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異世界流浪の料理人  作者: 開けドア
魔女の家 食材お試し編
136/169

利き塩3本勝負!~白の岩塩~



「いただきます」



両の手の平を合わせ、神妙に目をつぶる。

そのまま。



「・・・・・・」



5秒。



10秒。



30秒。



1分以上はたっぷりと・・・・。



両手を合わせたまま目をつぶり、微動だにしない男。



椅子に座っていなければ。

目の前の四角テーブルの上に料理が並んでいなければ。

マッパな上半身に、ちゃんとTシャツなりを着ていれば。

神社でお賽銭を投げた後の姿にそっくりだろう。


いや違った。

男は神社でこんなに長く祈ることはない。


地元は郊外でも、働いたのは世界遺産のメッカな土地柄。

原付を少し走らせば、神社仏閣に行きたい放題。

小さい頃は父親がクルマを出し、これらの神社に連れて行ってくれたものだ。

料理人になりたい男の為には、料理人が全国から参拝に訪れるような神社。

パティシエになりたい妹の為には、菓子職人なら一度は行きたい神社。

家族が3人だけになった翌々年。

神社だけにおさまらず、父親は毎週のように遠出に連れて行ってくれた。


バイトをするようになれば忙しくなり、神社に行く回数は減っている。

近年は年末年始に、節分くらいだ。

それでも、参拝時には服はちゃんと着ているし、失礼のないようふるまってはいた。

当然、作法は知っている。



二礼、二拍手、一礼。


この一連の流れにかける時間は10秒か、20秒もあれば十分だった。

それが男の身についた、祈りのパターン。


つまり今は手をあわせてはいるものの、祈ってなどいなかった。

そもそも食前の祈りを捧げるような習慣はない。

そんな信心深い男ではなかった。

「いただきます」だけが、家族団らんの思い出と共に身についている。


ではこの長い沈黙。

出来立てアツアツの料理を前に目をつぶって。

木匙も握らず、手を合わせて。

何をしているのか。




「・・・・・」



オレの舌が試される時が来た。

集中・・・・。



「・・・・・」



本人は精神統一をしているつもりだった。

実にめんどくさい。

さっさと食え。

しかし職場の皆なら、そんなことは言わない。

似たもの同士の仲良しさん達。

皆で、料理への重すぎる愛を育ててきた。

ついでに、暑苦しい情熱も育まれていく。

狭い世界で生きてきた男は、自分のめんどくささに気付かなかった。



「・・・・・」



長い。

3分は経っただろうか。

カップラーメンならイイ感じに出来上がり。

怪獣を倒したヒーローだって、帰ってしまうほどの長さを経て。

男はゆっくりと目を開けた。



「気合入れて食うか」



ウサキムチを盛った鉄板モドキの上を通り過ぎた視線が、3つの木皿にロックオン。

見た目は同じ、一夜漬けの葉物野菜。

鮮やかなオレンジと紫、3つの山。



いざ!


尋常に!


利き塩3本勝負!。



気合タップリ、木匙を手に取った男は、一番端の山を崩した。

軽く香りを確かめ、口へ運ぶ。

しゃくしゃくっと歯を立てた。

葉野菜の極上レタスのような、極上キャベツのような。

農家が味を極めた白菜のような。

爽やかな甘さが引き立っている。



「・・・・・うん、やっぱ、クセないな」



心なしか、塩味も薄い気がする。

藻塩とまでは行かないが、塩味の少ないまろやかさ。

素材の良さを壊していない。

良い意味でも悪い意味でもアレンジしない。

インパクトがなく、もの足りなく感じるほど、存在感を主張しない。

ほっとする。

これは繊細な味付けに向くだろう。

下味にもいい。



「白は使えるな」



この世界は個性的な食材が多い印象があった。

畑のトンデモ野菜がその代表。

ウサギ肉なんて、白身も赤身も個性の塊。


個性は歓迎すべきものではある。

だが、時にぶつかり合ってしまう。

ケンカする。

だから最高の食材と言われるモノは難しかった。

例えば。

不味くはなくとも、それほど旨くも感じない。

可もなく不可もない。

素材は間違いないのに、期待した感動がない。

そんな疑問の残る味。

高級レストランで生まれてしまう失敗だ。


それを防ぐには、良い意味で存在感のない味がいる。

基本に忠実、それ以外に出しゃばることのない味。

モノ言わずそっと寄り添う。

己の分をわきまえて、相手を立てる。

極上かつ普通の味。

料理人が一番はじめに揃えたい、基本材料。

この塩はそんな味だった。

苦労して砕いた白い岩塩。


ウサギの白身が欲しかった。

あの出汁の塊のような肉の味を壊さず、引き締めてくれそうだ。

食べてみたい。



「ウサギ、早く狩りに行かないといかんな・・・・・・」



二口、三口と食べ進めつつ、レシピを考える。

しかし、そうゆっくりもしていられなかった。

この3本勝負を終えるまで、ウサキムチが食べられない。

アツアツ鉄板だって冷めてしまう。

それは困る。

ウサキムチ様を待たしてはならない。


男はこの3本勝負を終えるまで、ウサキムチを食べるつもりがなかった。

やはり、なんちゃってと言えどもキムチ味。

強い。

そんでもって、野性味あふれる濃い~いウサギの赤身肉。

こちらも強い。

両者のハーモニーは文句なく旨くとも、舌を少なからずバカにする。

薄味から食べていくのは、鮨屋の基本。

魔女の家に寿司の材料は何一つないのだが、男は順番を決めていた。



「次、行くか」



男は同じ味をつまむのをやめ、真ん中の木皿に木匙を進めた。


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