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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
154/169

この時ばかりは人恋しい


「魔女は料理下手」疑惑の考察は、とりあえず置いておこう。



目の前の鉄板ならぬ金属板の上には、ツー玉オチョーとアガーが織りなす飴色玉ねぎ。

その舞台に堂々降臨、スターなキノコ。

どちらもイイ感じに炒められている。


赤黒くちょっと崩れた星型キノコ、スター様は、火が通ったことで少し黒さが抜けたようだ。

朱色よりの赤さ。

際立つとまでは言えないが、色鮮やかさが少し増したように思う。

逆に「毒じゃない目印」である真ん中にあった、蛍光の黄色い丸はその姿を消している。

周りの赤さと同化し、ちょっとくすんだ赤色となって、スターなキノコの中心の色のトーンを影がついたように落としていた。

なかなか良い見た目。

付け合わせにしたって、これほど使いやすい色はない。

流石はスター。

どこにどう使ったって、主役を食いそうだ。

逆に気をつけねばならない。



「まー、今日のメニューなら緑も欲しーけどなー」



いやいや、贅沢はいけない。



すぐに自分を戒めた。

色に関して言えば、今日のメニューはちょっと難しい。


道具の関係でまだ仕込んでいないものがある。

仕込みの最中に落ちる美味しい水分を惜しみ、最低限の包丁使いで金属板に投入するつもりだった。

左手に取ったのは、洗っただけの黒いトマト。

とても甘く、日本なら間違いなくブランドとなる極上トマトだ。

汁の一滴たりとも無駄にしたくなかった。

しかしながら、この色が問題だ。

だって黒いのだから。


包丁を手に取る前に、金属板の下のエアーなガス火をごく弱火にする。

例え1分2分と言えども、火加減大事。

目を離したすきに焦がすなんて有り得ない。

料理に関する限り、男に抜かりはなかった。




これがフライパンだったら。



「ちょぉーっと、横にどけて直火を避けるだけでいいんだけどなー・・・」



贅沢はいけないと戒めたばかりなのに、つい口に出てしまう。

魔女の家にはフライパンなどという、気の利いた小道具はない。

あるのは、お祭りの屋台で見るような立派な鉄板ならぬ、金属板。

屋台よりも小さいが、ホットプレートよりも格段に大きい。

両手でしっかり持ち、気をつけながら、よっこらしょと移動させる必要がある。

ちょっと横に、なんて気軽さはなかった。

女の人には大変だろう。

魔女は力持ちだったのだろうか。



気を取り直して、包丁を手に取った。

ヘタの裏側、つやっつやに光る黒玉に薄く切り込みを入れる。

十字では足りないだろう。

さらに角度を変え、中心はちゃんと重ねてもう1つ十字を刻む。

念のためもう1つ。

裏返してヘタをくりぬき、くり抜いた穴にザクっと包丁を突き立てる。

包丁を左手に持ち替え、包丁で下支えした黒玉をくるりと反転。

ヘタがあった部分を下。

重ねた十字の切込みが上。

そのまま空いた右手でエアーなガスバーナーを持ったつもりで、シュボッとつけた。

イメージは、プリンの表面の砂糖を焦がすバーナーだ。

鮨屋で炙りに使う、ガスバーナーとも言える。

慣れた仕草。

自由自在。

奇人変人びっくり人間な力を、男は存分に使いこなせるようになっていた。


右手の先から出たガスバーナーの炎。

エアーな操作であっても、ちゃんとガスバーナーっぽいのが良い。

狙い通り。

満足げに鼻を膨らませつつ、フォーク代わりに使った包丁の先に刺さった黒玉に炎を近づける。

トマトの表面だけを注意深く炙った。

ささっと一回り、二回り。

素早くエアーなガスバーナーの火を消すと、空いた右手で十字の切込みの端を持ち、手際よくトマトの皮をむいていく。

熱さをものともしない。

寸胴でトマトの皮を湯剥きなんて、してられない。

寸胴でなくとも、わざわざ湯なんて沸かしてられない。

男の指は、火であぶったトマトの皮をむくのにも慣れていた。

トマトのヘタをくりぬいて、皮を剥き終わるまでの一連のこの作業。

1個あたり、15秒もかからなかった。


黒玉トマトは、まるっと一皮むけるたび、金属板に投入されていく。

その数、全部で8個。

末広がり。

縁起がいい。

うんうん。

男は独り納得し、うなづいた。



「ジュー!」



強めの中火に上げた途端、大きくなるジュー音。

トマトの水分に反応し、ジュージュージューとイイ音を奏で始めた。



「おほっ」



鼻の穴を膨らませ、思わず笑ってしまう。

そしてにんまり。

「ふふっ」でもなく、「くすっ」でもなく、「おほっ」。

おっさん、独特な笑い方。

ちょっと気持ち悪いー、とか。

えー、ヘンー、とか。

見てる人も、言う人もここにはいない。

おっさんは自由だった。


ちなみに端っこによけた、アガーの部分だけは保温程度に留めている。

色とりどりのコスモスの花びらならぬ、アガーの花びら。

見た目コスモスの茎や葉っぱの色鮮やかな緑。

この緑、5センチ弱にちぎられており、ちょっとしたハーブのようにも見える。

色的に不安な今日のメニューの、『映え』を担う、大事な大事なニンニク代わり。

コレがあるから、使うトマトが黒玉のみという暴挙に出れた。

味優先。

だからといって、見た目も大事。

広い金属板だからこそ。

そしてエアーで自由自在なガス火だからこそできる技だった。


男は大きな黒玉を豪快につぶしつつ、炒め合わせる。

トマトの美味しい汁は、これで全て旨味と変えられるだろう。

大きな金属板はこんな料理にぴったりだった。



「・・・・ちょっと多かったか?」



欲張ってしまったか。



まだまだ大きな塊で残る、黒いトマトがゴロゴロした金属板を見て思う。

全体的に黒いっぽい中に浮かびがある、大きめスターなキノコがさらにゴロゴロ。

スターな朱色が映えている。

そこに絡みつく、かさを減らしたと言えども、大量の飴色玉ねぎ。

まだ新玉アチョーだって、ウサギ肉だって登板を控えている。

大きな鉄板ならぬ金属板は、大量の具材を受け止める懐の深さがあった。

甘えすぎたか。



「・・・・・・・・」



いやいや、肉とのバランスを考えるとこれぐらいの量は必要だ。

だがしかし。


いやしかし。



「食えるのか、この量・・・・」



独りを謳歌する男も、この時ばかりは人恋しかった。


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