新玉アチョーにツー玉オチョー
♪♪
たまたま、しんたま~っ
しんたま、たまたま~っ
しんたま、あっチョーっ
つうたま、おっチョーっ
たまたま、たまたま~っ
♪♪
今日もまた、でたらめな歌が厨房にひびく。
今度はセンスのかけらもないという自覚があった。
だが何も気にしていない。
開き直って、センスの悪さを楽しんでいた。
楽しい。
今日も料理ができる。
厨房に立てる事が嬉しかった。
テンションも上がる。
寡黙な料理人だった男は、すっかり陽気なおっさんとなっていた。
この変わりよう。
後輩料理人の憧れ、無言の背中はどこに行ったのか。
どうした。
悪いモノでも食ったのか。
様子がおかしい時は、悪いモノを食った時。
そんな決め打ち、ワンパターンな体調確認をしてくる同僚はここにはいなかった。
出来上がりを待つ人もおらず、時間に追われない厨房。
気合の入ったイタリア語、暗号のような短い言葉が飛び交うこともない。
ある意味、自由。
のんべんだらり。
男を自由を満喫していた。
「ぉおっ!いいオレンジだねぇーっ」
洗い終わったニンジン。
ただし人参ではなく、洗い終わると真っ青な皮が不安をあおる。
しかしこれはトンデモ野菜。
色ぐらいで引いちゃいけない。
イタイ味だって使ってみせる。。
泣き笑いを経て、畑の野菜を受け入れる強さがあった。
どんとこい。
ノーモアガブリシャスが継続中ではあるものの、男は器のデカい男に成長していた。
食材の色としてはあまり見る事のない鮮やかな青は薄く、ぺりぺりとはがせる。
ちょっと気持ちい。
むきたてつるん。
とはいかないが、現れたのは色の濃いオレンジ色だった。
ここまでくると見慣れた姿。
人参だ。
ただしこれは人参ではなかった。
新玉アチョーに続き、掘り出したばかりのものだ。
朝顔のような、蔓性の植物が地面を低く茂っている畑の一角。
そこから掘り出した。
目印となった蔓の所々に咲誇るいくつもの花。
楚々とした朝顔よりも濃い姿だ。
例えるなら、真っ青なハイビスカス。
咲き乱れていた。
その蔓の根元を掘り進めて引っ張ると、ずぼっと芋のようにゴロゴロくっついてきたモノ。
土にまみれた形は、ニンジンそのもの。
親指ほどの小さいモノを含めて大小の違いはあるが、一気に10個近くがとれた。
野菜辞典によれば、通年出回る玉ねぎの味に近いはずだった。
確かに固い。
新玉の柔らかさはない。
そしてニンジンな見た目だが、ちゃんと玉ねぎの層になった繊維質を受け継いでいる。
味見済み。
色に反して期待の玉ねぎ味、そのままだった。
玉ねぎをニンジンの形に品種改良した新種。
そう言われれば信じるかもしれない。
新玉アチョーに比べれば、ハードルの低い姿だった。
ちなみにこちらは「オーチョー」と呼ぶらしい。
男はこれを「ツーたまオチョー」と名付けていた。
「通年出回る玉ねぎ」を略したつもりだ。
新玉アチョーにツー玉オチョー。
最強の料理ができそうだと満足している。
今晩のご飯はイタリアン。
決めてはいるものの、玉ねぎコンビを名付けてから中華を食いたくて仕方がなくなった。
激辛トマトをなんとかすれば、エビチリが作れないだろうか。
新玉アチョーと、ツー玉オチョーを使ったエビチリ。
絶対旨いはず。
専門外の中華であっても、プロの料理人。
絶対旨く作りたい。
男は野望に燃えていた。
川に行けば、川エビが手に入るかもしれない。
ゲットできれば考えよう。
「夢はふくらむねえ・・・」
ちなみに畑でゲットした晩御飯の食材はもう一つあった。
キノコである。
こちらの見た目も一筋縄ではいかない。
果実のように、木になっている。
ただ慣れも生じて、もうそれほど驚きはしなかった。
海外で市場に行けば、見慣れぬ野菜がたくさんあるのが当然だ。
男の扱っていた京野菜だって、他府県民からは珍しがられた。
観光ホテルで一緒になったアメリカ人は、海藻を知らなかった。
食用菊の酢の物を、ほぼ皆が残した中国人のツアー客。
意外と美味しいんですよ?
当時、一生懸命説明してくれたお運びさん(料亭の仲居さん)のおかげで、辛うじて2、3人だけ食べてくれたそうだ。
トコロ変わればシナ変わる。
地域が違うだけ、国が違うだけでもあんなに違ったのだ。
惑星どころか、太陽系でもないのだから、そりゃイロイロ違うだろう。
男はそう理解していた。
食べられるとわかっているキノコがあるだけでも、有難い。
キノコの実っていた木の形は、ぱっと見は低い生垣だった。
京都は和束町を思い出したお茶畑のような一角。
まあまあ広い。
ただし葉は硬そうで、お茶摘み体験をした新茶の葉の柔らかさには似ても似つかなった。
そこに点々となる、赤黒い実のようなキノコが食べられる。
分厚く、マッシュルームを思わせる大きさ。
5つの頂点を持つ、イラストのお星さまが崩れたような赤い実。
赤い星型を崩したような実の弾力は、確かにマッシュルーム。
裏返すと、しいたけっぽい「ひだ」だってちゃんとある。
胞子が飛ぶんだろうか。
木だから種があるのだろうか。
トンデモ畑にふさわしい、謎な植物だった。
この赤い実、生食はできない。
ただ焼いただけでも旨味が強く、塩をして食べるのがおススメだとか。
噛み締めると、じゅわっと旨味たっぷりな汁があふれるらしい。
疲労回復効果もある。
肉と一緒に焼くのがサイコーよとラーシャさんが書いていた。
収獲した赤い実は、真ん中、直径5ミリ程度の円形が蛍光のどぎつい黄色。
この色が重要だ。
同じ赤い星型でも、真ん中が青なら毒らしい。
間違っても青を食べてはいけない。
野菜辞典には、注意して収獲するよう、繰り返し書かれていた。
「そりゃヤバいよな」
死ぬほどのモノではないそうだが、腹は確実に下す。
勘弁してほしかった。
しかも、同じ木に同じように実るというその怖さ。
キノコとは、どこの惑星でも美味く、そして怖ろしいモノのようだ。
何度も色を確認して、おそるおそる収獲した。
「毒物キケン、腹ピーは断固拒否だな」
新玉アチョーとツー玉オチョーを洗い終え、皮もむいた男。
続いて赤いキノコもどきを手に取り、慎重に色の確認しつつ洗い始めた。