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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
157/169

せめて俺は帰れなくとも


暗くなった室内、長四角のテーブルの上には灯り花が5本。

ふわり。

優しい光で、大きな木目がライトアップされている。

幻想的。

ムード満点。

恋人たちの甘い食卓のようだ。



それでもしかし。



そこに、でん、と鎮座ましますのは。

料理が映える高級皿でもなく、鉄板ならぬデカい金属板にいらっしゃるのは。



てんこ盛りのカチャトーラ。

ウサギのトマト煮込みという、由緒正しい豪快猟師飯。



ムード台無し。

それでも全体的に黒っぽい中、色とりどりの花びらが散らされている。

まだ大丈夫。

良いムードは守られている。



だがしかし。



さらなるムードクラッシャーが独り、席についていた。

厨房戦士の戦闘服かつ一張羅、白い厨房服を着た男。



「いっただきまーすっ」



良い雰囲気をぶち壊す、少年のように元気な大きい声。

ムードも何もない。

男は木匙を勢いよく、カチャトーラの山に突っ込んだ。

直箸ならぬ、直匙。

間違いなく「大皿料理」なボリュームなのに、取り皿がない。

そんな用意など、すっかり忘れていた。

腹を減らしたと言えども、男はたった独り。

どんなに少なく見積もっても、4~5人分はあるだろう、たっぷりすぎる量。

食いきれるとでも思っているのだろうか。


大きな木匙にたっぷりと。

ウサギ肉めがけて匙をすすめ、ざくっとすくい上げる。

鼻先に運び、口を閉じたまま奇声を上げた。



「ぅん~~~っ・・・・」



待ちきれない。

一瞬閉じてしまった目を開き、香りを楽しむのもそこそこに、

急いで口に運ぶ。

あーんと大口をあけ、口いっぱいに流し込む。



「!っふぉふっ・・」



ふーふーしろよ!



早く食べたい気持ちが勝ちすぎた。

抑えられなかった自分を叱る。

もちろん、声は出せる余裕はない。

無言でツッコむ。

口をついて出るのは、言葉ではなく。

熱さに悶える人間が出す音。



「っふぁっ・・はふっ・・・」



熱々出来立て。

口内、大惨事の危機。

ハッハッ、ハフハフ。

口が閉じられない。

思わず足をジタバタ、ひたすら耐える。

必死に抗いつつも、熱さの隙をついて旨みがやってきた。


まずは完熟、黒玉極上トマト。

ただ甘いだけではないこの旨味。

さっすがトマト、ほんの少し感じる酸味。

完全なペーストではなく、見た目に残したごろっと感。

柔らかいから、ハフハフするだけでじゅわりと崩れていく。

それがまた、熱さのモトとなって困る。

でも旨い。

とろっとろの飴色玉ねぎを舌で感じる。

そこにガーリックならぬ、アガーがガツン。


全体的に黒い中、すっかり姿を消したハーブがイイ仕事をしていた。


どんなに地味でも、忘れられることのない存在感。

色は違えど、見た目と魔女の説明からローズマリーとアタリをつけたこのハーブ。

肉を焼く前に、一つ一つ指でつまんで、全てちゃんと避難させた。

絶対に焦がしてはいけない。

だが煮込みの熱が足らないと、旨くなじまない。

えぐみのような違和感を出してしまう。

男の丁寧な仕事が生きていた。

姿が見えないハーブが、甘さを引き締めている。

苦みまではいかない別の味を加え、旨味に奥行が加わった。

個性豊かな主役を引き立てる。

見事なバイプレーヤーっぷりだった。



まだまだ熱いが、耐えられるようになったころ、男はそうっと肉に歯を立てる。



しっかりとした弾力。

そうっと噛んでも足らない。

熱さも、もう大丈夫。

しっかりと噛み締めた。


硬直したまま食べていた肉の硬さとは全く違う。

あんなゴム、タイヤを食うような肉とは比較にならない。

同じ肉でも違う肉。

じゅわっと。

噛み締めるたび、トマトとは違う甘さをまず感じる。

それからウサギの赤身肉、独特の苦さ。

後を引く苦みが、肉やトマトの甘さと絡み合う。

苦甘いというには足らず、苦みはそれほど強くはない。

クセのあるウサギの赤身肉。

鉄分たっぷりとわかる味。

男の健康を支えてくれるだろう。

野趣あふれる、日本ではまず食う事のない肉の味だ。


弾力のある肉を噛むたびに、しゃっきり感を加える新玉アチョー。

この食感は楽しい。

甘い新玉は、味のバランスを崩さない。

じゅわっと爽やかに甘い水分を、肉汁に足してくれる。

火を通しすぎないよう、後入れ新玉は大正解だ。



そしてようやく、ごっくん。



「んーっ・・・旨いっ、旨かろうっ、旨すぎるっ」



俺って天才。



ここに誰もいないのが悔やまれた。

ぜひとも食べて欲しい。

こんなに旨いモノだから、皆で食べたいじゃないか。

この旨さを共に語ろうじゃないか。

あいつらに食わしてやりたい。

店での同僚。

男に負けず劣らず、重すぎる料理愛を語れる愉快な仲間たち。

ひと口食べたが最後。

アレも作りたい、コレを作ったらどうだ、いやいや、こう合わせるのが正解だ。

喧々諤々と。

夜中に始まる大試食会は、夜を徹して大試作会となるだろう。

そして妙なハイテンションのまま、へろへろながらも翌日の営業を迎えるのだ。

店での出来事は、想像に難くない。

長年、恋人もおらず、行き場のないはずの男の愛情は。

その大部分が料理に、そして店の同僚に向かっていた。



せめて俺は帰れなくとも。



なんとか。

どうにかして。



この一皿を送ってやれないか。

それか、この肉を。

黒玉トマトを。

新玉アチョーに通玉オチョーも捨てがたい。

コスモスの花束からニンニクの香りがするからおもしろいんだ。

届いた花束は観賞用ではなく、まさかの食材用。

驚く顔が見てみたい。



貴方の大切な方に宇宙を超えてお届けします。



そんな企業がどこかにないだろうか。

求ム、配達スペシャリスト。

宇宙戦艦ならぬ、宇宙配達船。

ぜひ、契約したい。

輸送費がバカ高くとも、かまうものか。


そんな事を考えつつ、手は休まない。

最初の一口を飲み込んだ後には、すかさず匙を進めた。

今度の狙いは肉ではない。

もう一人の主役級。

赤いスター。

かわいらしく形を崩した星型キノコ。

店の仲間を思い浮かべつつ、こんどはちゃんとふーふーする。



「これもまた旨そうだなっ」



テンション高く、口に運んだ。



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