厨房はガーリック祭り
ジュジュー!!
ジュッジュ―――ッ!!!
男が肉を鉄板モドキに押さえつける度、賑やかになる肉の焼ける音。
素晴らしい。
録音したい音シリーズを存分に楽しみながら、男は両手の木べらを忙しなく動かした。
本日目指すはイタリアン。
ただし、オリーブオイル抜き。
そしてワイン抜き。
ワインはまあ仕方なくとも、油がないのはツラい。
イタリアンだったら本来、タップリのオリーブオイルにニンニクの香りを移したいところ。
このオイルが、飴色玉ねぎを旨くしてくれるのだ。
しかし無い袖は振れぬ。
ないモノはない。
ウサギ肉の動物性アブラに頼るしかなった。
「アブラ・・・カタブラ・・・あぶら~~っ!!」
たくさん脂が出ますように。
祈りというより、妙な呪文に力が入る。
しかしながら、ウサギはそもそも脂が少ない肉質だ。
男は火力を落とした。
本来、強火で表面だけパリッと薄く焦げ目をつければいい。
だから肉の焼き目としては、もう十分。
だがまだちょっと、脂が欲しい。
ギブミーアブラ。
肉汁お代わり。
鉄板全体にウサギからにじみ出る脂が回るよう、肉を移動させ続ける。
木べらを持つ両手は熟練の者のそれだった。
これ以上アブラが期待できない胸肉などは、鉄板から順次引き上げていく。
引き上げる先は、新玉アチョーの角切りの山の上。
肉汁だって、脂だって。
一滴たりとも無駄にしたくない。
こうしておけば、イイ感じに吸ってくれるだろう。
アチョーの包容力に期待したい。
「しっかし、多いな」
肉を移動させるのも一苦労だった。
今まで食べて減っているとはいえども、元は二匹の赤身肉。
まだまだ大量にあった。
既に長い硬直期間が終わり、熟成もすんだ食べ頃を迎えている。
つまりは、もう日持ちしない。
今回で使い切ってしまうつもりだ。
鉄板モドキに拡げたのは、背肉に腹肉、胸肉に骨付きのモモ肉。
モモ肉2本を除いて、他は全て大きめのひと口大に切っていた。
デカい肉にかぶりつくのもいいが、弾力タップリのこの赤身肉は顎が疲れる。
食べる時にまで、ナイフで切り分けるのも面倒だ。
イタリアンのシェフである男。
肉を掴むトングが欲しいとは言わない。
「やっぱ、菜箸、欲しーな」
断然、おハシの国の人であった。
魔女の家には、木でできた先が2つに割れたフォークとスプーンがある。
だが箸はない。
まあ魔女も、そのご主人も聞いたことのないカタカナ人種。
パンが主食のようだし、アジアンな文化ではないのだろう。
最優先で菜箸を作ろう。
お手製の布草履を履いている男は、明日の予定を決めた。
絶対に菜箸は要る。
普通の箸だって欲しい。
明日もハンティングナイフの出番だった。
ちなみに厨房靴を履かずに厨房に立つ男。
調理前に靴下を履いていた。
指の部分が5本にわかれた靴下だ。
高校時代から長らく、室内履きに布草履を愛用していた男。
靴下は全て5本指ソックスである。
本当は厨房靴を履きたいところだが、仕方なくの妥協案だった。
アツアツの食材を足の上に落とすなんてマネはしないが、厨房で裸足はいけない。
落ち着かない。
だが靴は一足しかなかった。
温存しなければならない。
ひたすら歩いた大草原生活。
ウサ追い祭り。
こちらに来てから、厨房靴は大活躍だ。
酷使されたダメージが心配だった。
繁忙期前に買い替えたからまだまだ新しいとはいえども、次にいつ買えるかわからない。
買えたとしても、同じモノを手に入れるのは難しいだろう。
イノチ大事に。
こちらに来てから、人にもモノにもよく使える合言葉だった。
「ん~・・・これ以上は厳しいか。」
あまり火を入れ過ぎたくない。
男は肉から脂を引き出すのを諦め、肉を全て新玉アチョーの山へ引き上げた。
火力は中火から動かさない。
コスモスの花びらモドキを鉄板の上いっぱいに広げた。
アガーの花びら、色とりどりだ。
「色、どーなるかなー」
ウサギ肉から出た脂と絡めるように、ざっと混ぜあわせた。
ガーリックの良い香りが漂い始めた。
コスモスな見た目でもワタシはニンニク。
力強く主張していた。
拡げられた花びらは、すぐに鉄板モドキの端っこに集められる。
色にはまだ変化がない。
男は火力を調整した。
中火から、ごくごく弱火。
そして今度はアガーの根の部分、みじん切りを投入。
焦がさぬよう、じっくりと炒めていく。
朱色が混ざった、鮮やかなボイルエビの色合いが変色してきた。
白は薄い黄色へ。
朱色はその色を薄める。
変化を見逃さぬよう、注意深く鉄板モドキを見つめた。
鮮やかなボイルエビの色合いが、その特徴を失っていく。
厨房はガーリック祭り。
空腹を誘惑する香りで一杯だった。
おそらくこの香りは厨房を飛び出し、部屋いっぱいに広がっているだろう。
全開のいくつもの窓から、外にだって行っているはずだ。
魔女の家とニンニクの香り。
ニンニク臭が染みつく魔女の家。
怒られるかもしれない。
ラーシャさんが気にしない人であるよう願う。
さほど時が経たずに、ボイルエビの色合いが全体的に黄色っぽくなった頃。
通玉オチョーのオレンジ色をしたみじん切りを投入。
「さー、こっから長いぞー」
これから始まる飴色玉ねぎへの道のり。
男は気合を入れた。