日本人だからな
「もったいないけどなぁ・・・・」
・・・・いや、ダメだ。
絶対ダメだ。
ここは譲れない。
譲るわけにはいかない。
だってオレは。
「日本人だからな」
時をほんの少し遡る。
大満足のブランチを終え、腹いっぱいの男。
夕食のメニューは既に決めている。
月が昇る頃にでもとりかかろうと思っていた。
片付けも終えても、まだ何時間も先の話。
まとまった時間がある。
何をするか。
既に心に決めた事があった。
魔女の家の大掃除は、ちゃんと終わっている。
厨房も使えるようになり、家が家として機能し始めた今日この頃。
ベッドもあと何日か我慢すれば、使えるようになるだろう。
それはいい。
問題なし。
ちゃんと待てる。
そもそも大地が寝床の生活であっても、たいしてストレスはたまらなかった。
満点の星と月たちに見守られながら、ツッパリ兄弟達と寝るのはいいもんだ。
苦痛に感じることなどない。
ぐっすりたっぷり寝られる幸せ。
最高だ。
こんな大満足の魔女の家。
しかしながらどうしても。
どうしたって、居心地の悪い思いがぬぐえなかった。
どうも馴染めない。
今のままでは、この家でリラックスなど出来そうにない。
「贅沢は言わないけどなー・・・」
これは流石に嫌だろう。
ベッドの近くの棚を物色しつつ、ちらりと足元を見た。
カーゴパンツに、靴下、厨房靴。
しっかりと身につけている。
なんとなく着るタイミングを逃してしまい、中途半端に裸族のままの上半身。
対する下半身は完全防備。
微妙に変態くさい。
見た目を気にしない男にも、辛うじてその自覚はあった。
ただし問題は見た目の話ではない。
いやなのだ。
落ち着かない。
せっかくの上半身マッパ。
休日スタイル。
誰がなんと言おうと、独身おっさんのリラックススタイル。
なのに靴を履くなんて。
土足で過ごす家なんて。
ありえない。
だから。
「草履、作るか」
例えば、畑に野菜を採りに行く。
水浴びに行く。
ツッパリ兄弟達に挨拶に行く。
そんな時には裸足に草履がぴったりだ。
男は夕食づくりまでの時間全てを、草履づくりにあてることに決めていた。
そして時間は、冒頭の独り言につながる。
もったいないが、仕方がない。
そう結論付けた男は、ベッドの近くに置かれた棚から、お目当ての布を手に取った。
選んだのは、白く大きな布。
もらった服と同じ生地だと思われた。
服を仕立てた残りだろうか。
たっぷりとある。
これだけの大きな布をビリビリに裂いてしまうのは、もったいない。
貧乏性なのだろうか。
ちょっとした罪悪感すらあった。
だが、仕方がない。
どうしても草履が欲しかった。
夢の裸足生活への投資だと思うことにする。
「汚れない布ってのは有難いよな」
外履きでも使えるだろう。
ただし耐久性がわからない。
作れるだけ作ろうと思った。
3足は欲しい。
家用、外用、予備用だ。
お目当ての布を持って大きな四角テーブルに移動し、椅子に座る。
さっそくハンティングナイフを使って、布を裂き始めた。
1.5センチほどの幅。
1本の長い、長い紐を作っていく。
これが横の編み紐となるのだ。
「久しぶりだな」
布草履など作るのは何年ぶりのことだろうか。
高校生の長い休みのリゾートバイト、民宿では爺さん婆さんと一緒によく作ったものだ。
お土産として販売する為の、冬の手仕事。
雨や吹雪でアウトドアを楽しめない宿泊客のため、体験教室が開かれることもあった。
野菜や果物の皮、草木や花を使って染めた色とりどりの太いロープで編む布草履。
意外とこじゃれている。
なにより、踏みしめた時の足裏の感触がいい。
室内履きとして、年中よく売れていた。
リピート率が非常に高い。
一度使うとクセになる。
次買う時のためにと、ロープの色のリクエストまでして帰る常連も少なくなかった。
はじめは爺さん婆さんが手際よく編んでいくかたわら、たどたどしく練習した。
売り物用ではないから、布ならほぼなんでも使える。
布を紐状に裂いて、編み紐にして使えばよい。
古いTシャツ、古いバスタオル、在庫整理と言わんばかりの練習材料はたくさんあった。
5足も編めば、立派にベテラン、熟練者。
長い休みが終わると共にバイトを終えて、自宅に帰ってもよく作った。
履き心地がいいのはもちろん、自然と掃除ができるのがよかった。
草履の裏でホコリがとれる。
掃除いらず。
残念ながらそこまでは望めなくとも、掃除の回数は格段に減った。
その分、汚れは洗ってもとれなくなるが問題ない。
元が捨てるはずのタオルやシャツなのだ。
使い捨て上等。
また作ればいい。
慣れると1足30分程度で作れるようになっていた。
爺さん婆さんならもっと早い。
昔はわら草履に藁沓、かんじきを使っていたそうだ。
これがホントの田舎の実用。
今は使わないのかと聞くと、あんなもの、使うもんじゃないと二人仲良く声を揃えていた。
わらがかたくて、痛いらしい。
それでもちゃんとした靴なんて、めったに手に入らない昔の山奥。
我慢するしかない。
当時は手作りのそれらを履くしかなかった。
「足の裏のな、皮がな、すぐに剥けるしな、かたい鼻緒ですれて血が出るしな」
えー・・・・。
当時、高校生の男。
豊かな時代に生まれた少年。
ドン引きだった。
侮れない、田舎の昔のサバイバル。
だから里山で暮らす人々はたくましいのかもしれない。
少なくとも爺さん婆さんは未だ、おそろしくたくましい。
爺さん婆さんの昔話からは、引くほどに生きる事に懸命な毎日が感じられた。
生きてるだけで、よくやった。
生き抜いたのか、めっちゃ頑張ったな。
皆にそう言ってもらえるような、閉ざされた山奥の昔。
老若男女、頑張らなければ生きていけない。
オレも今、生きてるだけでよくやったって言ってもらえるかな?
結構頑張って、イイ線行ってると思うんだけどな。
それでも爺さん婆さんには、まだ敵わない気がする。
編み紐を黙々と作りながら、男は懐かしい顔を思い浮かべた。