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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
146/169

淡路の新玉


男の目の前には、真っ白い大きな花。

満開だ。



まっすぐに伸びる太い茎。

日本の花ならば、大輪の菊を支える茎に似ている。

かなり背が高い花を支えていた。

しかし、いかにも重そうな花を支えるには明らかに力不足。

アタマが重すぎる。

それでも曲がりもせず、折れもしない。

やわらかな風になびきもしない。

威風堂々。

不思議なバランスで立つ花。

見ようによっては、色は違えど大輪の蓮の花のようにも見えた。



その咲誇る肉厚な花びらを一片、口にしたばかりの男。



「・・・・・」



口の中のモノをゆっくりと飲み込む。

無言のままもう一枚、目の前の花びらをむしり取った。

洗いもせずに口に入れる。



「・・・・・」



また無言。



「・・・・・」



なんとか言え。



ツッコむ者のいない中、無言で咀嚼を続ける。

目の前の花を凝視したまま。

何かにとりつかれたようだ。

目が怖い。



「・・・・・」



もう一枚、さらに一枚と、次々と目の前の花びらをちぎって口にしていく。



「・・・・・・」



若干うつむきつつ、目線は花に固定。

鋭い目つきの上目遣い。

花を睨んだまま、食べ続けた。



「・・・・・・」



結構な量を食した男。

満足したのか、ようやく手を止めた。



「・・・・・うん」



口の中のものを全て飲み込み、一つ、頷く。

深く、大きく息をはいた。

息を吐きつつ、へなへなとしゃがんでしまう。

地面に尻がつき、座り込んだ。

花を見上げて呟いた。



「・・・・・普通の玉ねぎだ」



意外だった。

派手な見た目に身構えていた男。

ゆっくりと警戒を解いていく。

事前情報はあれども、トンデモ野菜に痛い目を見た経験上、それなりに覚悟していたのだ。

魔女の言葉に嘘はないと知ってはいても、やっぱり畑の野菜は信用ならない。

ノーモア、ガブリシャス。

畑の野菜、ひと口注意。

男が体で覚えた教訓である。



よかった。

普通の味だ。



口の中に拡がった慣れた味。

少しでも異常を見逃さぬようにと、何度もかみしめ、舌を転がし、吟味した結果。

異常なし。

普通に食える。

普通に使える。

普通の、ちゃんとした玉ねぎの味。

それが男が下した判断だった。



「ビビらせんなよなー・・・・・」



勝手にビビっといて何を言う。

そんなツッコミは誰もしない。

だからできる八つ当たり。

責任転嫁。

そんな男の冠言葉が出来てしまった。

曰く。



トマトに泣かされた男。



最初がコレで。

続きましては。



玉ねぎにビビらされた男。



これぞ黒歴史ではないだろうか。

カッコ悪い。

不名誉な冠が似合うようになった小心者は、そうとは気づかず立ち上がった。

パンパンとカーゴパンツについた土を払いつつ、改めて花を見つめる。



「けっこう、食ったよなー・・・」



結構な枚数がむしり取られた花だが、咲誇る豪華さはまだ損なわれていなかった。

花びらの大きさ的は、蓮のようにも見える花。

蓮の花びらを白く、肉厚にすれば目の前の花の一片となる。

だが花びらの大きさは違えど、花びらの「詰まり具合」は菊のようだ。

みっしり。

いや、みっちりか。

どう表現すればいいのだろう。

大玉の玉ねぎとナイフで格闘すれば、こんな形に花開かせることができるのかもしれない。



「これ、みじん切り面倒かもなー・・・・」



アレコレと切り方を考えつつ、花を収獲することにした。

両手を花の下に添え、捻りつつひっぱる。

あっさりとアタマが茎と離れた。

やはりずっしりとした重量感。

アタマをとった後の茎の断面は、鋭利な刃物ですっぱり真横に切ったようだ。

断面から透明な汁があふれそうになっている。

ぷっくりと盛り上がる水分。

教科書通りの表面張力。

見ている間に、力の均衡が崩れ、汁が茎にしたたり流れ落ちていく。



「素晴らしい」



普通だなんて言ってごめんなさい。



先ほど、味を普通と表現した自分を反省する。

トンデモではなかった味に対するあまりの安堵に、つい普通の味と思ってしまった。



いやいや。

普通じゃない。

こんなもの、そんじよそこらのスーパーには売ってやしない。

高級過ぎて売れやしない。

こだわり農家が生みの親、値段に糸目をつけない品の産地直送。

