味は普通を希望します
♪♪
チーズもない。
パスタもない。
そもそも小麦粉、製粉してない。
ワインもない。
ペッパーも。
オリーブオイル、なんてない。
肉はある。
岩塩も。
ハーブにニンニク、極上トマト。
作りたい。
やってみたい。
見たい、食いたい、イタリアン。
これぞ珠玉のイタリアン。
月5つ。
ここはどこ。
日本でもなく、イタリアでもない。
客もいない。
俺一人。
それでもオレはやってみたい。
やるぞ珠玉のイタリアン。
♪♪
「オレこそプロの料理人~っ♪」
畑を歩く男はご機嫌だった。
るんるんランランでやめときゃいいのに。
元ネタ不明の替え歌を考えるほどに、調子に乗っていた。
テキトーな鼻歌に歌詞をつける。
同じ語尾で終わるよう、頑張って区切りをつけ。
字数をあわせ。
何度も直し、真剣に練り上げた。
時間があるってすばらしい。
ノートが欲しい。
そしてとうとう。
ようやくできた、それらしい形。
ラップっぽくなったと自己満足。
カッコ良くね?
ただし男にはラップを歌える腕はなかった。
調子に乗っても、音には乗らない。
「ヨーキョウダイヨー」がラップだと思い込んでいる程度である。
とっても残念。
ノリは非常に悪かった。
しかし悦に入ったご本人。
カッコの悪さに気付くはずもない。
つまるところ、おっさんが単にぶつぶつ言っているだけ。
歌ではなく、ラップでもない。
ヒップでホップなノリは、どこにもなかった。
何かの呪文。
ラップをなめるな。
ラッパーに謝れ。
誰もツッコんでくれる人がいないのが良いのか。
いや、悪いのか。
男は今日も一人。
楽しそうだ。
見た目はコスモスなニンニク、アガーに続いては、あれやこれやとハーブを収獲。
こちらは特に、驚きはなかった。
厨房の大掃除中に、薬草辞典で確認した内容を覚えている。
また、本の中だけの知識でもなかった。
全ての実物を見たことがある。
気の遠くなるほどの時間を過ごした、大草原での経験が生きていた。
「お次は・・・・また花か」
野菜の見た目が花って、こっちでは普通なのか?
欲しいのは玉ねぎだ。
ハンドメイドな野菜辞典、なんちゃって画伯の力作によると花の部分を食うらしい。
注釈に書かれた特徴からして、玉ねぎだろうと目をつけていた。
あの書き方ならば、間違いないだろう。
たぶん。
おそらく。
そうあってほしいと思う。
「やっぱイタリアンに玉ねぎは欠かせないってねー」
なんにでも使える基本食材。
ぜひとも次に押さえておきたかった。
見た事もない花を求めて、広い畑をふらふら歩く。
履き心地のよい草履を作って正解だった。
広い分、結構な距離を歩いている。
「・・・・あれっぽいな」
見えてきたのは、やはりツッコミ所のあるおかしな姿。
トンデモ野菜にふさわしいシルエット。
味は普通を希望します。
イタイのは、もう勘弁。
美味しい玉ねぎだったらいいなと思いつつ、じっくりと観察する。
まずはツッコませてもらいたかった。
バランスが明らかにおかしい。
男のこぶしより一回りも二回りもある蕾。
いかにも重そうだ。
しっかりとした緑色の短めのガク。
大きすぎる蕾を包むには、小さすぎるガク。
縦に6枚、7枚とジグザグと、継ぎ接ぎして全体を覆う。
横の継ぎ接ぎ具合は多すぎて数えられない。
何枚も何枚も重なっているようだ。
その頑丈そうなガクを突き破り、幾重にも開いて咲誇る花。
花びらは確かに玉ねぎの中身っぽかった。
肉厚すぎる花びらの色は、意外と普通。
玉ねぎっぽい透き通った白。
茎は大輪の菊を支えるそれのように、太くて長い。
だが菊の花は、花や蕾がこんなに重そうじゃないはずだ。
なのに支えもなく、自立する花。
一茎に一花。
普通は折れる。
見るからにアタマが重そうだ。
「・・・・・・・」
何かに似ている。
蕾なら、たまに見ることがあった。
下処理がちょっとだけ面倒なやつ。
店では予約時にリクエストされれば、仕入れる程度。
日本ではあまり流通していない。
だからやけにお高い、高級品。
だが本場はB級グルメから、高級メニューまでなんでもござれの超定番野菜。
イタリアでは、素揚げに塩ふって食べるのも人気だという。
たしかにあれはホクホクして旨かった。
ゆり根を素揚げすれば、あんな感じだろうか。
旨いも不味いも、食の記憶は残りやすい。
はっきり思い出してきた。
そうか。
これは、アレだアレ。
アレ・・・・言葉が出てこない。
もどかしい。
えぇっと・・・・・。
「・・・・これはアレだな、アーティーチョーク」
デカくて、どこかグロい。
蕾の見た目だけなら、色合いもそっくりだ。
ただし本家の大きなモノよりも、一回りほどデカい。
そしてアーティチョークは蕾を食べるが、こちらは花が咲いたら食べるらしい。
花も普通は3日ほどで散ってしまうという。
白い透き通った玉ねぎチックな肉厚花びら。
花びら一枚一枚の身が茶色に薄く削られたようになり、カラカラになるらしい。
ちょうどそれっぽいのを見つけた。
この変わりようはどうだ。
玉ねぎの皮が何枚も何枚も、散る前の花のように重なっている。
そんな感じ。
肉厚だった白い花びらがうそのように、茶色に変色。
スケスケで薄い。
ただ散る寸前とは言え、元が大きいから色はアレでも派手だった。
芍薬が開き切り、散り始める頃。
それとちょっとだけ、似ているかもしれない。
立てば芍薬、座れば牡丹。悪
そんな言葉もあるほどに美しい花。
似ていると言うのもおこがましい。
それでも、ちょっとだけ。
色をはじめとして、いろんな事に目をつぶれば似ていると思う。
通常は種を植えてから、3か月程度で収穫できるらしい。
穏やかな気候を好む。
蕾はローズヒップ程度の大きさから、デカくなるまで10日程度。
デカくなった蕾は3日の間、花開き、その後3日かけて見た目を変えつつ散る準備。
花びらが茶色く薄く、水分がカラからに抜けたら散りゆく準備は万端だ。
そして人知れず、ひっそりと散っていく。
このトンデモ畑でも、そのサイクルは守られるとのこと。
ただしここは不思議な土を擁する、ワンダフル畑。
この一角、毎日どこかに様々な大きさの蕾があり、花が咲き、散る花がある。
見渡す限り、そう判断していいだろう。
散っても散っても、勝手に蕾ができて育つらしい。
「ま、そんな事はさておいて」
白い肉厚の花びらは、生で食べても良いらしい。
しかしトンデモトマトに泣かされた記憶もまだ新しい。
食うべきか、食わざるべきか。
「・・・・・」
目を閉じて、深呼吸を1つ。
もう1つ。
スーハースーハー。
よし。
気合入れろ、オレ。
「ここは男らしく、がっつりと」
食うべきだろう。
男は1枚だけ、白い肉厚な花びらを引っ張った。
ちぎった花びらを手の平にのせ、マジマジと観察。
水で洗う。
またマジマジと見つめて。
「食うぞっ」
ほんの小さな一片を、意を決して口に入れた。