。
大興奮。
顔が赤い。
男は息が止まっているのにも気付かない。
大丈夫か。
口いっぱい、夢中でもぐもぐ。
息をするのも忘れるほどに、男の全神経は口の中に集中していた。
かむほどに旨味。
種類の違う旨味と旨味がぶつかるハーモニー。
ケンカせず、日よってもいない。
お互いを認め合い、高めあう。
そんな関係。
そこにガツンと刺激を与えるガーリック。
ではなく、アガー。
喉を通らせたくない。
通行停止。
ずっと口の中にいて。
離れないで。
居なくならないで。
永遠にもぐもぐしていたい。
長めにもぐもぐ、名残惜しくもごっくんと。
ふた口目が終わる。
「・・・・・・っはー」
前のめりになっていた体をそらせ、がたっと背もたれにぶつかるようにもたれる。
大仕事を終えたようだ。
無意識に足りなくなっていた酸素を取り込むべく息を吸い、次に大きく吐き出した。
夢から目覚めたように。
夢の中にいたように。
口の中以外の感覚も戻ってくる。
俺はナニを食べたんだ?
「・・・・とんでもねーな」
ぽつりとつぶやく。
衝撃がデカすぎた。
怖ろしいほどに旨い。
男も一流店で働く料理人。
試作を繰り返し、味見を繰り返し、自腹で手に入れて。
旨いキノコを食べてきた経験はある。
店で使うのは、由緒正しくルーツを追える「どこどこの、だれだれさんが収獲した」食材。
海を越えてきたって関係ない。
出所はっきり、身分しっかり、最高級。
椎茸、マッタケ、ポルチーニ茸に、マッシュルーム。
男の舌は贅沢に鍛えられた。
そんな男を驚かせ、唸らせる。
バケモノ食材。
いや、もう。
どうしろってんだ。
これはプロ泣かせ。
カチャトーラの主役はウサギ肉だと言うのに。
肉もすばらしく旨いと言うのに。
そんで、ただ旨いだけじゃないのに。
言葉に尽くせぬ旨さなのに。
影の主役であるべき、スター様の存在感がすごい。
明らかに主役を食っている。
だがこの味。
知ってしまった以上、ひっこめとは言えない。
おとなしくしろ、なんて言えない。
どちらが主役か。
ウサギの赤身肉か、スターなキノコ様か。
人によって意見が分かれるところであろう。
男だって迷っている。
甲乙つけがたい。
よって。
「ダブル主演だな」
今回ばかりは仕方ない。
両者、ケンカせず共演してくれるのは有難い。
ぜひとも仲良くいて欲しいものだ。
出来立て熱々の料理を前に、一瞬、空腹を忘れるほどに考え込んだ男。
思考の海からすぐに浮上し、目の前の豪華なトマトの海に目をやった。
そこで気付く。
「!!!」
この俺としたことが。
何たる不覚。
「仕上げの味見、してなかったっ」
なんたるやらかし。
素人がするような失敗。
やってしまった。
男は愕然と、動きを止めた。