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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
139/169

利き塩3本勝負!~黒の岩塩~


舌の調子を確かめ、満を持して最後の皿に挑んだ男。


木匙に大目に掬い、目の前に運んでマジマジと観察した。

所々、黒いつぶがまだ見えている。



「・・・やっぱ水分・・大分残ってるな」



そもそも岩塩は漬物に向かないという人もいる。

塩の粒が大きく、塩が回るのが遅くなりがち。

その為、漬物にしたい野菜から水が上がりきらないことがある。

腐ったり、カビたりするような失敗も多い。

ちゃんとした漬物にするなら粒が小さい、馴染みやすいサラサラの塩が良い。

わかっちゃいるのだが。



「荒めに削ったからな・・・・」



仕方ない。

ウサギ肉にも使いたかったから、荒めにしか削らなかった。

塩の粒が大きいと、葉物野菜に上手くまとわりついてくれない。

漬物には細かい塩。

わかっちゃいたのだ。

わかっちゃいるけど、できなかった。



「ダメ人間・・・・・」



普段は料理に妥協なき男。

筋肉痛に負けてしまった自分を反省する。

岩塩を砕くのも、削るのも。

結構な体力仕事なのだ。

どう探しても、岩塩を削る道具もなく砕く道具もなかったから。

力技に頼るしかなかった。

そして泣きの入っていた筋肉は、技となるほどの力を発揮できなかった。


頼れがいのない筋肉を擁した男。

昨晩、作業をしつつも、あれ以上頑張れなかった自分を慰めていた。

自分に優しく。

コレ大事。

自分で自分を慰めた言葉を、もう一度心の中で繰り返す。



大事なのは漬物を旨く作ることではないから。

塩の特性を理解することが目的なんだ。

その為に作る葉物野菜の一夜漬けだから。



そして珍しく目的を見失わなかった結果が今、目の前にあった。

単なる言い訳の結果とも言う。


一晩経ってなお、目視可能な黒いつぶ。

抜けきらない水。

塩漬けとして、見た目、イマイチ。



判定。



「・・・・・・どう見たって」



不合格。



ちーん。



「・・・・だめじゃん」



なぜか「じゃん」とつける男

生粋の関西人が、普段使わぬ語尾をつけるとき。

正しい使い方など気にもせず、東京弁と思いこんでいる言葉を使う時。

すぐばれるような嘘ついてるか。

カッコつけてるか。

気取ってるか。

真似したいお年頃なのか。

その他モロモロ。

人によって違うのだろうが、今現在、男には複雑な感情があったようだ。



「・・・・・」



言い訳と反省をしつつ、男は木匙の上の一夜漬けの香りを確かめる。



「・・・やっぱ、香りは飛んでるな」



砕いた時は、日本で流通する黒い岩塩と同じような香りがした。

黒は硫化鉄が影響した色。

人によっては苦手な香りだろう。

箱根のお山の黒卵の匂い。

好きな人はハマる匂い。

しかし食用の岩塩なら、含まれるのはごくごく微量。

しばらくすると、香りが飛ぶのが通常運転。

調理したって香りがうるさく残るような、含有量の高いモノは食用にはできない。

毒だ。


しかし食ったら毒の岩塩だって、食わなければ利用価値は高い。

日本ではバスソルトとしても流通していた。

男も使った事がある。

妹が誕生日プレゼントだと、地元の味と共に送ってくれたのだ。

硫黄の匂いに包まれて、味わえるのはちょっとした温泉気分。

なかなか良かった。

だがこれは。



「バスソルト・・・・ってことはないよな」



ちゃんと食用だよな。



そこは魔女を信用したい。

そもそも、この家には風呂がなかった。

露天風呂の一つもあれば、この素晴らしい景観を楽しめただろうに。

もったいない。

風呂は日本人の偉大な文化。

日々、筋肉をなだめすかせる必要のあるおっさんとして。

ぜひとも風呂が欲しかった。

目の前の湖があるから、その必要もないということだろうか。



「まあ、昨日食ったし。今さらだよな」



その独特の香りから、塩の特性も日本と変わらないと判断していた男。

既にウサキムチに使っていた。

味に深みがないだろう、なんちゃってキムチを個性のある味で彩りたかったのだ。

さらにはウサギ肉にも黒を使った。

味の濃い赤身肉には、粗めの黒でガツンといく。

これが大正解だった。

逆に白身肉に使うと、繊細で深いあふれる肉汁の味を壊してしまうだろう。



だから味はだいたいわかっている。

それでも真剣、利き塩3本勝負。

慎重に、匙の中身を口に運んだ。



「・・・・・・・」



歯を立てると、じゅわっとあふれる葉物野菜の水分。

水分が抜け切れていない分、前の2皿よりもシャクシャク感が強い。

口内に拡がる葉物野菜の野菜らしい、どこか控えめな甘み。

極上野菜、本来の味。

そしてほんの一瞬、遅れて感じるしょっぱさ。

ガツン。

遅刻の割には主張が強い。

個性が強い。

味の対比が面白かった。



「・・・・・・」



ひと口、ふた口と、食べ進めた。



「・・・・これはこれでいいかもな」



旨い。

これを一夜漬けというのは見た目からして微妙だが、水分多めが逆に良い。

変わりモノの一夜漬けサラダなどとして、口直しになら十分だ。



「塩味は一番強いのかな・・・・」



粒を大きくしたからだろうか。

それを差し引いても、塩味が強い気がする。

塩分の含有量が高いのか。

黒い見た目に反して、これが一番純度が高いのだろうか。

しかし。



「その割には、個性的だよな・・・」



塩味以外にも感じられるかどうか微妙なほどの、ほんのちょっとした苦み。

クセ。

お子様にはウケないかもしれない。

大人な味。

使いどころが重要だろう。


下味をつけるには、明らかに向いていない。

揚げ物にはあう。

特に唐揚げ。

絶対に旨い。


ただ同じ揚げ物でも、天ぷらはどうだろうか。

モノによっては、あわないかもしれない。

山菜などの、苦みの強い個性の強い天ぷらにはあうだろう。

だが白身魚の天ぷらには、使いたくない。

キノコの天ぷらに使うのも、どうかと思う。

疑問が残る。

繊細な味や香りを楽しみたいものには、天ぷらといえども使わないほうが良いだろう。



「また試してみたいよな」



揚げ油が手に入ればの話だな。



何はともあれ、3種の岩塩を使った塩漬けの味見が終わった男。

作って食べたいメニューを思い浮かべつつ、気持ちを切り替える。



さて。



「ウサキムチ様、たいへんお待たせしました」



あたためた鉄板モドキの上で、特に冷める事もなくアツアツのウサキムチ。

再度炒めた今日だって、昨日に負けずと旨そうだ。

尊い。

前菜とした3種の塩漬けは、箸休めにできるほどに残っている。

すばらしい。

ビールがなくとも、オレにはウサキムチ様がいる。

心強い。

何の不足があるモノか。



凹んで寝過ごしたこの日。

魔女の家、4日目。

男は大満足のブランチで、すっかりご機嫌な1日を過ごすこととなった。



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