「魔女は料理下手」疑惑
♪♪
カッチャ カッチャ
カッチャ カッチャ
カッチャと~ら~~っ
♪♪
お客様が待っているわけでもない。
誰に急かされることもない。
ここにいるのは男、独り。
独りという贅沢。
時間はたっぷりあった。
飴色玉ねぎをじっくり、じっくり炒めあげている。
男に言わせれば、風情豊かなこの時間。
実に楽しそうだ。
見るからに調子にのっている。
鼻歌を歌いながら炒めているのではない。
ちゃんとしっかり、歌詞をつけていた。
男は気分よく歌い上げているつもりのオリジナルソング。
元歌不明の替え歌がお気に入り。
名付けて「ああ、カチャトーラ」。
名前だって、しっかりイタリア風。
イメージはご陽気なイタリア人が立ち上がり、両手を拡げて朗々と歌う姿だ。
元気よく、腹から声を出そう。
だがこの男、調子に乗っても音には乗れない。
歌い上げられてはいない。
音程がないのだ。
腹から声を出し、唱え上げられていた。
妙にゴロの良い、繰り返される何かの呪文。
飽きもせず、延々と繰り返される。
この呪文を聞いて育つツー玉オチョーは旨くなるのだろうか。
「おー、イイ感じになったか?」
若干透き通る白いツー玉オチョーに絡みつく、黄色っぽいアガー。
見慣れた玉ねぎとニンニクのみじん切りの炒め物だ。
弱火でじっくりと炒められた具材の乗る金属板が、ジュージュー音を立てる。
穏やかで控えめな「ジュー音」。
肉を焼く華やかさには負けるが、これもまたイイ音だ。
落ち着く。
あくまで男曰くだが。
寝る前に聞きたい音シリーズに入っていた。
穏やかな時間をぶち壊す、男のリサイタルも本人には影響がない。
調子よく、気分よく。
ご機嫌だ。
歌っている間に、金属板の上はこれまた見慣れた飴色に変わってきている。
山盛りとなっていたオチョーも、随分とかさを減らした。
「ツー玉オッケー、じゃあお次はスター様登場っ」
独り言が増えた。
誰に説明する必要もないが、いちいち口に出してしまう。
手に取ったのは、赤黒いキノコ。
かわいらしいイラストで、ちょっと崩して描かれたようなお星様の形。
弾力はマッシュルーム。
赤黒い星の中心には、蛍光色の黄色い丸模様。
こちらの名前を忘れてしまった。
焼くと絶品、スターなキノコだから「スター様」。
尊い味のお方には、「様」をつけるべきだろう。
勝手な名前で覚えてしまった。
後で正式名称を調べておこうと思う。
星型を崩すのが勿体なく、スター様を切っていない。
ひと口でいくにはデカすぎるが、まあいいだろう。
かぶりつくのが楽しみだ。
魔女おススメ、じゅわっとあふれる汁を口いっぱいで感じたい。
スター様を贅沢に、20個近く投入する。
しっかりと、ウサギ肉より出た脂が定着するよう混ぜ合わせる。
飴色玉ねぎが焦げないよう、気をつけながら火を若干強めた。
限りなく中火寄りの弱火。
「油、欲しーよなー・・・・」
油がないのがツラかった。
豚や猪のような、脂たっぷりな肉ならば苦労しない。
ただそんな肉を使うことになったとしても、やっぱりちゃんと油が欲しかった。
新玉アチョーにツー玉オチョー、スター様に極上トマト、ウサギの赤身肉。
間違いなく一流の素材。
日本で買ったら、絶対に良い値段がするだろう。
もちろん、買えたらではあるが。
どこに出しても恥ずかしくない、堂々たるこの布陣。
材料が最高なだけに、油がないのが悔やまれた。
店で使うような、最高級のオリーブオイルなんて贅沢は言わない。
なんなら、オリーブオイルでなくたっていい。
植物性の油であれば、なんだって良かった。
「探してみっかな~」
魔女が「白いパンが食べたい」と手紙に書いていたことを思い出す。
その為に小麦を植えたと。
小麦を挽く為の、文化遺産のような農機具だって揃えられていた。
パン焼き窯が作れてないとは書いていたけれど、パンを焼くのに足りないのはそれだけのようだ。
