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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
138/169

勝負中断、舌を確認


ピンクの岩塩は期待以上だった。



スイカに塩をかけたら甘い。

そんなもんじゃない。

そんなレベルにおさまらない。

例えばスイカの端っこ、味が薄まる白い部分。

スイカはウリ科の植物。

そのことを改めて思い出させるような、水っぽいだけの白い部分。

本来、甘みも何もありやしない。

間違っても甘いとは言えない部分。

この白い部分に、ピンクの塩をかけても甘くなるんじゃなかろうか。

そう期待させたピンクの岩塩。

満足。



ミラクルフルーツを思い出した。

アフリカのどこかが原産地の、別名、ミラクルベリー。

小豆程の大きさ、いや、それよりも少し細長い。

赤い小さな果実。

何年前だったか。

男の職場の有志一同、皆でお金を出しあって取り寄せたことがある。

物珍しさだろう、アルバイトもパートもわざわざ夜中に再集合。

そして時給も出ない終業後、深夜に開かれた大試食会。



「懐かしいな」



果実自体にたいした味はなかった。

だがその実は、ミラクルの名にふさわしい。

果実を舌で転がせた後はしばらく、何を食べても甘く感じる。

試しに切ってみたレモンにかぶりついても、甘かった。

酸っぱいモノ、苦いモノ、いろんな薬味。

口直しをしようにも、何もかもが甘い。


勘弁してくれ。


甘味が苦手な同僚が呻いていた。

確かに彼にとっては、拷問だっただろう。

甘味嫌いを襲う、めくるめく甘いもの地獄。

普段はクールを気取る同僚の、すばらしく悶絶する姿。

なぜに参加を決めたのか。

彼もまた、料理バカの名に恥じない同僚だった。



ひと口キケン、バカ舌注意。

食べるベカラズ。



ミラクルフルーツ。

それは。

甘味好きには蜜の味。

甘味嫌いには地獄の味。

強制的に甘味を感じる舌にする果実。

どんな味付けにしようが、口内を甘味ばかりにさせる。



これってホンモノの禁断の果実だよね?

レモンがあまーいっ、すごーいっ!

コレ、やべーぞ。

オレらの仕事が台無しにされるぞっ。

こんなん、使えねーよっ!!



事前情報で知ってはいても、体験するのはやはり違う。

料理人から、ソムリエ、サービスマンに至るまで一同ざわついたものだ。

結果、大試食会は試食しただけに終わる。

試作メニューを作られることすらなかった。

ちなみにバカ舌時間は1時間ほど、人によっては2時間ほど続いていたようだ。



ミラクルフルーツとピンクの岩塩。



「イメージとしてはちょっと似てるよな・・・・」



原理もどこか、共通するものがあるのかもしれない。

しかし決定的な違いがあった。

ピンクの岩塩は、素材の味を壊していない。

塩がふられたオレンジと紫の葉野菜は、甘さこそ協調されたものの、野菜本来の味は損なわれなかった。

単に甘いだけとはならなかった。

甘すぎるとまではならなかった。

野菜が野菜であるための、甘み以外のちょっとした味。

苦みとも言えず、酸味とも言えないが「野菜らしい」味。

これはちゃんと残っていた。

野菜本来の味が、強調された甘みとブレンドされ、調和している。

ちゃんと塩の味もそこに居る。



ピンクの岩塩は、素材の持つ甘みの素をバランスを壊さぬ程度に少しだけ。

上手い具合に強調する。

そんな感じだ。



「オレの舌、バカになってないよな・・・・・」



ミラクルフルーツのような、何を食べても甘いしかないという料理人泣かせの大惨事。

そんなことになっていたら大変だ。

利き塩3本、真剣勝負に負けてしまう。



オレの舌は大丈夫なのか。

ちゃんと五味を感じられるのか。



若干の不安を感じた男。

黒い岩塩を使った皿に突っ込もうとしていた木匙を方向転換させた。



勝負はいったん、中断だ。

バカ舌になっていたら、目も当てられない。

確かめないと。



木匙は3つの皿の反対側に突入。

基本の塩、安定の白を使った皿だ。

木匙に少し掬って口に運び、慎重に噛み締める。



「・・・・・」



しゃくしゃく、相も変わらず良い歯ざわり。

感じるのは押しつけがましさのない、爽やかな甘さ。

塩味の少ないまろやかさ。

水を一口。

次に木匙はもう一度、真ん中の皿の中身を掬った。

ピンクの岩塩を使った一夜漬けだ。



「・・・・・」



さっきより甘みが強い。

そして遅れて感じるしょっぱさ。

甘さとしょっぱさが、先ほどより強い。

まろやかな基本の白に、甘じょっぱいピンク。

同じ素材でも、その差は格段に違う。


木匙は何度も、白とピンクの岩塩を使った塩漬けの2皿を行ったり来たり。

男は慎重に。

味の違いを確かめる。

その結果。



「・・・・ん、大丈夫そうだな」



よかった。

オレはバカじゃない。

いや違う。

自他ともに認める料理バカだが、バカ舌ではない。

一安心。



これで勝負に集中できる。

岩塩3本真剣勝負、再開だ。



「よっしゃ、仕切り直しだな」



満を持して、最後の一皿にとりかかった。



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