仕込みを終えた食材がずらり
「じーん・・・・」
いや、もう、この充実感。
男はじーんと自ら効果音を口にしつつ、目をつぶった。
こみあげる感動にひたる。
小さくつぶやいた。
「やっぱ、調理って・・・いいよな」
目の前には輪切りの木の形が生かされた、いびつな円形のバカでかい木の板が2枚。
1つはまな板代わりに使ったばかり。
分厚いのが素晴らしい。
包丁をおろした時には、実に良い鳴きをしてくれた。
目をつぶったまま、まな板モドキを包丁で軽く叩く。
トントン、トトトトト・・・・
エンドレスで聞いていたい。
うっとり。
男は無機質な音に酔いしれた。
最高だ。
目を閉じたまま、ふと思い出す。
彼女の朝食準備のこんな音で目覚めたいという、昭和な男の憧れ。
時代遅れのアホな男の幻想だ。
耳にした若造当時は、そう思っていた。
おっさんになった今だって、そう思う。
やりたい方がやればいい。
彼女と言えども譲りたくない。
楽しい楽しい朝食準備。
腕がなるじゃないか。
ぜひとも俺に。
彼女がいたら頼んでいるところだろう。
3食を店で食べる事が当たり前の男にとって、自宅で朝食がとれるチャンスは少なかった。
数少ない休日。
繁忙期ではない遅番の日。
以上。
これだけ。
そんな生活を何年も続けている。
せっかく自宅で朝食が食べられるなら。
準備だってもちろん。
自分でやりたい。
譲歩して、一緒に準備という所だろう。
だがしかし、トントンと包丁を使う役は譲れないと思う。
料理バカを自覚する男。
一身上の理由によって、男の憧れとやらに共感できるはずがなかった。
それでも、トントントンという包丁がまな板を叩く音で目覚めたいという部分だけは。
激しく共感。
トントントン。
優しげに、リズミカルに鳴り響く音。
録音したい音シリーズに堂々のランクインは間違いない。
「目覚ましにできたらいいのになー・・・」
目を開け、改めてじっくり観察する。
切れ味の良い包丁に、しっかりとその衝撃を受け止めたまな板。
手ごたえ最高。
気分は上々。
だがもの足りない。
「もっと仕込みたかった・・・・」
店での膨大な仕込みに比べ、やる事が少なすぎた。
あっという間に終わってしまったのが残念だ。
「ま、これからいくらでもできるしな」
なんたって料理人の城を手に入れたのだから。
満足げに鼻を膨らませた。
まな板代わりに使った板の隣には、同じく、いびつな円形の木の板。
魔女は全ての調理器具を3つずつ揃えている。
仕込み終わった食材を入れるバットもなければ、タッパーもないが、まあいいだろう。
直径70~80センチはあろうかという、この板はなかなか便利だった。
十分にその代役を務めている。
デカい板の上に、仕込みを終えた食材がずらりと並んでいた。
まずは新玉アチョー。
日本でいうと新玉ねぎ。
こっちの世界の正式名はアーチョー。
食感を残すべく、さいの目切りにした白い食材。
正確には、さいの目モドキ。
咲き乱れた花びらには、さいの目に値する分厚さがないのが残念だ。
お次はツー玉オチョー。
正式名はオーチョー。
日本でいうと、通年出回る乾燥させた玉ねぎ。
こちらはみじん切り。
モドキではなく、ちゃんと木っ端みじんになったオレンジ色。
青い皮をぺりぺりはがすと現れた、ニンジンな見た目のツー玉オチョー。
みじん切りは慣れた作業だ。
玉ねぎ独特のさっくり感、固いニンジンを刻むよりやりやすかった。
そして真打、ニンニクもどき。
コスモスな見た目のアガー。
根っこに花びら、茎に葉、全てが食用。
有難い。
余すところなく仕込んでいる。
みじん切りにされたのは、ボイルエビの色合い、鮮やかなオレンジ寄りの朱色に白が混ざる。
海老芋チックな根っこの部分だ。
少しくすんだ緑色、葉っぱに茎は3~4センチの一口サイズにした。
花びらは丁寧に一枚ずつむしられている。
いかにもコスモス、色とりどりの花びらの山。
味はスライスした生にんにく。
出来上がりの上に散らせば、こじゃれたモノができそうだ。
油で揚げれば色は変わってしまうのだろうか。
最後に忘れちゃならない渋い脇役。
スターな見た目でも、男の配役では脇役だった。
主役ではない。
しかしなくちゃならない、この食感。
マッシュルームな弾力、赤いスターな模様の赤黒いキノコ。
もちろん味見済みである。
奇人変人びっくり人間の、どこでもガス火が大活躍。
既に畑で1つだけ、炙って食っていた。
じゅわっと溢れる旨味の汁で、口の中が大洪水。
旨味に溺れた。
文句なく旨い。
しかしこのスターなキノコだって、今から作るレシピでは脇役。
主役はもちろん。
「ウサギ肉、ようやくちゃんとした料理ができるな」
ハーブで下処理をされ、出番を待つウサギの赤身肉。
今回で使い切ってしまうだろう。
男は肉を手に取った。