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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
145/169

味は普通を希望します


♪♪


チーズもない。

パスタもない。

そもそも小麦粉、製粉してない。


ワインもない。

ペッパーも。

オリーブオイル、なんてない。


肉はある。

岩塩も。

ハーブにニンニク、極上トマト。


作りたい。

やってみたい。

見たい、食いたい、イタリアン。

これぞ珠玉のイタリアン。


月5つ。

ここはどこ。

日本でもなく、イタリアでもない。


客もいない。

俺一人。

それでもオレはやってみたい。

やるぞ珠玉のイタリアン。


♪♪



「オレこそプロの料理人~っ♪」



畑を歩く男はご機嫌だった。

るんるんランランでやめときゃいいのに。

元ネタ不明の替え歌を考えるほどに、調子に乗っていた。


テキトーな鼻歌に歌詞をつける。

同じ語尾で終わるよう、頑張って区切りをつけ。

字数をあわせ。

何度も直し、真剣に練り上げた。

時間があるってすばらしい。

ノートが欲しい。


そしてとうとう。

ようやくできた、それらしい形。

ラップっぽくなったと自己満足。



カッコ良くね?



ただし男にはラップを歌える腕はなかった。

調子に乗っても、音には乗らない。

「ヨーキョウダイヨー」がラップだと思い込んでいる程度である。

とっても残念。

ノリは非常に悪かった。

しかし悦に入ったご本人。

カッコの悪さに気付くはずもない。


つまるところ、おっさんが単にぶつぶつ言っているだけ。

歌ではなく、ラップでもない。

ヒップでホップなノリは、どこにもなかった。

何かの呪文。


ラップをなめるな。

ラッパーに謝れ。


誰もツッコんでくれる人がいないのが良いのか。

いや、悪いのか。

男は今日も一人。

楽しそうだ。



見た目はコスモスなニンニク、アガーに続いては、あれやこれやとハーブを収獲。

こちらは特に、驚きはなかった。

厨房の大掃除中に、薬草辞典で確認した内容を覚えている。

また、本の中だけの知識でもなかった。

全ての実物を見たことがある。

気の遠くなるほどの時間を過ごした、大草原での経験が生きていた。



「お次は・・・・また花か」



野菜の見た目が花って、こっちでは普通なのか?



欲しいのは玉ねぎだ。

ハンドメイドな野菜辞典、なんちゃって画伯の力作によると花の部分を食うらしい。

注釈に書かれた特徴からして、玉ねぎだろうと目をつけていた。

あの書き方ならば、間違いないだろう。

たぶん。

おそらく。

そうあってほしいと思う。



「やっぱイタリアンに玉ねぎは欠かせないってねー」



なんにでも使える基本食材。

ぜひとも次に押さえておきたかった。

見た事もない花を求めて、広い畑をふらふら歩く。

履き心地のよい草履を作って正解だった。

広い分、結構な距離を歩いている。



「・・・・あれっぽいな」



見えてきたのは、やはりツッコミ所のあるおかしな姿。

トンデモ野菜にふさわしいシルエット。



味は普通を希望します。

イタイのは、もう勘弁。



美味しい玉ねぎだったらいいなと思いつつ、じっくりと観察する。

まずはツッコませてもらいたかった。

バランスが明らかにおかしい。


男のこぶしより一回りも二回りもある蕾。

いかにも重そうだ。

しっかりとした緑色の短めのガク。

大きすぎる蕾を包むには、小さすぎるガク。

縦に6枚、7枚とジグザグと、継ぎ接ぎして全体を覆う。

横の継ぎ接ぎ具合は多すぎて数えられない。

何枚も何枚も重なっているようだ。


その頑丈そうなガクを突き破り、幾重にも開いて咲誇る花。

花びらは確かに玉ねぎの中身っぽかった。

肉厚すぎる花びらの色は、意外と普通。

玉ねぎっぽい透き通った白。


茎は大輪の菊を支えるそれのように、太くて長い。

だが菊の花は、花や蕾がこんなに重そうじゃないはずだ。

なのに支えもなく、自立する花。

一茎に一花。

普通は折れる。

見るからにアタマが重そうだ。



「・・・・・・・」



何かに似ている。

蕾なら、たまに見ることがあった。

下処理がちょっとだけ面倒なやつ。

店では予約時にリクエストされれば、仕入れる程度。

日本ではあまり流通していない。

だからやけにお高い、高級品。

だが本場はB級グルメから、高級メニューまでなんでもござれの超定番野菜。

イタリアでは、素揚げに塩ふって食べるのも人気だという。

たしかにあれはホクホクして旨かった。

ゆり根を素揚げすれば、あんな感じだろうか。

旨いも不味いも、食の記憶は残りやすい。

はっきり思い出してきた。



そうか。



これは、アレだアレ。



アレ・・・・言葉が出てこない。

もどかしい。



えぇっと・・・・・。



「・・・・これはアレだな、アーティーチョーク」



デカくて、どこかグロい。

蕾の見た目だけなら、色合いもそっくりだ。

ただし本家の大きなモノよりも、一回りほどデカい。

そしてアーティチョークは蕾を食べるが、こちらは花が咲いたら食べるらしい。

花も普通は3日ほどで散ってしまうという。

白い透き通った玉ねぎチックな肉厚花びら。

花びら一枚一枚の身が茶色に薄く削られたようになり、カラカラになるらしい。

ちょうどそれっぽいのを見つけた。


この変わりようはどうだ。

玉ねぎの皮が何枚も何枚も、散る前の花のように重なっている。

そんな感じ。

肉厚だった白い花びらがうそのように、茶色に変色。

スケスケで薄い。

ただ散る寸前とは言え、元が大きいから色はアレでも派手だった。

芍薬が開き切り、散り始める頃。

それとちょっとだけ、似ているかもしれない。

立てば芍薬、座れば牡丹。悪

そんな言葉もあるほどに美しい花。

似ていると言うのもおこがましい。

それでも、ちょっとだけ。

色をはじめとして、いろんな事に目をつぶれば似ていると思う。


通常は種を植えてから、3か月程度で収穫できるらしい。

穏やかな気候を好む。

蕾はローズヒップ程度の大きさから、デカくなるまで10日程度。

デカくなった蕾は3日の間、花開き、その後3日かけて見た目を変えつつ散る準備。

花びらが茶色く薄く、水分がカラからに抜けたら散りゆく準備は万端だ。

そして人知れず、ひっそりと散っていく。

このトンデモ畑でも、そのサイクルは守られるとのこと。

ただしここは不思議な土を擁する、ワンダフル畑。

この一角、毎日どこかに様々な大きさの蕾があり、花が咲き、散る花がある。

見渡す限り、そう判断していいだろう。

散っても散っても、勝手に蕾ができて育つらしい。



「ま、そんな事はさておいて」



白い肉厚の花びらは、生で食べても良いらしい。

しかしトンデモトマトに泣かされた記憶もまだ新しい。

食うべきか、食わざるべきか。



「・・・・・」



目を閉じて、深呼吸を1つ。

もう1つ。



スーハースーハー。



よし。

気合入れろ、オレ。



「ここは男らしく、がっつりと」



食うべきだろう。



男は1枚だけ、白い肉厚な花びらを引っ張った。

ちぎった花びらを手の平にのせ、マジマジと観察。

水で洗う。

またマジマジと見つめて。



「食うぞっ」



ほんの小さな一片を、意を決して口に入れた。


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