夢の裸足生活
魔女にもらった白い服。
そこについていた長い布ベルト。
旅館の浴衣に例えれば帯のようなもの。
ハチマキのように、細長いながら筒状にちゃんと縫ってあるもの。
もらった服とはいえ、勝手に作り変えることに侘びながら男はナイフを器用に使った。
お気に入りのハンティングナイフ。
本来、こんな用途に使うべきではない。
だがしかし、そこはハンティングナイフ。
ある程度は丈夫で万能。
包丁が何本も並ぶアタッシュケースの中、こんな時は非常に頼りになった。
それでもこの使い方には忸怩たる思いがある。
「サバイバルナイフも持っとくべきだったよな・・・・」
いやいや。
その前にハサミだろう。
男が持つのは、料理人の包丁アタッシュケース。
カパッと開けたらサバイバルナイフがお目見え。
お客様が引いてしまう。
男は作業のめんどくささに、目的を見失っていた。
ケースの中身は仕事道具として、厳選した品揃えではなかったのか。
出張先の観客と言っても良い、ゲストの前で料理人が一斉に開けるアタッシュケース。
派遣は少ない時で2人、3人と言えども、揃って開けるから迫力がある。
店が用意したケースと中身もあるが、たいていの料理人は皆、特注だった。
ケースの内張の色からして、個性様々。
こだわりが光る。
料理好きのゲストなどは当然、中身の品ぞろえについて興味津々だ。
パーティ主催のホスト側も、裏方である料理人達を皆の見える所で作業させる事を希望した。
あの店を呼んだパーティとは、一種のブランドでもあったようだ。
男が勤めていた高級イタリアン。
店の方針として、貸し切りはしない。
オーナー曰く、わざわざウチの店で食事しようと来てくれるのに、貸し切りなんてありえないらしい。
がっかりでしょと。
食べたいときに、食べたいモノを食べられる。
ご褒美のごちそう。
これで明日も頑張れる。
そんな幸せ時間を、定休日でもないのに邪魔できないよねと。
4桁を超えるであろう受注すら、迷いもなく断らせていた。
ただし、キャパは十分にある。
ほとんどが半個室や独占スペースで対応できた。
しかし、お客様はカネに糸目をつけない世界の大金持ち。
警備上の理由。
その他、見栄なのか、名誉なのか、話題づくりか。
子供の頃の夢などが理由であったら嬉しいものだが、凡人にはわからない。
貸し切りを希望するお客様も珍しくなかった。
店がいっぱいにならないようなゲスト数で、貸し切りを希望するのだ。
きっぱり断る代わりに提案するのは、店の看板料理人たちの出張。
サービスマンの極上サービス。
ソムリエ厳選のワイン。
「店の看板をご指定の場所で出させて頂きます」
「一期一会の思い出作りをご自宅で」
これが好評。
リピーターも多かった。
元々、勤める店の土地柄には仕出し文化が根付いている。
敷居が高い高級店、決して安くはない。
だが、わかりやすい基本の料金体系をHPに開示した。
オプションは希望に沿うよう提案する。
ここが高給取りなサービス部の腕の見せ所だった。
オーナーの教育を受けたサービスマンは、給仕の腕だけが良いだけに留まらない。
一流の営業マンや営業ウーマン、ビジネスパーソンだった。
不動産を押さえずに、もう一店舗を経営する。
イロイロとやれない事を逆手に取った、オーナーならではの作戦。
経営上の数字も良くなるらしい。
事前相談があれば、関西一円の都道府県、どこでも派遣する。
突発的な前日依頼でも市内は当然、車で2時間程度ならば、当たり前のように受け付けた。
店がある土地は世界遺産を数多く擁し、お隣は言わずと知れた関西の中心地。
2つの都道府県からの依頼が8割を占めた。
中学生で始めたフルーツカービングを誰より得意とする男。
出張選抜の常連だった。
黙々と作業をするおっさんを、写真に撮ろうとしてくれるゲストがいっぱいだった。
繊細で華やかな、フルーツカービングが出来上がっていく様を動画で追い続けるゲストも珍しくない。
特にイケメンではない男はその間だけ、人気者だった。
人によってはカッコ良く見えていたのかもしれない。
「・・・・よし、こんなもんだろ」
出張先の仕事を思い出すこともなく、鼻緒作りに没頭していた男。
まずまずの仕上がりに、手をとめた。
ぐにぐにとした、なかなかの弾力。
布ベルトを使って確保した、筒状の細長い布。
その中に、テーブルに持ってきた木箱の中身を詰めた。
綿ではなかったが、綿の代わりに使えるもの。
焚きつけに使えると、スモークツリーによく似た木を森でチェックしていた男。
その木に咲いたふわふわ。
大掃除で木箱の中身を見た時に、すぐにわかった。
ちなみに男は、奇人変人びっくり人間。
薪に火を焚きつける作業は必要ない。
なんちゃってガス火がつけられる厨房を見る限り、おそらく魔女もそうだろう。
薪を使うような場所はなかった。
にもかかわらず、大きな木箱に大量に詰められていた、このふわふわ。
魔女はこれで何を作るつもりだったのだろうか。
少なくとも、鼻緒に弾力を与えるにはぴったりだった。
ふわふわを詰めたものと、詰めないもの、あわせて6本。
3足用の鼻緒が出来上がった。
「ようやく作業ができるな」
男は床に布をしき、靴を脱いで直接座り込んだ。
全ての材料もテーブルから敷布の上に置く。
胡坐の姿勢をとり、胡坐ではなく両足の平をあわせる。
親指と人差し指の間の靴下をぎゅぎゅっと抑え、指同士の隙間のくぼみに靴下を押しやる。
「裸足で作るのは嫌だしな」
じゃまな靴下をぎゅぎゅっと固め、両足の親指に三つ編みにした編み紐をひっかけた。
この三つ編み紐が土台となる。
2重の縦長輪っかにした編み紐を、両親指に引っ掛け、腹の前までピンと引っ張ったら4本の縦のラインが出来上がる。
この4本の経糸に対し、横糸となる丸い毛玉モドキを上、下、上、下とくぐらせていく。
緩まぬように紐をひっぱりながら、腹の前から足の親指に向けてこれを繰り返す。
つまりは手前からナミナミと編んでいく単純作業。
たいして難しい作業ではない。
編み始めたら、後は慣れたものだった。
黙々と作業を続ける。
たいした時間もかからずに、布草履の足裏を支える土台が出来上がった。
細長く丸い。
頼もしい厚み。
さっそく鼻緒を取り付ける。
弾力のある鼻緒を足にあわせながら、手際よく固定した。
こんな時、足を使って、床に座った作業ならばさっさと作業が出来ていい。
同じく床に座って作っていた民宿でも、親指を使うことはあまりなかった。
男も民宿の体験教室で、スペースにあぶれた時くらいしか経験はない。
かわりに、大きなテーブルの上、各々針金ハンガーと洗濯ばさみを使みうのだ。
それらで固定すれば、足の親指を使わなくともラクにできる。
しかしここではそんな便利なものはない。
だが逆に鼻緒をあわせるには、さっさと出来てラクでいい。
「不便が便利ってな」
まずは1足、布草履が出来上がる。
夢の裸足生活に一歩近づいた。