極上品。

甘い玉ねぎの瑞々しさ。

糖度が高い。

そして感じる、ほんのちょっとした辛み。

良いアクセント。

水につけたら、この辛みは抜けてしまうのだろうか。

残したままでも良いような気がした。



「これってやっぱ、新玉だよなー・・・」



スーパーで年中買える、皮が茶色の玉ねぎは保存性が高い。

干してあるからだ。

収獲から出荷までが、何か月単位という保存性。

値段も安定、通年入手可能な助かる野菜。

それが玉ねぎ。

しかし、春先だけに出回る新玉ねぎは別物だ。

干しておらず、保存性は低い。

その代わり瑞々しく、もちろん甘い。


男が味を見たばかりの白い花びらは、玉ねぎなのだが、玉ねぎではなかった。

「新玉ねぎ」だ。

同じ玉ねぎでも大きく違う。

水分たっぷり。

何もせずとも、生で旨いのが新玉。



「淡路の新玉みたいだな・・・・・」



玉ねぎと言えば、淡路島。

関西の一大生産地が思い出された。

春から夏にかけて、晴れた日にドライブしようものなら、「玉ねぎあります」の看板が何枚も見つけられるだろう。

男はその看板に、いちいち車を止めるタイプだった。

男にとっては食のワンダーランド、淡路島。

海鮮が上手いのは、まあ当然。

肉だってブランド牛。

農家さんの育てる地元野菜は味が濃い。


しかし淡路は、素材の良さだけでは終わらなかった。

素材にこだわるケーキ屋さん、一軒家を改造したレストラン。

寿司に割烹だけではなくて、イタリアンにフレンチ、中華と。

こじゃれたものまで、なんでもござれ。

ジャンクだってもちろん。

食通を満足させる島、淡路。



「淡路、行きてー・・・・・」



淡路に玉ねぎを買いに行く休日は、朝から晩まで忙しい。

ラッシュが始まる前の平日早朝、原付を駅にとめ、爆睡したまま1時間ちょっと。

電車に揺られて神戸に入る。

レンタカー屋が開くまでは、パンの旨い店でモーニング。


腹も満たされ、クルマのエンジンと共に男にもエンジンがかかる。

明石大橋を渡ると、テンションも上がり。

島のスーパーや漁港に寄りつつ、11時半にはランチ開始だ。


ランチには、お値段お手頃、軽いコース料理を食べられる店を選ぶ事が多かった。

コースの創り方が、実に興味深い。

野菜の使い方が上手い店も多かった。

フレンチの肉料理の付け合わせに、焼いたらっきょうがさりげなく添えられていたりする。


使う皿だって面白い。

聞いてみたら、窯元が店から車で数十分という時もあった。

そんな寄り道をしつつ、ランチ終了間際に鮨屋訪問。

昼食2回目、カウンターで大将おススメの鮨をつまむ。


その後は少し苦しい腹を抱え、道の駅に、スーパー、直売所。

おもしろそうな食材は見逃せない。

パティシエの妹指定のケーキ屋でも、しっかり土産を購入。

バイヤーのように店を回る。

夕方早々に島を出て車を返却、ラッシュが始まりつつある中、電車で帰るのは自宅ではなく郊外の実家。


「淡路島の日」。


いつ頃からか、誰かが名付けたこの日には、実家に妹夫婦も大集合。

家族の為というより、研究の為、趣味のため。

疲れもみせずに、存分に腕を振るう。

時にはご近所さんも顔をみせる大試食会。

皆の感想を聞きつつ、片付けを終える。

そして終電間際の電車に乗り、深夜近くに帰宅するのがパターンだった。



新玉ねぎの季節になったら、淡路に行く。

新玉ねぎが終わったら、茶色い皮の玉ねぎを買いに淡路に行く。

「淡路島の日」は年に3~4回。

ブランド玉ねぎ購入は、もはや言い訳に近かった。


男がこの世界に来たのは、年の瀬の迫る冬。

新年明けの繁忙期を乗り越えたら、行くつもりだった。

淡路島は冬も良いのだ。

魚がさらに旨くなる。



もはや男の瞳には、目の前の花はうつっていなかった。

遠い目がお空のどこかを彷徨っている。

極上玉ねぎ味から蘇るのは、食の記憶。

突然始まった連想ゲーム。

楽しい思い出。

郷愁を感じる。



「フグ、食いてーなー・・・・」



今度、海の魚が食えるのはいつだろうか。



答えの出ない疑問にぶち当たり、我に返った。

連想ゲームはもう終わり。

数日前とは違い、欲しい食材が揃いつつあるなかでのお魚希望。

贅沢な話だと思い至った男。

ひっそりと笑う。



「さ、もいっこ。玉ねぎ、採りに行くか」



大きな声で、気持ちを切り替えた。

新玉ねぎだけではなく、通年モノの玉ねぎだって欲しい。

飴色玉ねぎには欠かせないモノを求め、男は歩き出した。



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