ちょっと待って、チョットー
男がたった今収獲したのは、堂々咲誇る白い花。
水分たっぷり、肉厚花びらを擁する新玉モドキ。
すばらしい重量感だった。
他には海老芋に似た根っこをつけたコスモスの花も、ザルに乗っている。
こちらはニンニクもどき、アガーと言うらしい。
さらにはハーブと、持っていたザルは既に山盛り。
これ以上は乗り切らない。
「いったん、戻るか」
ザルを置くべく、家の裏口から厨房に戻った。
ついでに、収獲した食材を野菜辞典で確認する。
ハーブは薬草辞典。
念のためザっとチェックし、新たなザルを手にすぐ家を出た。
おニューの草履の感触が気持ちいい。
踏みしめる度、足裏マッサージな感触を楽しんだ。
おっさんには何よりの贅沢だった。
店に置いてある青竹踏みは好きではなかった。
痛すぎる。
布草履はちょうどいい。
ブラブラ歩きつつ、先ほど収獲したばかりのモノについて考えた。
「あの、名前がなー・・・・・」
思い出すのは、厨房に置いたばかりの新玉ねぎモドキ。
大輪の美しく咲く白い花。
ザルの中で主役級の存在感。
威風堂々。
そのお名前が。
「アーチョーって・・・・、どんなネタよ?」
思わず一人、ツッコんでしまう。
そう。
あの美しく咲く、新玉ねぎモドキの名前。
「アーチョー」。
「・・・・・・・」
もっと良い名前はつけられなかったのか。
ぴったりそのままではないけれど、カンフーする人が叫んでいそうなお名前だ。
「そのうち・・・なーんも思わなくなるのかねぇ」
それはそれでさみしい。
むさくるしいおっさんにだって、平等に訪れていた可愛かったはずの幼少期。
アチョーと叫んで、カンフーごっこで遊んだ記憶。
かすかに、だがちゃんとある。
薄れていく記憶を、大事にしたかった。
こんなとき、年は取りたくないものだと思う。
まあとりあえず、オレの中では。
このアーチョーとやらは。
「新玉アチョーだな」
勝手に命名する。
「新玉ねぎモドキのアーチョー」の略語。
なかなか強そうだと満足する。
野菜であろうと、ヒトであろうと「強そう」なのはカッコイイ。
本人はかっこいい略称をつけたつもりだった。
「今日も天気いーなー」
適当な事を考えつつ、広い畑をのんびり歩く。
青い空。
おだやかな風が気持ちよかった。
トンデモ野菜の姿に、飽きる事がない。
「さーて、青いのはどこだー?」
今度のお目当ても、玉ねぎだ。
日本では通年目にするであろう、茶色い皮の固い玉ねぎだった。
抜かりなく野菜辞典で探しあてている。
それには理由があった。
新玉アチョーは茶色い皮の玉ねぎに進化できない。
大問題な理由だった。
少し前に読んだ、分厚い手書きの本を思い出す。
ラーシャさんの一言もキラリと光る、手書きの野菜辞典。
なんちゃって画伯の渾身のイラストが見どころだ。
その本の中、まず発見できたのは新玉アチョーだった。
アーチョーというページの植物が、玉ねぎの部類に入るだろうと目をつけた。
へー、ふーん、ほうほう、なるほどー。
なんちゃって画伯の力作、花のイラストを眺め、読み進む。
しかし喜んだのもつかの間。
ちょっと待て。
問題の部分に気付いてしまった。
思わず2度見。
どういうことだ?
