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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
156/169

合格


空腹、たまらん。



鉄板替わりの金属板の上には、出来上がったばかりのカチャトーラ。

大雑把に言えば、ウサギ肉のトマト煮込み。

この煮込みが放つ、凄まじいほどに旨そうな匂い。

空腹、狙い撃ち。



いや、これ、たまらん。



男はいそいそと木匙を手に取った。

右手には木べら、左手には大きな木匙。

隣のコンロに置かれた皿代わりに、中身をうつしていく。

ちゃんと持ち運びできるよう、端の方にはあまり熱が伝わらないように温めた金属板だ。



「フライパンならすぐなんだけどなー・・・」



木匙と木べらで中身をすくい、隣にうつしていくこの作業。

何度も往復する。

魔女の用意した金属板は、端のほうにホットプレートのような「返し」がついているから、水分たっぷりでも問題ない。

この部分は有難い。

だからといっても、熱々の子の金属板を傾けて汁を注ぐと火傷必須。

よっぽど器用に、木べらと木匙を使うしかない。

木匙が大きいのだって有難いのだが。

極上トマトの水分タップリだから、なかなか難しかった。

丁寧に、できるだけ汁を残さぬように。



「んー・・これ以上は厳しいか・・・・?」



金属板の上には、うっすらと汁がまだ残っていた。

木匙や木べらではこれ以上はすくえなさそうだ。

フライパンなら、最後の一滴までイケるのに。

残念。

トマト投入の煮込み段階で鍋を使うべきだったか。

気の利いた片手鍋なら、汁を一滴も残さず皿にうつせる。

両手鍋でもまあできるだろう。

だがしかし。

ここにあるのは。



「寸胴なんだよなー・・・・」



どこを持っても熱々になるであろう、寸胴を抱え上げて中身をうつすのは無理な話。

火傷必須、結局は金属板と何も変わらない。



「ま、ないものはしゃーない」



さあ、仕上げよう。



熱々のカチャトーラを作る金属板の端、保温状態で温存していたアガーをすくい上げる。

色とりどりのコスモスの花びら。

緑が色鮮やかな、コスモスの茎と葉っぱ。

こんな見た目ながら、これらすべては日本でいうところのニンニクだ。

言い換えるとガーリック。


となりにうつったカチャトーラの上に、パラパラとのせていく。

薄いピンクに濃いピンク。

紫、オレンジに白、黄色に赤、そしてちょっと大人っぽいチョコレート色。

見た目は大事。

たっぷりの黒玉極上トマトで全体的に黒い中、色が鮮やかに浮き上がる。

今回、赤い花びらは採ってこなかった。

赤はスターなキノコが担うから十分だ。


花びらを散らし終われば、お次は緑の茎と葉っぱ。

短くちぎったこの見た目は、ハーブのディルにも似ている。

魚と相性のいい、細い葉に細い茎のハーブ。

セコンド・ピアット(コース料理のメイン料理)の常連だ。

店ではこれを切らしたことはなかった。

緑が入った皿はぐっと引き締まる。

黒っぽいと言えども、赤系統なトマト色のカチャトーラ。

緑はちょうどいい。

これもバランス良く配置していく。



「こんなもんかな」



最終チェックだ。

店の厨房ではいつもの作業だった。

習慣づいている。

男は目を細めた。

その時間、10秒程度。

凝視する。



「・・・・・・・・」



料理人の鋭い目が射貫くように。

見る人によっては、ドキッとなるプロの目線。

真剣に働く男は、誰だってかっこいい。

おっさんと言えども例外ではない。

その引き締まった顔。

ちゃんとかっこよく見えるはずだ。

ただし残念。

ここには誰もいなかった。



「・・・・・よしっ」



一つうなづき、小さくつぶやく。



合格。



大きく息をはいた。



作業台に置いてある灯り花の半分、5本を手に持ち、新しい木匙と木のフォークも持った。

板の間用の内履き草履に履き替える。

足どり軽く、土間から上がった。

家の中を歩き、大きな四角いテーブルに設置。

氷水を入れた取っ手のないガラスのジョッキも運んだ。



準備万端。

あとは主役をお出迎え。



また土間に戻り、コンロに置かれた皿代わりの金属板をそっと両手で持ち上げた。



「・・・うっ」



重い。



腰にひびく。

身の危険を感じた。

ギックリは勘弁だ。

いったん着地。

しっかりと持ちなおし、最後の気合と持ち上げた。

こぼさぬよう、転ばぬよう気をつけながら一歩一歩。

テーブルに置いた。

見下ろし、苦笑する。



「・・・・やっぱ多いよな」



大の男が4~5人が満足するであろう、この量。

肉を使いきらねばならぬという事情はあれども、調子に乗り過ぎたか。

いやいや。



「腹減り、ヘリ腹、万歳だよなっ」



うんうん。

なんたって俺は腹が減っている。



男はトリ頭の持ち主だった。

3歩あるけば、結構忘れる。

一晩寝ればだいたい忘れる。

大量のウサキムチにやられたことなど、すっかり忘れていた。



いそいそと椅子に座り、両手を合わせる。



「いっただきまーすっ」



大きな木匙を勢いよく、目の前のカチャトーラの山に突っ込んだ。

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