白いパンを焼くつもりだったのならば。
油も手配しているのではないかと期待したい。
もちろん、時間が経てば酸化する油そのものがあるとは期待できない。
あったとしても、消費期限が怖すぎる。
ただ、その材料になりそうな植物ならばどうだろう。
少量と言えど、旨いパンを焼くなら油があったほうが良いのだから。
「ただな~・・・・、油なしでも白パンだったら・・・まあまあ旨いの作れっからな~」
魔女がどこまで旨いパンを作ろうとしていたかで、話が違ってくる。
最低限の準備か、十分な準備か。
「期待・・・できそうにはないよな~」
男にはちょっとした確信があった。
道具ににじみ出る人柄。
にじみ出る、こなれ感。
そこからすると。
魔女は・・・。
ラーシャさんは・・・・。
大変に失礼なお話なんだが。
「料理・・・・、ヘタそうだよなぁ~」
料理の手際を見たわけでもない。
そもそも会った事がない。
けれど、揃えた道具が察せられるイロイロがあるのだ。
もちろん、電気も水道も通らない魔女の家。
日本のお台所用品には欠かせない、アルミやプラスチック、ステンレス。
この家では見た事がない。
だから便利なキッチン道具がないのは理解している。
文明から切り離されたような道具たち。
痒いところに手が届かない。
そりゃそうだ。
仕方がない。
当然だ。
だがしかし。
それでも、だ。
「鍋が寸胴だけってな~・・・・・」
ナニが作れるというのか。
ラーメン屋でも始めるのか。
ご主人と将来の子供さんの3人家族。
その食事作りのために揃えるのが、バカでかい寸胴鍋。
使い勝手のいい片手鍋もない。
家族の食卓にあったかい料理をそのまま置ける両手鍋もない。
大は小を兼ねると言っても。
3人家族の食事を作る鍋として、寸胴を選ぶとか。
普通はしないだろう。
大量調理になれている男には、大きい道具は使いやすい。
それでも3人分程度の、毎日の料理に寸胴は使わない。
そこから導き出される結論は。
魔女は。
「料理・・・・、したことねーとか・・・・」
見る限り、独り暮らしを始めた初心者がしがちな道具の揃え方と似ている気がする。
例えば。
実家で見慣れた1リットルの大きい醤油。
買いはしても、賞味期限に使いきれず捨てられる。
一人分作るには使い勝手の悪い、大きすぎるフライパン。
ワンルームマンションのささやかなシンクでは洗いにくく、使いづらさに登場回数が減っていく。
そうして、身の丈に合わない道具や調味料はその姿を消していかざるを得ないのだろう。
恋人はできずとも、皆に愛される料理バカ。
男は料理に関する限り、付き合いの良い、気の良い男だった。。
独り暮らしを始める友人達のキッチン周りの買い物に、よく付き合ったものだ。
だから知っている。
彼らは自分に必要なモノではなく、馴染みのあるモノを買おうとするのだ。
実家でよく見慣れているモノがその筆頭。
寮のキッチンでおばちゃんが使っていたモノなど。
女の子の場合なら、「コレかわいーっ」と独自の基準で手にとろうとするから要注意だった。
男からすると謎基準。
皆が「そんなの、使えないだろ?」というのを手に取っていた。
そして必要なモノは素通りする。
初心者あるある。
男はそう諦め、驚かなくなっていった。
もしも魔女が見慣れていたから、寸胴を買ったというなら。
見慣れていた場所は、ラーメン屋・・・。
パン食文化で麺屋があるかはわからないが、少なくとも飯屋。
又は寮や社食。
どう考えても、自分で使うために見慣れた道具というのは考えずらい。
自分で使っていたなら、寸胴に加えて用途によって使い分けられる気の利いた小さい鍋もあるはずだ。
「ま、油問題はおいおい考えるとすっかな」
気付けばスターなキノコ様も良い具合になってきた。
あまり炒めすぎるのもよろしくない。
とりあえず、「魔女は料理下手疑惑」を追及するのはやめておこう。
男は次の材料を手に取ることにした。