何度読んでも、その部分は変わらなかった。
玉ねぎの存在意義を否定するかのような説明。
曰く。
『水分たっぷり、肉厚な花びらでもって咲誇るのは3日間。
咲誇る肉厚な花びらから、次の3日で水分が抜けきり、茶色く変色して散る』
いやいや。
おかしいおかしい。
ちょっと待って、チョットー。
エセ外国人のような微妙なアクセントで一人、ツッコんだものだ。
納得できなかった。
花びらは食える。
それはいい。
肉厚、水分たっぷり。
それもいい。
だが数日で散ってしまうとは、これ如何に。
カラカラに水分が抜け変色するとは、それ如何に。
こんなんじゃ、干せねーだろーがっ。
新玉ねぎと通年の玉ねぎ。
それは本来、種や植物自体の違いというわけではない。
収穫した時は同じモノのはずである。
つまり何も違いはない。
ただし日本の農家さんは、新玉と通年の玉ねぎで品種を別にして育てる所が多い。
むしろそれが今なら、当たり前だ。
旨さを求めた結果、品種改良はどんどん進んでいた。
日本の野菜は、本当に素晴らしい。
例えば、春先に出回る淡路島の新玉ねぎ、早生モノ。
甘くて肉厚、水分たっぷりでとても柔らかい。
これを使ったカルパッチョは、まあ旨い。
辛みが欲しいカツオのたたきにあわせるのも、意外と最高。
主役の魚の味を何倍にも、持ち上げてくれる。
しかし、早生モノの品種なんて数日でダメになってしまう。
買ったら早く食いきらねばならない。
逆に品種改良を重ねた晩生モノは、半年はもつ。
もちろん農家さんの熟成の賜物だ。
湿度大敵、冷暗所保管。
しっかりと固く、皮が茶色になるまで吊るし干し。
その結果、6月に収獲した晩生モノが年の瀬の食卓をちゃんと彩ってくれる。
飴色玉ねぎ、最高。
同じ淡路島のブランド玉ねぎでも、品種によってこんなに違うのだ。
しかしこれは単に、それぞれの特徴を最大限生かそうとした結果。
本来、植物としての違いはない。
つまりは干すか、干さないかの違い。
新玉ねぎは収獲したての出荷。
通年の玉ねぎは、干した後の出荷。
乾燥してるか、してないか。
本来、それだけの違いなのだ。
なのに。
『お花を収穫した後も、お水につけといたら5日も保つのよ』
野菜辞典に書き込んである、ラーシャさんの一言。
5日が長いとでも、思っているのだろうか。
微妙にドヤ顔っぽいコメントに、もやもやする。
魔女のおススメ、ハズレなし。
そう思ってはいるのだが。
そう思ってはいたのだが。
「5日って、短すぎるじゃねーかっ」
新玉ねぎをちゃんと干して、皮を茶色く固く、進化させたのが通年出回る玉ねぎなのだ。
それが玉ねぎという強さ。
庶民の強い味方。
有難や。
アーありがたや。
それに引きかえ、新玉アチョーは。
「弱いっ。
弱かろうっ。
弱すぎるっ。
・・・・・・使えねーーーっ」
とりあえず強い弱いの判断基準がおかしい。
しかし男は真剣だった。
ぶつぶつと言うには大きすぎる声で文句を言いつつ、野菜辞典を真剣に読み進める。
通年の玉ねぎが欲しい。
保存性抜群の。
固くて、辛みと渋みがあってもいい。
新玉を飴色玉ねぎにするなんて、罰ゲームもいいとこだ。
ちゃんと使えるあの茶色い玉ねぎが欲しい。
「ギブミー玉ねぎーっ・・・プリーズーーーっ」
もはやテンションもおかしい。
速読が出来たのかと驚かれる勢いで、ページをめくったものだ。
その結果。
まさに今、努力と根性で見つけ出した待望のモノが見えてきた。
走るには向かない布草履でも、思わず駆け足。
コケる事もなく、無事到着。
お目当てのモノが、目の前に。
しゃがみ込んで、ウサギのツノを使って土を掘った。
早く早く。
気が急いた。
膝をつき、顔を近づけて一心不乱に土を掘る。
「ショベルカー降臨っ・・・」
訳の分からない事を叫びつつ、急いで掘り進める。
将来の夢が収められたタイムカプセルは埋まっていないが、これぞ宝探し。
早く見たい。
「よし・・・・きたっ」
楽しくなってきた。
笑いがこみあげる。
力を入れ、ずぼっと畑からソレを引き抜いた。
「ぅははっ・・・・・やっぱり茶色じゃないけどなっ・・・うはっ」
引き抜いたのは、茶色い固い玉ねぎではなかった。
しかしコレが野菜辞典で描かれたアレで間違いないだろう。
楽しい。
おもしろい。
こらえきれない。
笑いの基準もおかしくなった男はしばらく一人、手に収穫物を持ったまま大声で笑い続けた。