この時ばかりは人恋しい
「魔女は料理下手」疑惑の考察は、とりあえず置いておこう。
目の前の鉄板ならぬ金属板の上には、ツー玉オチョーとアガーが織りなす飴色玉ねぎ。
その舞台に堂々降臨、スターなキノコ。
どちらもイイ感じに炒められている。
赤黒くちょっと崩れた星型キノコ、スター様は、火が通ったことで少し黒さが抜けたようだ。
朱色よりの赤さ。
際立つとまでは言えないが、色鮮やかさが少し増したように思う。
逆に「毒じゃない目印」である真ん中にあった、蛍光の黄色い丸はその姿を消している。
周りの赤さと同化し、ちょっとくすんだ赤色となって、スターなキノコの中心の色のトーンを影がついたように落としていた。
なかなか良い見た目。
付け合わせにしたって、これほど使いやすい色はない。
流石はスター。
どこにどう使ったって、主役を食いそうだ。
逆に気をつけねばならない。
「まー、今日のメニューなら緑も欲しーけどなー」
いやいや、贅沢はいけない。
すぐに自分を戒めた。
色に関して言えば、今日のメニューはちょっと難しい。
道具の関係でまだ仕込んでいないものがある。
仕込みの最中に落ちる美味しい水分を惜しみ、最低限の包丁使いで金属板に投入するつもりだった。
左手に取ったのは、洗っただけの黒いトマト。
とても甘く、日本なら間違いなくブランドとなる極上トマトだ。
汁の一滴たりとも無駄にしたくなかった。
しかしながら、この色が問題だ。
だって黒いのだから。
包丁を手に取る前に、金属板の下のエアーなガス火をごく弱火にする。
例え1分2分と言えども、火加減大事。
目を離したすきに焦がすなんて有り得ない。
料理に関する限り、男に抜かりはなかった。
これがフライパンだったら。
「ちょぉーっと、横にどけて直火を避けるだけでいいんだけどなー・・・」
贅沢はいけないと戒めたばかりなのに、つい口に出てしまう。
魔女の家にはフライパンなどという、気の利いた小道具はない。
あるのは、お祭りの屋台で見るような立派な鉄板ならぬ、金属板。
屋台よりも小さいが、ホットプレートよりも格段に大きい。
両手でしっかり持ち、気をつけながら、よっこらしょと移動させる必要がある。
ちょっと横に、なんて気軽さはなかった。
女の人には大変だろう。
魔女は力持ちだったのだろうか。
気を取り直して、包丁を手に取った。
ヘタの裏側、つやっつやに光る黒玉に薄く切り込みを入れる。
十字では足りないだろう。
さらに角度を変え、中心はちゃんと重ねてもう1つ十字を刻む。
念のためもう1つ。
裏返してヘタをくりぬき、くり抜いた穴にザクっと包丁を突き立てる。
包丁を左手に持ち替え、包丁で下支えした黒玉をくるりと反転。
ヘタがあった部分を下。
重ねた十字の切込みが上。
そのまま空いた右手でエアーなガスバーナーを持ったつもりで、シュボッとつけた。
イメージは、プリンの表面の砂糖を焦がすバーナーだ。
鮨屋で炙りに使う、ガスバーナーとも言える。
慣れた仕草。
自由自在。
奇人変人びっくり人間な力を、男は存分に使いこなせるようになっていた。
右手の先から出たガスバーナーの炎。
エアーな操作であっても、ちゃんとガスバーナーっぽいのが良い。
狙い通り。
満足げに鼻を膨らませつつ、フォーク代わりに使った包丁の先に刺さった黒玉に炎を近づける。
トマトの表面だけを注意深く炙った。
ささっと一回り、二回り。
素早くエアーなガスバーナーの火を消すと、空いた右手で十字の切込みの端を持ち、手際よくトマトの皮をむいていく。
熱さをものともしない。
寸胴でトマトの皮を湯剥きなんて、してられない。
寸胴でなくとも、わざわざ湯なんて沸かしてられない。
男の指は、火であぶったトマトの皮をむくのにも慣れていた。
トマトのヘタをくりぬいて、皮を剥き終わるまでの一連のこの作業。
1個あたり、15秒もかからなかった。
黒玉トマトは、まるっと一皮むけるたび、金属板に投入されていく。
その数、全部で8個。
末広がり。
縁起がいい。
うんうん。
男は独り納得し、うなづいた。
「ジュー!」
強めの中火に上げた途端、大きくなるジュー音。
トマトの水分に反応し、ジュージュージューとイイ音を奏で始めた。
「おほっ」
鼻の穴を膨らませ、思わず笑ってしまう。
そしてにんまり。
「ふふっ」でもなく、「くすっ」でもなく、「おほっ」。
おっさん、独特な笑い方。
ちょっと気持ち悪いー、とか。
えー、ヘンー、とか。
見てる人も、言う人もここにはいない。
おっさんは自由だった。
ちなみに端っこによけた、アガーの部分だけは保温程度に留めている。
色とりどりのコスモスの花びらならぬ、アガーの花びら。
見た目コスモスの茎や葉っぱの色鮮やかな緑。
この緑、5センチ弱にちぎられており、ちょっとしたハーブのようにも見える。
色的に不安な今日のメニューの、『映え』を担う、大事な大事なニンニク代わり。
コレがあるから、使うトマトが黒玉のみという暴挙に出れた。
味優先。
だからといって、見た目も大事。
広い金属板だからこそ。
そしてエアーで自由自在なガス火だからこそできる技だった。
男は大きな黒玉を豪快につぶしつつ、炒め合わせる。
トマトの美味しい汁は、これで全て旨味と変えられるだろう。
大きな金属板はこんな料理にぴったりだった。
「・・・・ちょっと多かったか?」
欲張ってしまったか。
まだまだ大きな塊で残る、黒いトマトがゴロゴロした金属板を見て思う。
全体的に黒いっぽい中に浮かびがある、大きめスターなキノコがさらにゴロゴロ。
スターな朱色が映えている。
そこに絡みつく、かさを減らしたと言えども、大量の飴色玉ねぎ。
まだ新玉アチョーだって、ウサギ肉だって登板を控えている。
大きな鉄板ならぬ金属板は、大量の具材を受け止める懐の深さがあった。
甘えすぎたか。
「・・・・・・・・」
いやいや、肉とのバランスを考えるとこれぐらいの量は必要だ。
だがしかし。
いやしかし。
「食えるのか、この量・・・・」
独りを謳歌する男も、この時ばかりは人恋しかった。